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第一章 始まりは、いつも唐突に

第四話 異世界

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 ――ゴーン。
 重低音が骨まで鳴り響く。

「ねぇ! 竜也! 竜也ってば!」

 耳元で叫ぶ声。
 おかげで竜也は意識を取り戻す。
 が、竜也にとってその声は心地がいい。
 ――睡魔が襲う。

「ねぇ……起きて」

 可憐は竜也の身体を揺すり始めた。

「……我を虚無よりいざなうは大罪である。
 (訳:ちょ、今起きるから少し待って)」

 寝起きの第一声がこれとはいつもの竜也らしい。

「はぁ、よかったぁ」

 思わず声が漏れる。
 可憐の顔には安堵の表情が滲み出ていた。

「しかし、だ。ここはどこなんだ?」

 竜也は立ち上がり――思考する。
 日はすでに落ちようとしていた。
 この時間帯から竜也の脳は冴えてくる。
 先ほどまで鳴っていた鐘の音は――夕暮れ時を知らせる音だったのか――とうに止んでいる。
 日が完全に沈めば危険は増すだろう。

 周りを見渡す。
 二人が背負っていたバックが近くに落ちている、ということはなかった。
 そして両側には壁。
 向かうことの出来る方向は二つ。
 竜也は決断する。
 
「こんなとこにいても埒が明かんな。……行こうか・・・・

 不安そうに周りをキョロキョロしていた可憐はその言葉を聞いてキョトン顔に――

「え? 
 ………………いやいやいやいや、動いたら危ないでしょ!
 てゆーかどこに? ねぇどこに?」
「(静まれぇぇい!)」

 声は張っているのに声量は落とされている。
 竜也は動揺した可憐を牽制した。

 しかし可憐が動揺するのも無理はない。
 普段の日常では起こりえない事象を体験したから、ではない。
 遭難した場合、むやみに動かず体力温存を、と可憐は耳にしたことがあった。
 それを思い出せる冷静さは持ち合わせていた。
 だからこそ竜也の行くぞ宣言には驚きを隠せない。

「――まずは落ち着き給え、我と契りしものよ。確かに留まるのも一つの選択肢だ。
 しかしこの壁……頭上高くまで存在している。
 ――となるとここがどこかまでは知らんが、想像以上に宏大かもしれん。
 ここで留まる選択をしては誰にも見つけてもらえないし、何も進展はなかろう。
 今は何か一つでも情報がほしいところだ」

 だからさ、と頬を指で軽く掻きながら続ける。

「人がいそうな開けた場所へ行く、てのはどうだろう」

 竜也の意見に納得したのか可憐はコクリとうなずいた。
 竜也の差し伸べた手をつかんで可憐は立ち上がる。

 ――話をしているうちでも時間は止まらない。
 そうこうしているうちに辺りは一面、闇の中。
 
 それにしても明かりが一つも見当たらない。

「あ、スマホ! スマホの機能を使えば――」

 可憐がそれに気づいてスカートのポケットに手を突っ込む――がない。
 スマホどころか何もない、服しか身に着けていないことに気づかされる。
 
「……………………行こか」
「ああ、そうだな」
「……ん!」

 可憐が竜也の方へと手を伸ばす。

「…………どうした?」
「え⁉ いや、その……手をつなぎたいなぁって……」

 ……今のボクの顔見られてないよね⁉

 と、チラッと竜也の顔を見ても表情は見えない。
 明かりが一つもない暗闇で互いの表情が見える程、まだ目が慣れていなかった。 
 が、竜也は――可憐にとっては残念ながら――夜目が利く。
 それはもう利きすぎるほどに。 
 ゆえに竜也には、頬を薄赤色に染めてチラッとこちらを上目遣いする、可憐の表情しぐさをバッチリと捉えていた。

