逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

文字の大きさ
上 下
63 / 73
後日談

その3

しおりを挟む
 この国の現皇帝が、現皇后以外には即位以来全く手をつけなかったのはすでに有名な話となっている。
 だからきっと、妃嬪たちの純潔は疑われないはずだ。

 郷里に帰っても嫁の行き先はあるだろう。
 この後宮にいるうちに、周りにいる上流出身の妃嬪に感化された田舎の少々無教養だったらしい一部の妃嬪たちも、今では一通り優雅な所作が身につき、着るものや食べるものもある程度質の良いものに馴染んで、そこそこの上流の女性のようになった人が多い。

 その教育役の中心となったのは、先の春のご挨拶の時に妃嬪代表で挨拶を奏上した楊才人だという。
 彼女は、楊太師の遠縁の娘だった。
 周皇太后と周貴妃の後ろ盾となっていた楊太師なのに、さらに他の縁者も後宮に入れるあたりはさすが政治家である。

 そんな楊才人を中心とした上流出身の妃嬪たちが、「後宮の妃嬪は上品で教養高くなければなりません」と言って下級妃の中で文字を教えたり詩歌を紹介したり、歴史を語ったりしていたそうだ。

 素晴らしい献身。たとえそれが将来の自分の派閥を作るためだったとしても。

 しかしその結果、うちの妃嬪たちは、特に田舎から来た文字も読めなかったような人も、勉強し洗練された女性として生まれ変わった。もうどこに出しても恥ずかしくない美人揃いになったのだ。

 ということで。

「バクちゃん、妃嬪たちの夢を解放して?」

 私は皇后宮の奥の私室に一人閉じこもると、筆と紙を片手にそうバクちゃんにお願いしたのだった。

 するとバクちゃんは私の顔をきゅるんと見上げてから、その小さな口から煙を吐く。

 もくもくと上がり人の形を作っていく煙。

 私は学んだ。この獏の力を。
 この獏は、人の記憶や夢や希望を記録する。そしてそれを口から吐く煙で再現することができるのだと。

 バクちゃんから吐き出された煙は今、下級妃の一人の姿をとった。
 私はその下級妃の名前を紙に記す。

 そして煙は語り出した。

 ――ああ、いつまで私はここに捕らわれているの……鵠辰と離れてどうして私は……鵠辰……会いたい……会いたい……一緒になるって約束したのに……ああ帰りたい……。

「ではバクちゃん、次をお願い」
 
 ――ここはいいところ。誰も私を殴らないから。両手をあかぎれにしながら働かなくても美味しいご飯が食べられるなんて、なんて天国なんでしょう。私はこのままひっそりと、ここでお腹いっぱい食べてずっと静かに暮らしたい……。

「では次を」

 ――夢はお嫁さんだったのに。かわいい子供も欲しかった。どうせここにいてもお渡りがあるわけでもない。ここで私はこのまま朽ち果てるのだろうか……。

 そんな煙の妃嬪たちの語るのを聞きながら、私はそれぞれの面談資料を作るのだった。

 ええ、面談するんですよ。李夏さまと私で。本人の希望を聞き、李夏さまと私がそれぞれの資質を考え相談し、誰を後宮から出すかを決めるのだ。

 百人……そんな沢山の人と短時間の面談で腹を割って話せるはずもないから、こうして下調べをするのです。
 
 しかし思っていたよりこの後宮の居心地が良さげな人が多いようで驚いている。まあ、皇帝の態度が一貫していたので、他の妃嬪と争いが起こることは本来よりはとても少なかったはずで、そういうのもあるのかも……。

 衣食住、全てある程度良いものが支給されて警備も万全な場所というのは、この国ではとても貴重な場所とも言える。

 ある意味ここがシェルターになっている人もいるのだろう。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...