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第二戦 VSサビク 騎士の国と聖剣達

聖剣信仰

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 タクマが目を覚ますと、そこはどこかの安宿に思える住居だった。

 タクマの知らない天井だが、それだけだ。むしろ、適当に床に転がされていたために痛む背中の方が気になっている。

「メディ、どれだけ寝てた?」
『30分程ですね。さほど時間は経っておりません』

 体を伸ばし、軽く動作確認に形稽古をする。

 若干、半拍の半分ほど体の感覚にズレがある。タクマが思った以上に魂は疲れているようだ。

「これは、しんどいな」
『ええ、休息が必要かと』
「じゃあ、戦闘ログでも見るか。今回暗殺への入りは悪くなかったよな?」
『しかし、視覚、聴覚、魂感知以外の方法での感知手段を持つ敵が多かったですね。嗅覚への対策は必要でしょうか?』
「消臭スプレーとかポイントで買えるかね? じゃなかったら風呂入るかその場所の土やらをかぶるかだな」
『ありました。かなり高額ですね。現在のポイントでは物質化できません』

 そうして、メディが記録していた実際の戦いの記憶を辿る。実際戦っているうちには気づかなかったが序盤の動きの荒さは目を覆いたくなるほどだ。対魔物の剣理は剣でも言葉でも教わったのになんたる体たらくか。とタクマは思う。

「……起きるの早いなお前さん」
「ダイナ師匠、せめてベッドで転がして下さいよ。背中痛いじゃないですか」
「阿保か、なんでそんな気遣いを野郎にせにゃならんのだ」
「それもそうですね」

 などと言われながらも若干の不満と恨みの念を持ってタクマはダイナを見る。
 子供扱いはいらないが、ヒト扱いくらいはして欲しいのだ。その為に苦手な偽装をしているのだから。

「で、まだ動けるか?」
「6……いや4割程度なら動けます」
「上等な見方だ。が、お前は稀人、死んでも死なない訳だ。分かるな?」
「……上等です! 死ぬまでやりますよ!」
「良い声だ。じゃあ、生命転換ライフフォースの使い方を叩き込んでやる。行くぞ」

 そう言ってダイナが開いたのは、そのボロ宿の床下に開く謎の門。

 それは不自然なほどにデジタルなモノに見えた。世界観に噛み合わない無機質さというものだろう。

「これは、誰かのゲートですか?」
「ああ。同僚のな。異空間を作る力らしい」

 そう言ったダイナはタクマをゲートの中に蹴り込む。そうしてタクマが抜けた先には、無機質なただの広間があった。ワイヤーフレームだけがある白い空間。

「じゃあ、構えろ」
「……はい」

 だが、そんな事はどうでもいい。今は、今出せる全力でダイナへ立ち向かっていくことが重要だ。

 幸いなことに、戦いの中でやってできた技の数々はタクマの血肉になっている。

 風の踏み込み、風纏の打撃、そしてより鋭くなった風の刃。

 どれも以前切り結んだ時には試そうとすらしなかった力だ。

 だが、それが故に課題が見えてくる。タクマの生命転換ライフフォースは多芸だが、その分単一の技の出力が低い。こういった正面衝突において頼れる技は自身の剣技に紐付いて最大級の鋭さを発揮できる風の刃だけなのだ。それ以外は、魂の威圧で弾かれるし、単調になる動きが逆に枷になって反撃の隙ができてしまう。

 故に、選択肢はシンプルで良い。
 剣に魂を込めようと意識した瞬間に

 ダイナの剣の腹が琢磨の腹を打ち据えていた。

「どこ見てんだお前」
「……そりゃ、よーいドンなんて言うわけないですよね! 師匠!」

 手加減されたそれを受けて目を覚ました鬼の剣は、戦いながら剣に魂を込める動きを模索し始める。

 まず、タクマの技量不足により動きながら剣に殺意に研ぎ澄ませた魂を込めるのは不可能だ。

 どこかにルーティンを作るべきだろうか? と思うが一朝一夕でできるわけもない。

 インパクトの瞬間に爆発させる使い方はできなくもないが、あれでは風の刃は作れない。ただ無軌道な風が吹き荒れるだけであり、殺傷能力はとても低い。

 だからここは後退して丁寧に命を込めるべきなのだろうと理性は言うが、“それでは死ぬ”との警告が鳴り止まない。

 目の前の剣士の相手をする時に1番の安全圏は、真正面なのだ。そう感覚は告げている。

 それは、間違いなくダイナが生命いのちの属性の生命転換ライフフォースの使い手である事が理由だろう。

 アルフォンスの使った光の剣、閃光剣レイブレードはもはや高域殲滅用のビームサーベルか何かなのだから。アルフォンスより確実に強いダイナならば数瞬与えるだけで光の剣を扱ってしまうだろう。

