上 下
7 / 13
第一章 始まりは、いつも唐突に

第七話 謁見の間

しおりを挟む
 アルベルトは、手に持つ板をカメラのように二人の方へと向け、

「これに、ヴィーテと呼ばれる私たちの身体に存在する力を注ぎ込めば――」

 板が仄かに光った。
 おおー、と、二人はその板の不思議を解明せんと夢中になって見る。

「ここに君たちのちょっとした情報が映し出されて…………」

 微かな驚きの色がその顔に表れ、

「――どうしたの?」
「フ、如何せん、我に眠りし真祖の慟哭に勘付いてしまったか」

 どうした? と二人は対照的な雰囲気で尋ねた。
 
「…………ん? ああ、悪いね。
 純粋に驚いていたんだ。これは、ばれるわけだ」

 ……もしかしてステータスってやつ?
 ますます興味の湧く可憐が問う代わり、横から、身を乗り出す程に前のめりで、

「それってステータスっていう――! ……フ、それは天より与えられし福音の書、であろう?
 見せてみよ、アルト」
 
 竜也の言葉に、
 
「――残念っ、自分自身の情報は見られない仕様でね」

 アルベルトが板をポケットへと戻しながらに言う。
 それでも納得したような顔を見せない二人に、それに、と、

「すてーたす? は聞いたことないけど、本当に、あれに書かれていたのなんて自分自身がよく知っている、他愛のない情報だけだったんだけどな」
 
 例えば、
 
「『竜也は可憐のことが好きである』とかね」
 
 その言葉に真っ先に反応したのは可憐――ではなかった。
 
「――漆黒に覆われよ(訳:……ば~か)」

 聞こえてきたのは照れくさそうな、キレのない小さな声。
 目線を逸らす竜也の、その耳には少しの紅潮が見られた。
 可憐はその予想外の反応に、

「め、珍しく照れないでくれよ! あー、なんか暑くなってきたわー」

 襟をつかんで前後に動かす様はどこかわざとらしい。
 変わらぬ笑顔で眺めていたアルベルトは、これはやはり、と納得のいったという視線を二人に向けて、

「――やはり君たち二人は恋仲だったんだね」
「いや、まあ、その、流れでっていうか…………うん」
「ククク、こやつとわれが契りし事をようやく気付いたか」

 本当ほんと立ち直り早いんだから、とため息。
 自分にはできないことだと、
 ……そんなとこにも惹かれたのかな……。
 なんて思ってたら馬車が止まる。

「どうやら到着したようだ」
 
 ドアが開くと、最初にアルベルトが降りる。
 その後、可憐、竜也と順番に、アルベルトの差し伸べられた手を掴んで降りた。
 
 眼前に見えるは巨大な門。遠目から見えた城に劣らずの荘厳さであった。
 門の中央には大きく円い線が、その中心から生える翼が円を外から包みこむように描かれていた。
 天使がモチーフ。
 それは国の紋章。アルベルトの左胸元にあるのと同じ紋様だった。
 見上げる首が痛くなる。
 可憐は馬車の中での話を思い出していた。
 ……これに隠れてる城が見えていたのは不思議だなぁ。
 対して竜也は、見る者には分かる程度にソワソワして、

「ククク、我が内なる那由他の閃光……今、寂滅じゃくめつする時! 
(訳:早く行こうぜ!)」

 と急かしてくる、が、

「ちょっと待ってくれ、竜也。
 ――こちらが呼んだとはいえ、まだ君たちは部外者なんだ。勝手に城内に入ることは出来ないよ」

 道理だな、と、竜也が呟き立ち止まる。
 なら、

「どうすればいい?」
「そのために私がいるんじゃないか」

 アルベルトが門へと向かうのを、竜也と可憐は後ろからついていく。
 共に小旅行した馬は別の方へと行ってしまった。

 三人が辿り着いたのはその大きな門、ではなく隣に取りつけられた、比べるのも恥ずかしそうな小さく簡素な扉。
 普段、門の方は閉ざされており、年に一回のセレモニーや軍隊の出陣時、その他緊急が発生した場合に限り開放される。
 故に、通常は隣の扉が使用されているのだ。

 その小さな門の左右には、竜也や可憐と同年代ぐらいの二人の門番が姿勢正しく立っていた。
 近づいてくる物陰に門番は気づき、一旦止めに入ろうと、その手に持つ槍の鋭利な先をこちらに向けようとした。
 が、直ぐ様その槍先を空へと戻し、敬礼をして、

