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第一戦 VSシリウス 少年と臆病者の剣《チキンソード》

幕間01-2プリンセス・ドリルと長親のプラクティスエリア

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 動画を編集している妹は思った。このゲーム、プレイヤーもNPCもキャラが濃すぎると。

 自慢の姉である。どうしてかはわからないが茶道の家元の実家で縦ロールを縦ドリルに進化させたほどに暴走する癖はあるが、自慢の姉なのだ。

 美しく、格好良く、そして強いのだ。

 なのに、今回の第一戦ではできてチョイ役程度。動画投稿をメインにする投稿者としては致命的だ。

 姉の素晴らしさがあれば、主役を勝ち取る事など容易いだろうに。

 しかし、その思いは姉自身の言葉に否定された。

「私が目立つ事は当然のこと。ドリルですから! 故に今回は前に出なかったのです。私のドリルを完成させる前に目立っても何でしょう?」

 流石は姉だと慄いた。今の撮れ高よりも未来でのドリルを優先したのだ。

 素晴らしいドリルである。そう妹は思った。

「お姉、ちゃんとドリルで視聴者さんのハートを貫かんとあかんよ?」
「勿論ですわ!」

 そうして、見た目は自信満々で彼女の姉はプリンセス・ドリルへと変わった。


 ■□■

 それから数日後

「……どうしたら良いのですか!」
「突然に、何だ?」
「決まっています。私のドリルです!」
「決まっているのか……」
「ええ、そうですわよ長親さん! 私は当然、ドリルの雛形を作り上げました。しかし、全然ドリル感が無いのです。ドリラーとして私は納得できてきないのです!」
「……その話は何度目だ?」
「さて、デスペナするたびにですから、6回目くらいでは?」
「分かっていて尚話を振るかッ!」

 この場に居るのは二人。

 一人は、言わずもがなプリンセス・ドリル。
 もう一人はその相方。顔に傷のあるバルバード使いの戦士、といえば聞こえは良いがそれ以外に目立った我をさほど持っていない事を根に持っているプレイヤー長親。

 彼らは最初のコンビ結成からなぁなぁで今もコンビを続けていた。

 目立ちすぎるドリルと目立たない長親であるが、不思議と二人のウマはあっている。
 年齢も性別もタイプも違うが、二人はもはや互いを欠かせぬ仲間だと認識していた。

 しかし、そんな二人にも壁はある。具体的にはドリルについて。

 縦ロールを縦ドリルと言い張っているだけだと言うのが当初の長親の彼女に対しての見立てであった。

 しかし、生命転換ライフフォースに目覚め、その魂の力でドリルのような螺旋の一撃を作り出してから、そのドリルへの狂愛は伝わった。それも、やべー拘りを持つ女として。

 尚、長親は24歳、ドリルは17歳、それでもきちんと女として見ているあたり長親は雰囲気で人を判断する男だった。



 そんな時だった。ドリルがその項目を見つけたのは。

「……武装のペイント機能?」
「高いな。プラクティスエリアでのゴミのようなポイントでは、獲得するのは難しいだろう今なら買えなくはないが」
「いえ、もしかしてこれが有れば私の一番の悩みが解決するのではと」
「1番の悩み?」
「決まっていますわ! ……持っているコレは、ランスであってドリルではないのです!」
「……そこになんの意味が?」
「ドリルでないから、私は私をだ出しきれなかったのてす。何故なら! このゲームは魂がモノをいうのですから!」

 そう言うや、ポイントを使ってペイント機能を解放するドリル。

 そして、良質なランスにやたらと綺麗に模様を描くプリンセス・ドリル。

 そうして、瞬く間にそのランスは、(見た目だけ)ドリルへと変化していった。

「流石私、完璧な仕事ですわ」
「無駄のない無駄な技術だな。感服する」
「そう褒めないで下さいまし。そして、今なら行ける気がします! 南に行きますわよ長親!」
「承知した」

 そうして、二人はプラクティスエリアへと足を踏み入れた。

 ■□■

 そこは、かつてはゴーストタウンだった。人は居らず、家の中にも何もない。

 だが、だからこそ好きに勝手にプレイヤーは家を占領し、近くの家家に生活感を与えている。

 その中には調理器具を勝手に利用し、食材調達から調理までなんでもしようとするという者さえいた。モンスターの肉には癖があり、そこまで美味しくなかったので臭み取りなどの研究をしているとの噂があったりするのだが。