 だからこそ、前にしか道はない。

 時間を与えてはならない。

 故に、痛みを堪えて真っ直ぐに走り抜ける。どうせ小細工など通じないのだから、出力は今の全開で真っ直ぐに踏み込んでいく。

「……まだダメか」

 そんな言葉とともに、剣を柔らかく受けられ腹を蹴り飛ばされた。

「一応確認しておくが、お前の聖剣は何を定めてる?」
「……聖剣?」
「……あ、お前稀人だからそのあたり知らねぇのか。まいった、失敗したなこれは」

 そういうとダイナはタクマを床に座らせる。

 どこから取り出したかわからない酒とグラスと共に。

「飲め弟子」
「頂きます、師匠」
『マスター、未成年の飲酒は禁止されていますよ?』
「データだから何でもいいんだよそんなの」

 そう言ってぐいっと酒を飲むタクマ。その苦みに少しだけ嬉しく思い、それからの体温上昇に違和感を覚えた。

『マスター、これは本物の酒と同じ症状かと』
「マジか。昔はもうちょい飲めたのに」
「まぁ、強い酒だからなこの騎士殺しは」

 そう言ってグラスを傾けるダイナ。その飲んだ量はそう多くなかったが、顔はもう赤くなり、口の回りも少し悪くなっていた。

 流石の台無し師匠だとタクマは内心思う。

「……この国で聖剣ってのは何を指してるのか知ってるか?」
「……いえ、聖剣信仰ってのがあるのを聞いたくらいです」
「なら、聖剣のことからだな」

 そう言ったダイナは、不思議な、誰かの言葉を噛みしめながらこう言った。

「願いを込めて立ち上がったその時に持ってるモノが聖剣として信仰されてるんだよ。だから、そこらの木の棒でも素手でも聖剣だって言い張れる。大切なのは願いなんだ」

 ダイナの目が、タクマの目の深いところを捉える。酒により緩くなった二人の仮面はずれ落ち、その真実の姿を映し出していた。

 二人の、鬼の姿を。

「お前の願いは、なんだ?」
「……ヒトの中で生きる事。その為に、誰かを守れるヒトになる事」
「それは願いじゃない。ただの理由だ。お前の願いで言ってみろ」

 その言葉に、タクマはもう一杯酒を飲む。素面で話す話ではないと、彼の中の男が告げているからだろう。

「俺は、殺すしかできない鬼子だ。それは今まで生きてて分かってる。けど、それでも何かを残したい。残せるヒトのフリをしたい」
「なら、何をしたいのかはわかってるのな」
「はい。何かを殺すことしか出来ないなら、せめて害をなす者を選んで殺したい。それが上等だなんて思いませんけれど。それでも」

 その言葉とともにもう一杯酒を飲むタクマ。そんな姿に何かを見て、優しい言葉でダイナは声をかけた。

「ならそれは、“守りたい”って言うんだよ」

 そんなタクマの芯になる言葉を。

「なら、俺の聖剣は」
「ああ、守ると決めたその時に、握った臆病者の剣ソイツが聖剣だ。その願いを忘れなきゃ、いつかソイツが本当の聖剣になってくれるかもしれないからな」

 その言葉に違和感を覚えるタクマだったが、慣れない酔いによってそれを考えるのを辞める。

 どうにも今のままだと全てを放り投げて辻斬りに向かいたくなってしまうかもしれないと冷静な部分が警告しているのを、本能が暴れようと大きな声で塗りつぶしていく。

 だが、それを嫌うことはなかった。14年生きていて、タクマは初めて同類を見つけたのだ。きっと、それが理由なのだろう。

「師匠、師匠はどうしてそう在れるんですか?」
「俺にも、道を示してくれてヒトがいた。ありのままの俺を愛してくれた良い女がいた。そして何より、未来に生きる娘がいた。俺は鬼だが、俺の半生は鬼だけじゃないんだよ」
「……ありがとうございます」
「いいさ。お前の先生とかに感謝して、いつか愛する女に期待しておけ」

 その言葉に、タクマを愛する事を隠さないヒョウカの事を思い出す。

 始まりはきっと偽りの愛だったけれど、今はどうなのだろうか? そう、思った。

 ■□■

 そうして、酒が抜けるまでダイナと他愛のない話をしたタクマは、「今のお前なら大丈夫」なんて事を言われてワイヤーフレームの訓練場から放り出された。

「今回の手助けはコレで終わりだ。あとは自分でやれよ、馬鹿弟子」
「上等ですよ、ブッ潰れるの早すぎの台無し師匠」

 そんな言葉と共にタクマは鞘を託される。

 盾の紋章の彫られた、臆病者の剣チキンソードにぴったり合う頑丈な鞘を。

「じゃあな、お前に聖剣の加護が……なくても生き残るだろうな、お前なら」
「死ぬときは死にますから。それじゃあ、お元気で」

 そうして、二人は決定的な事を全く触れずに別れて行く。

 きっと、タクマが現実の事を、ダイナの開いた訓練場のこと、そう言った確信に触れればダイナは答えただろう。

 そしてダイナも、タクマが強くなりたいと願い始めた理由や、今までの戦いの事を全く聞かなかった。タクマはどんな傷がそこにあろうと答えただろうに。

 それは、二人の鬼が互いを哀れみや親しみだけでなく、もっと深いところで繋がりたいと願っているからだ。

 鬼としての、語り合い殺し合いという場で。

 二人は、いつか互いに全力を超えた繋がりを願っていた。

 ■□■

 そして、タクマは街を歩く。酔い覚ましがてら、空を見ながら歩いていると、ふと斜線が通ったのを感じた。

 反射的にではなく、ここで撃たれたら殺されるだろうなという理解の元でふらりと剣を抜き、風を切って飛んできた矢を風纏の打撃で弾き落とす。

 風に触れた瞬間に爆発的に魂が弾けたが、そうであろうなと読めていたタクマはその力を自然に受け流していた。

「あ、できた」
『おめでとうございます。ですが、マスターは未だ危険の渦中かと』

 そんなメディの言葉と共に狙撃手とタクマは睨み合う。そして、距離が離れた魂視故に曖昧だったが、確実に以前タクマを殺したあの痛覚の暗殺者ではない事は視取れた。

「今回はあんま本筋に絡む気はないんだけど、修行がてら挑んでみるか」

 そんな言葉と共に、タクマは夜を駆け出した。
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