俺と義姉との嬌声問題

気力♪

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俺の初恋の傷は深い

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 理科準備室。

 そこは、俺の所属している“パフォーマンス研究会”の部室だ。

 そこで今、俺と現会長の“冴島真さえじままこと”先輩は部活をしている。

 とはいっても、共通の演目があるわけではなく、俺はトランプマジックの練習を、先輩はシガーボックスの練習をしていたのだが。

「あー、休憩!」
「お疲れ様です。コーヒー入れますか?」
「砂藤多めでお願いー」

 そんなわけで、コーヒーブレイク。この部室には、先輩が持ってきたドリップコーヒーの箱と電気ケトルがある。

 なんとも贅沢なものだとは思わなくないが、おこぼれに預かっている自分としてはノーコメントを貫く所存である。

 そんなこんなで二人でコーヒーを飲んで一息つく。正直、至福の時間である。

 そんな中で世間話を始めたところで、こんな話題が飛んできた。

「んでさ、ちょっと気になる噂聞いたんだけど」
「なんですか?」
「萩尾姉に、彼氏ができたって本当?」
「いや、聞いてないですけど」
「なんだ、これで姉バリアーが消えるかと思ったのに」
「姉バリアーってなんすか」
「……伝説の10秒カップル」
「やめましょうその話題は俺に効く」

 なんて事をほじくり返すのだこの人は。中学時代の話など、もはや時効でいいだろうに。

「んで、彼女に10秒で振られた彼氏くん、お姉さんの事について思うことはある?」
「いや、普通にいい事じゃないですか。祝いますって」
「もっとシスコンな答えを期待してたんだけどなー」
「一般的な姉弟より仲は良い自覚はありますけど、他人に言われるとかなりムカつくのってなんなんでしょうね? コーヒーに塩を入れたくなりました」
「コーヒーへの冒涜は戦争の始まりだぞ」
「やりませんよ、流石に」

 などと言いながら、その日のコーヒーブレイクは終わり、カップを洗って再び練習に戻るのだった。


 ◇  ◆  ◇

「で、実際彼氏できたの?」
「いや、できてないけど」
「だよな。できてたら壁越しにカレカノ通話とか聞こえるだろうし」

 夜の10時を超えた頃、姉と俺は今日も今日とて駄弁っていた。

 あれから知り合いの男子からのメッセージが数件届き、姉に彼氏ができたという噂が出回っていることがわかった。

 出所はわからないが、妙な話である。

 姉の名前は出ても、彼氏の名前が影も形も存在しないのだ。

「まぁ、ぶっちゃけ姉さんに彼氏ができてようがあんまり関係はないんだけどさ」
「うん」
「家に連れ込む日は事前に連絡くれよ?」
「分かってるよ。……て言っても、本当に彼氏の心当たりもないんだけどさ」

 そうして、頭を悩ませているのか小声で「あれかなー?」とか言っている姉を無視して、トランプマジックの動画を繰り返し見直すのだった。


 そして数分後、姉の部屋から「ハァ⁉︎」と大きな声が響いた。

 なんか友達間のトラブルかなー? と思ったその時に、ドタドタという音の後、部屋の扉が開き、スマホ片手に姉が乗り込んできた。

「ねぇ弟くん! この10秒カップルって何⁉︎」
「やめろ姉よ、その話は俺に効く……」
「あ、ガチ凹みしてる」
「凹まずには居られるかってんですよ。ようやく傷も癒えてきたってのにほじくり返してくれやがりまして」
「……なんかそこまで言ってると逆に気になるんだけど」
「まぁ、別に話しても良いけどさ」
「何?」
「笑ったら今夜ホラー映画ループで流す」
「……あ、悪魔かな?」

 そうして、未だ消えていないメンタルダメージを他所にして、話始める。

 たった10秒だけ実った、俺の初恋の話を。

「それ、10秒しか持たなかったって事だよね」
「黙れマジで」

 ◇  ◆  ◇

 まず、大前提として俺には生まれた時から仲の良かった異性の幼馴染がいた。名前は日比野灯ひびのあかり

 幼馴染は家族としか見られない! なんて通説は俺には関係なかったようで、一目惚れし、幾たびも惚れなおし、そして中学で完全に恋に堕ちきった。

 彼女以外の女子は目に入らない、それほどに俺は熱中し、ひたすらにアプローチを重ねて告白をした。

「貴方の事を、この世で一番愛しています! 俺と結婚を前提に付き合って下さい!」

 なお、告白の文面はこう。渾身の大暴投である。

 中学一年生で結婚を前提に付き合って下さいとか馬鹿じゃねぇの? とか、この世で一番愛してるとか臭すぎない? とかまぁ、色々文句はある。具体的には中1の自分がいたら簀巻きにしてひたすら映画版デビ○マンをエンドレス視聴させたいくらいだ。まぁ、とてつもなくテンパっていた自覚はあるのではあるが。

 しかし、その大暴投の告白にはこんな返事が返された。

「ふ、不束者ですがよろしくお願いします……」
 と。

 ”んなアホな”、とは告白を見ていた連中の総意だったようだ。

 しかし、その告白が受け入れられて舞い上がり、彼女を勢いよく抱きしめた所で


 風向きが、変わった。


「……■■■■■」

 抱きしめるのに夢中で、その言葉を聞き取れなかったのは一生の不覚だった。それが分かれば多少何か納得できる理由がわかったかもしれないのに、と今でも思う。

 そうして、俺は、灯に腰を抱かれて。

「はいだらぁ!」という意味のわからない声と共に頭から地面に叩きつけられた。

 まさかのまさかの、バックドロップであった。

 見物していた連中曰く、美しすぎて芸術かと思ったと。

「信じらんない! 詐欺師! 女たらし! 中身はなんもない空っぽ男! あんたなんか切り刻まれて刺身になっちゃえこのクソ男ぉ!」

 そんな声と共に、灯は去っていった。

 その後彼女は家庭の事情で転校したので、それから先どうなったかはわからない。

 だが、この告白劇を動画に撮っていたクソの言葉によると、俺が告白を開始されてから、バックドロップをくらうまでにかかった時間は僅か10秒。

 俺の初恋は、10秒でリング(校舎裏)に散ったのである。

 ◇  ◆  ◇

「という事が、あったのです」
「……なんというか、お疲れ様?」

 その、生暖かい言葉に若干うるっときた。

「ありがとさん。それで、その黒歴史がどうしたってのさ」
「いや、それがさ」

「弟くんがトラウマに潰されて私と付き合いだしたって噂になってるの」
「……よし、殺す」
「誰を⁉︎」

 そんな話をした後で、その日は眠りについた。
 通販で届いたイヤーマフで、音を完全に遮断しながら。


 ◇  ◆  ◇

 顔が、熱かった。

 弟の赤裸々な初恋の話を聞いたというのはもちろんある。しかし、それ以上に絶対に隠さなくてはならないという事が一つ生まれてしまった。


 中学の頃、私は自慰行為を、オナニーを覚えた。

 そしてその頃のオカズは空想上の彼氏(笑)だったが、それでは満足出来なくてちょっとだけ、ちょっとだけと言い訳をして弟の匂いをオカズにした事がある。

 今思えば、洗濯されてるんだから匂いなんぞ残っているわけはないのに、それでも背徳感とかその辺が理由で弟の肌着を使っていた時期があるのだ。


 それが、おそらく弟の初告白の時期と重なるのだ! 


「バレたら、殺される……ッ!」

 そんな思いから、その日は珍しく自分を慰める事なく横になった。
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