 そんな事を思いながら南門を出ると、門の近くで多くのプレイヤーが狼に苦戦していた。

「今日は人が多いですわね」
「確かにな。それも新入りが多い」

 彼らの扱う生命転換ライフフォースは、まだ素人の域を出ていない二人から見ても未熟だった。
 第0アバターのまま戦いに出ているものさえいる。

「彼らも、モノになればいいのだがな」
「ええ、人が多いほどに私プリンセス・ドリルの輝きは映えますもの!」

 と、高笑いをしようとしたときに群れの中から抜けてきた一匹が二人を襲おうとした。

 当然に迎撃されるその狼。長親が顎をかち上げ、そこにドリルのランスが突き刺さる。

 一瞬のコンビネーションだった。二人からしたらまだ合わせられていないと言うだろうが、傍目からは完璧なものだ。

「長親さん、半拍ほど早くありませんでした?」
「お互いに油断していたな」
「幸いにも、この程度の敵です。多少気にして、しかし気負わずにいきましょう」

 そんな、長年のコンビのように息の合う二人は、するすると狼の群れを切り開いて進んでいった。

 ■□■

 そうして、やってきた砦エリア。通称だが、やたらと敵が強いというもっぱらの噂の場所だ。事実その強さに二人は幾度もデスペナルティに追い込まれていた。

「では、今日はこの辺りで待ちましょうか。今なら、今ならできる気がしますの!」
「ペイントにそれほどの力があるとは思えぬが、付き合おう」
「長親さんって意外と付き合い良いですわよね。そんな見た目だけの人なのに」
「……この傷は、自前だ」
「リアルにあるんですのソレ⁉︎」
「ああ、子供の頃にな」
「てっきりお洒落傷かと……」
「貴様も大概に酷いな」
「だって長親さん傷がある事以外普通なんですもの! びっくりするほどに!」
「……普通で何が悪い」
「見た目は完全に強者なんですもの、相応の立ち回りを期待するのか当然ではありません事?」

 改めて説明するが、長親は身長180近くある巨体で、筋骨隆々であり、顔に傷のある男である。見た目は完全に力自慢の大男だ。

 しかし、別に力任せに武器を振るうことはしないし、強者の威風を感じさせることもなく、口調が地味に変なのは、酷い訛りを抑えている結果である。

 見た目に反して本当に、普通なのだ。

「よく言われるが、俺はさほど強くはないだろうに」
「ですわね。私たちまだ弱いですもの」

「「だから、強くなる」」

 そんな言葉と共に自然と構えを取る二人。

 そこからは、ここの強さが頭おかしいと言われる要因である人狼が現れるのだった。

「足は止める。一撃で決めてみせろ」
「上等ですわ! 私の必殺技で、決めて差し上げます!」

 そうして、ふたりは生命転換ライフフォースを武器に込めて、人狼と向かい合うその速さは凄まじく、その筋力は強靭。しかし、二人は思う

 この程度の相手、倒せないならばあの天狼を倒す事など不可能だと。

 それは、二人の負けず嫌いが見せる、次への道だった。

「来い!」

 人狼の速度に合わせての斧撃が人狼に当たる。しかしその皮を貫くことはできずに、しかしそこに重い打撃として人狼にダメージを与えたのだった。

「ついでに止まれ! 放出ディスチャージ!」

 そして、バルバードから放たれる重力場が人狼を捕らえる。人狼の筋力から考えると数瞬止まる程度だったが

 その瞬間があれば、螺旋の力をそのランスに宿すプリンセス・ドリルの一撃は決まる。

「ぶち抜いて差し上げますわ! 生命転換ライフフォース! 螺旋よ穿て!」

 そうして、生命転換ライフフォースの命の力を器用に、ドリルのように先端を尖らせて回転させる彼女。

 その一撃は人狼の皮を貫き、筋肉を貫き、骨を貫き、その体に大穴を開けた。

 その体の削れ方は、まさにドリルで体を穿たれたものだった。

 ドリルの、ランスをドリルに変える技術はここに成功したと言って良いだろう。そう長親は思った。

「成功か?」
「……長親さん、あなた頭が悪いのですか?」
「さほど良い訳ではないが、なんだ?」
「あんなものが、ドリルな訳がないでしょう! 穿つことはできました! ブチ抜く威力も備えました! しかし、しかし! ……音が! 足りないのです!」

 しかし、ドリルのドリルに対する拘りは凄まじい。好きというのは、最強なのだ。

「長親さん! 次に行きますよ!」
「まぁ、構わないがな」
「今のままでは足りません! 奥に入りより強い人狼をぶっ飛ばしましょう!」
「今までのパターンでは死ぬのが見えているが」
「死ぬのも経験ですわ! 死んではいけない時に負けなければよろしいのですから!」


 ■□■

「オホホホホ! 今日も無様に死にましたわね!」
「貴様が調子に乗って命を使いすぎるからだろうが」
「いいではありませんか! 楽しかったのですから!」

 ロビーにて、案の定デスペナルティを負った二人は戦闘の記録動画を見ながら笑っていた。

 苦しんでいても、笑顔でいられるのがこの二人の強いところだった。特別ではない、普通の心の強さ。それはこのゲームにおいて、特別以上に価値があるのだとこの二人はまだ知らない。

 しかし、そんな未来のことなどどうでも良いと言わんばかりに笑いを絶やさなかった。

 小言を言うが、長親もドリルと行った無茶を楽しいと思っていたのだ。彼女のドリルに対する拘りはさっぱりわからないのだが。

「それでは私はこの辺りで。今日も楽しかったですわ、長親さん」
「ああ、俺もだ。またなドリル」
「ええ、また」

 そう言ってログアウトするドリル。その姿を見送った後に、時間が来るまで自分に何が足りないのかを知る為に戦闘録画を見直すのだった。

 ■□■

「今日も楽しかったですわ!」
「良かったなお姉。それで、ドリルは完成したん?」
「……効果音、お願いできません?」
「妥協するねんな、そこ」
「ええ、魂のドリルという新しいドリルではありますけれど、今までのドリルを愛してくれた視聴者様方には物足りないと思いますの。私も物足りませんでしたから」
「りょーかい。それじゃあ音加工前のを本編で乗せて、おまけで効果音入れるドリルをするってのはどう?」
「……素敵ですわ! やはりあなたは天才です!」
「お姉に言われるのはちょっとなー」
「何故ですか!」
「お姉やし」

 そんな姉妹の会話があって、新しく《Echo World》の動画が作られたのだった。

 “プリンセスドリルの、魂のドリル”という動画を。
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