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第一章 始まりは、いつも唐突に

第六話 むかしむかし

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 馬車は皇城の方角へと走り出す。
 竜也、可憐、アルベルト、三人の座る豪勢な部屋。
 御者も含め内部にいる者以外には、耳に入ってほしくないような話をするのにも適した、密閉され遮音性のありそうな空間である。
 アルベルトが発した第一声は、

「――この国は見ての通り……広くてね」

 窓ガラスから外を見つめるその顔には、悔恨の色が表れていた。
 それも瞬き程度、アルベルトは少しの説明を付け加えた。

 二人が降り立ったこの場所は、ヴェルダ帝国の帝都。
 長年に亘る、敵の排除を念頭に置いた軍事規模拡大。そのために無計画な増築を行ってきた。
 故に、ほとんど使われていない小道は少なくない。
 中心から伸びる六つの大道を除くと、他は迷路の様になってしまっていた。
 だから、

「君たちを見つけられたのは、運が良かった」

 運が良かった、その言葉の重みに少し冷や汗をかきつつ、
 それで? と問う竜也は、

「これは――その、それで先ほどの続きをお願いしても? と」

 横の通訳者に言葉を付け足される。

吸血鬼ヴァンパイア、もとい半吸血鬼ダンピールについて、だったかな」

 と確認も含めての前置き。
 アルベルトの顔は、既に二人の方へと向いている。
 そして、

「公の場、と言っても、そうだね……少なくともこの国では――人間族以外の種族を許容しようとはしないだろうね」
 
 その言葉の根拠とも言える話を続けた。
 この世界には、言い伝えが存在していた。いや、もしかしたらこの国が、自国民に敵を刷り込むため作り出した与太話なのかもしれない。
 そんな話。始まる出だしは……むかしむかし――

『――あるひとつの世界に、神と呼ばれる存在によって”なにか”が産み落とされました。
 数にして二つ。球体の”なにか”。
 ”なにか”に意思など無く、変化もなく数百年の時が経つ。
 長い年月の後、”なにか”が唐突に意思を持ち始めました。
 ”なにか”は気付く。これでは何もできないはしない。不自由である、と。
 見かねた神は、それら”なにか”の望むモノを、恵みを与えることにした。
 ”なにか”は願う。この広い世界を見て回りたい、と。
 神から脚を与えられ、それに数百年を費やした。
 ”なにか”は願う。モノを作りたい、モノを使いたい、と。
 神から腕を与えられ、それに数百年を費やした。
 ”なにか”は願う。隣の”なにか”と話がしたい、と。
 神から顔とそれに付随して言語知識を与えられる。
 同じくそれに数百年を費やした。
 また”なにか”らは願う。二つのみでは寂しい、と。
 ならと、神は”なにか”らに別々の性別を与えた。自ら作るがよい、と。
 それに数百年を費やした――』
 
「――そうして誕生し、繁栄した私たちは、神より創造されし神聖なる種族、という意を込めて【サクリス人間族】と呼ばれるようになった。……この話を眉唾物だと、そう思うかい?」
 
 一息の休息、とばかりにアルベルトは間を置いた。
 可憐は、へー、と、その話がどう関係するん? が心の内で半々になっていた。
 隣に目を移して映るは、真剣な顔で目をキラッキラしている厨二患者。
 ……こういう話、大好物だもんなぁ。

 アルベルトは、ここからが本題、と、その昔話の続きを語り始める。
  
『ヒトと呼ばれた存在が繁栄した大地、即ち神が”なにか”を産み落とした大地も、創造したのは神である。
 神は、その大地に数々の神木を生やしていた。
 信仰を得やすくするために。干渉しやすくするために。
 それぞれの神木には、異なる特性を得ることの出来る実が生っていた。
 神々は、ヒトの身でそれらの実を喰うことを禁忌と定めていた。
 百年、千年、数万年と年月が経てば信仰心の薄れは免れない。
 遂にヒトの内から、その実に手を出すモノが現れてしまう。
 実を食したヒトは、確かに何かしらの特性をその身に帯びることができた。
 しかし、ヒトならざる存在に変わり果て、忌まわしきモノへと堕とされるという代償を伴って――』

 竜也は確かに、この手の話が大好物である。だがある故に、
 ……なんか覚えのある話だな……。
 聞いたことがあるような、ないような。
 この話にどこか引っかかりを覚え、モヤモヤとする。

「――だから私たち人間族サクリスは、自らとは異なる存在を総じて【イマンダ異種族】と呼んでいるよ」
 
 だから、

人間族サクリスにとって異種族イマンダは、神々に定められた禁忌を犯した――忌まわしき穢れたモノの末裔、という認識なんだ。」
「だから許容しない、と……」
「そういうことだね。――だけど私は、それら呼称について良くは思っていなくてね。
 ……あちらの住人である君たちの前だからこそ、言えるのだけどね」

 ……のわりにはよく使ってる気が……。
 なんて違和感は、

「ここで暮らすことになる以上、覚えておくといいよ」

 覚えられるようにと配慮したのだろう、と竜也は飲み込んだ。

 不快な音も揺れも少ない快適な馬車の旅。
 ……見た目が高級なだけはあるね。
 二人の会話、更には昔話ですら半ば右から左だった可憐は、

「まだかなぁ……」
「白まで、かな?」
「え? ――あ、声に出てた?」
「呟き程度だったけどね。
 ――まだ、だと思う。馬車に乗ったのが端の方だったからね」
「でも、そこまで遠くにあるようには見えなかったけど……」
「ああ、あれはね――」

 そこで竜也のモヤが晴れ、

「旧約聖書『創世記』か!」

 所謂、『アダムとイブ』と言われている話のことだが、

「しかしあれは――」

 いや、と。
 神に創造されし人に似た存在が今の人間へと堕ちたという神話だったはず、と口に出そうとしたがやめる。
 ……あっちの世界の神話など、ここでは違って当然だろう。
 口を指の数本で覆い、
 ……それにしても、最初に実に手を出した奴は蛇にでも唆されたのか?
 竜也は、自然と溢れてくる妄想を膨らませることに没頭する。
 可憐は話を中断されたことに不服か、頬を膨らませるように竜也を見ていた。
 が、気付かない竜也に諦め、

「それで――城が近くに見える理由なんだけど……」
「……それは――」

 アルベルトは、外を見るよう促す。
 正確には、外に浮かぶランタンを。
 いつの間にか自分の世界が終わっていた竜也も、

「あの光が浮かぶは魔法だろう?」
「何度見ても不思議で綺麗だよね」

 可憐はわざわざ竜也の方に寄って同じ方を見る。

「あれは魔法……とはまた別物でね。
 神術と呼ばれているよ。紛れもない技術体系の一つ。
 唯一、魔法に対抗しうる力だ」

 と言っても、

「見ての通り、神術がそういう・・・・事だけに使われているわけではなくてね。
 城のそれも――国の中心が見えると何かと安心だからね。
 他にも――」

 例えば、と腰のポケットから一つのプラスチックのような材質でできた板を取り出した。
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