「……あの男らしさはどこへ行ったのやら」

 冗談めいた口調、竜也が自身の動揺を隠すための精一杯の努力の結果だった。
 二人は手をつなぎ歩き出した。

  ♢

 ……どれ程の時が経ったのだろう。
 数十分? 
 数時間? 
 もしかして、まだ数分か? 
 二人に時間の感覚は、既にない。

 歩く。そして歩く。
 前も暗闇、後ろを振り返っても暗闇。
 ちゃんと進んでいるのかさえ、わからない。
 
 ……ゴールはあるの?
 ……ほんとは留まるべきだった?
 ……疲れた。
 ……もう歩きたくなーい。

 嫌なこと、悪いことばかり二人の頭に浮かんでくる。
 見知らぬ土地でこの状況、精神が摩耗する。

「フ、フハハハハハハハ!」

 ついに狂ったか、竜也が突如笑い始めた。
 
「はは、ははは!」

 いや、可憐も笑う、二人で狂う。
 理由はすぐに分かる。
 同時、

「黎明なり!」
「明かりだ!」

 明かりが見える。
 ゴールが見える。
 二人は気力を取り戻し、一心不乱に走り出す。
 一人は軽々と走る。
 一人は重りを揺らす。
 ゴールへたどり着いた二人の様子は対極だった。

「ひゃぁ、もうだめぇ…………」

 可憐は安堵の所為で力が抜けて尻餅。
 見知らぬ所で訳もわからず暗闇を歩き続けたのだ。
 当然と言えば当然だろう。

「っ! やはり……彼方に座する我らを召喚せし者の存在を此処は許容しているっ!
(訳:新たな出会いの予感がする!)」

 対して竜也は妙に元気がある。
 頭のネジが取れてしまったのだろうか――
 ちがう、そうじゃない。

 竜也は生粋の厨二病だ。つまり、
 
「待ち望んでいたぞ……この時が来るのを!
 ぐっ、鎮まれ……我の心臓コア
 (訳:よっしゃー!)」
 
 ――この状況に心躍らせていた。
 
「えぇ、何でそんな元気なのさ?」
「顔を上げてみろ。あれを見たらきっとそう思う」
「……――っ!」

 暗闇の道を抜けた先に広がっていたもの――

 それは明かり。
 それは希望。
 それは実感。

 そしてそれは元の世界、現代社会で生きる者の理解を超える代物だった。
 光を発している街灯の形が理解不能だったのか?
 ――いや、単に古風なランタンの形を取っているに過ぎない。

 驚くべきことに、幾つもあるランタン全てが何処にも取り付けられていなかった。
 気持ち良さそうに空中浮遊している現象を彼らは目の当たりする。
 その理解可能な範疇の外にある現象を得てして彼らはこう呼んだ――魔法、と。

「きれい…………。でもそうだね、わかってたけどやっぱりここは――」
「ああ。やはり見知った場所ではなく……それどころか世界すらも異なるか」
「これからどうするの? やっと辿り着けたわけだけど……」
「………………恰好が気になるとこだが生憎と人は少なそうだ。気にせず歩いてみるか」

 二人は闇の中から顔を出す。
 地を、モノを、人を照らす数々のランタンが頭上で舞う様は幻想的だ。
 地面は石レンガで敷き詰められていた。

「この壁、壁というより何らかの建物だったわけか」

 広々とした道を挟んで反対側にも似たような、石造りや木造の建物が建ち並ぶ。
 
「ククク、我が身は今、宇宙の記憶アカシックレコードへと接続し、万象叡智の根源、原初の理を知る者となり!
(訳:なんか分かったかも!)
 ここは、そうだな…………西洋中世、だ!」
「――いや大雑把だな! まぁけど、言いたいことは分かるよ。
 見て。あれなんかまさしく、だよ」

 自身の後ろを親指で差しつつ言う。
 可憐がいる方とは反対ばかり見ていた竜也は気付いていなかった。
 可憐が指差す遥か遠方、二人の立つ道の終着点、皇城が荘厳に鎮座していることに――
 それはライトアップでもされているかのように一際輝きを放っていた。

「フハハ、ようやく貴様と相まみえたか! 我は待ち兼ねていたぞ!
 ――ぐ、左腕に刻まれし紋章が、疼く……。鎮まれ! まだ、終焉と開闢カタストロフの刻ではない!
(訳:スゲー! 城だ! 早くあっち行こうぜ!)」

 城を見た竜也が子供のように?はしゃぐ、のを見て可憐もはしゃぐ。

「(あぁ、竜也はしゃいじゃってるよぉ、かわいい――じゃなくて!)ゴホン、
 そ、そうだね。そっちが中心ぽいし、いいんじゃない?
 逆の方はなんだか城塞みたいなのが見えちゃってるし」

 などと陽気に話しているから気づかない。

 一人の男が、二人の下へと近づいてくる。
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