「失礼しました! アルベルト・ロマネク少佐・・! お通りください!」

 二人の顔は、へ? である。
 軍事階級なんてものをあまり知らない可憐でも、つい驚いてしまった。
 見るからにアルベルトの階級が高そうな場の雰囲気に、

「え⁈ 偉い人だったの⁈」
「はは、言ってなかったかな?」

 言ったなかったよ! なんてツッコミは空しく、竜也も、

「ほ、ほう……黒より黒き極夜に顕現せしは盈月えいげつなり
(訳:や、やるではないか)」

 動揺していた。
 先ほどから少佐に無礼な態度をとるこの二人は何だ、と門番が、

「――ロマネク少佐。こちらの方々は?」
「ああ、心配しなくていい。彼らは僕の、ひいてはこの国の客人だ」
 
 は! と、門番二人が勢いよく敬礼して中へと通す。
 アルベルトが、パンッと軽く手を叩き、

「では、皇帝陛下のお待ちする謁見の間へとお連れしましょう」

  ♢

 ――その前に、と二人は小さな部屋へと通される。
 そこには、一つのテーブルと柔らかそうなソファーがそれを囲むように二つ配置されていた。
 ……来賓用の部屋か?
 なぜ? と竜也が思ったのを知っていたかのように、

「もう伝わっているとは思うんだけど、念のため確かめてくるよ。
 準備が整うまで、ここで待っていてくれ」

 そう話すアルベルトの笑顔はどこか偽物じみていた。

  ♢

 待つこと一時間。だが、部屋の物珍しさで退屈はせず、体感的にはあっという間だったろう。
 ノックの音。
 失礼しますね! と、朗らかなよく通る女性の声。
 アルベルトの服と似た配色で、着ているスカートの下部にはフリルが重ね付けされていた。
 長い後ろ髪はリボンを蝶々結びで一つにまとめ、そのメイド服の女性はこちらに微笑んでいる。
 
 彼女に誘導されるまま、二人は廊下を歩く。
 甲高い足音の鳴り響く大理石でできた広い通路だ。
 やがて巨大なドアの前へと到着する。
 それは優に5メートルは超えていた。
 その前で、

「いいですか? ここに来る前にも申しましたが、くれぐれも陛下には粗相のないようにお願いしますよ!」

 二人が頷くのを確認すると、メイドはその巨大なドアへと触れた。
 自動で開き始めるが、その動きは鈍く、重さが伝わってくる。
 ……どんなお方でしょう……。
 緊張のせいか、その大きな胸のせいか、肩が重い。
 横の厨二患者はなんとも清々しい顔つきだ。
 ……ほんと、頼もしい限りだよ。
 呆れ混じりのため息は、眼前の光景に掻き消えた。

 二人の足元、入口からドア幅の赤い絨毯が敷かれている。
 それを挟むように、白が基調の大きな柱が並べられていた。
 その間の天井はアーチ状。
 さらに空間は柱の奥までも広がっており、千単位の人が入ってもゆとりがあるだろう。
 如何にも大聖堂を彷彿とさせる光景。
 ヴェルダ帝国の紋章の描かれた旗が、柱ごとに天井から床まで垂れ下がっている。
 絨毯の敷かれた最奥、数段の階段を昇った先には金色の椅子――玉座。
 その真上には巨大なシャンデリアが吊るされていた。
 しかし、

「アルトさん、誰もいないけど……」
 
 自分の定位置だと言わんばかりに、柱の前で起立していたアルベルトしか見当たらない。
 アルベルトは顔に?を浮かべて、メイドに教わっただろう作法を二人に促した。
 二人、特に可憐は戸惑うも、部屋の半分ほどまで進んで行くとひざまずき、顔を伏せる。
 後ろのドアが閉じ始めたのは音で分かる。
 ドアが完全に閉まり、部屋が仄かに明るくなったのを二人は感じた、と同時、

「面をあげよ。許可する」

 玉座の方から女の声が発せられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ
ファンタジー
鈴木は気が付いたら剣だった。 誰にも気づかれず何十年……いや、何百年土の中に。 そこに、偶然通りかかった不運な少年ニコに拾われて、異世界で諸国漫遊の旅に。 剣になった鈴木が、気弱なニコに憑依してあれこれする話です。 そして、鈴木はなんと! 斬った相手の血からスキルを習得する魔剣だった。 チートキタコレ! いや、錆びた鉄のような剣ですが ちょっとアレな性格で、愉快な鈴木。 不幸な生い立ちで、対人恐怖症発症中のニコ。 凸凹コンビの珍道中。 お楽しみください。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレルートで無限ループ!

ひもがみ
恋愛
ーーー死に戻りーーー 気付いたらそれに巻き込まれていた。 死因は不明。なぜ死に戻りするのかも不明。 そんな日常を送っていた主人公にある日、一つの着信が入る。 それは自称:神の使いからだった! 『とりま、うちのヤンデレ神がオメェーとこに行ったから 』 そんな意味不明なことを言う自称:神の使いから詳しい話を聞くと、 1、ヤンデレの神に愛されたものは自分に好意を寄せている人全員がヤンデレになってしまう。 2、神は世界を改竄し、俺の周りにいること。 3、神を見つけなければこの死に戻りが終わらないこと。 こうして俺の命懸けの神探し生活が始まる。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...