ユーリカの栞

ナナシマイ

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ユーリカの栞

p.02 香草のメッセージカードを手に入れました

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 ファッセロッタは収穫祭を終えると途端に冬の気配を増す。
 それは冬を司る妖精や精霊が寝床を確保するためにいそいそとやって来るからであるが、街中に限って言えば、祝祭に向けて数多くの店が商戦に乗り出すからでもある。
 噴水広場から四方に伸びる大通りは領主の主導で飾り付けがされ、今年の色である紺青で統一された街並みは上品でありながらも華やかだ。屋台には温かなシロップジュースや限定のナッツケーキが並び、冬曇りの下で光るかん芍薬しゃくやくの結晶灯は昼間でも道行く人を淡く照らしていた。
(いつ見ても、ファッセロッタの祝祭期間はどきどきするわ。本当に夢みたいで、胸がきゅっとなる……)
 魔女は飛び跳ねたくなるのをなんとか抑え、澄ました顔で西通りを歩く。この辺りは便利な日用品やお洒落な雑貨を取り扱う店が多く、普段でも目的の店に到着するまでについ寄り道ばかりしてしまうのだ。
「西通りの北側にある、香草の妖精さんが営むペーパーショップ……ここだわ」
 可愛らしい香草のリースが掛けられた扉を開けると、乾燥した草花の清涼で芳しい香りが鼻をくすぐる。魔女の家にもそこかしこに薬草が吊り下がっているが、それとはまた違う、人を迎えるのに適した温かみのある匂い。
「いらっしゃい。……あら」
「こんにちは」
 奥から顔を出したのは若草色の羽を持つ女性の妖精だった。落ち着きのある雰囲気で、目じりの皺が優しげな印象を与える。
「魔女さんがいらっしゃるなんて、嬉しいわ。……もしかして、森の魔女さんかしら?」
「はい、森の魔女です。本日は夜の魔術師さんからお話をいただいて来ました」
「ええ、ええ。聞いています。期間限定のメッセージカードでしょう? 彼にもとうとうそんな相手ができたのね……!」
 妖精の店主はちかちかと嬉しそうに羽を光らせ、うしろの戸棚を開けている。
(そんな相手……? 彼は悪巧みをするのが好きだから、メッセージを送る相手なんてたくさんいるでしょうに……)
 意味を考える間もなくカウンターに手招きされ、魔女は小さな冊子のようなものを渡された。
「まあ!」
 それは素晴らしいメッセージカードセットであった。厚みのある紺青色の台紙には美しくカットされた星くずが散りばめられ、本物の夜空のように輝いている。落ち着いた色合いの香草が優雅なカーブを描いて台座を形作り、その中央に鎮座しているのは盃型の燭台だ。
「気に入ってくださったかしら?」
「ええとっても! 平面なのに、本当にここにあるみたいで……。中のカードも繊細な縁取りが素敵ですし、メッセージを送るのも受け取るのもすごく楽しみです!」

 帰宅した魔女は、さっそくメッセージを書いてみることにした。期間限定のものなので、今年の祝祭日までの期間しか使えないのだ。

『無事に香草のメッセージカードを手に入れました。星くずで彩られた夜空が素敵で、ふくよかな香りがして、さっそくお気に入りの仲間入りを果たしています! このデザインを選んでくださってありがとうございます。それから店主の妖精さんによろしく伝えておいてと頼まれましたので、よろしくお願いしますね。それでは』
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