逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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獏の見せる夢は

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「彼女は自分を陥れた者を知っている」

 白龍が、真面目な顔で言った。

「うそだ! そんなはずは……!」

 周皇太后が恐怖の顔で叫んだ。目が母さまの姿の妖狐に釘付けだ。

「皇族は神獣を使って神秘の技を駆使することが出来る。それは知っているだろう。これもその一つだ」

「うそだ……うそ……来ないで……違う……」

 しかし妖狐は無表情のまま周皇太后の方にさらにゆっくりと歩いていく。
 その時白龍が言った。

「楊春容の霊には、自分を殺した人間のところに行くように伝えてある」

「うそ! そんなこと……! 私じゃない……私じゃ……!」

 そう言いつつも、周皇太后の目は恐怖で見開いたままだった。

 これはおそらく白龍がカマをかけているのだろうと、思う。
 周皇太后が、母さまの処刑に関係していると白龍は踏んだのだろう。
 私だってその可能性を考えなかったわけではないのだから。

 従姉妹で、母さまの次に寵愛された人。母さまがいなくなってから楊太師を味方につけた人。
 娘を授かり、その娘を皇后にするために、御璽を人質にしてまで皇帝に圧力をかける人。

 母さまがいなくなって、一番得をした人……。

 でも昔の話すぎて、証拠なんて何もない。
 白龍は、それを掘り起こそうとしている……?

「楊春容の罪は……誰が暴いたんでしょうね?」

 淡々と、白龍が独り言のように言う。

「知らない! 私は知らない! 私の女官が勝手に騒いだだけ! 私は知らなかった! だから来ないで!」

 周皇太后がじりじりと母さまの姿から逃げるように後じさった。パニックを起こしかけている雰囲気だ。

 その時。

「春麗、獏をお呼びなさい。そして――」

 いつのまに私のすぐ近くに来ていた李夏さまが、私に小声で言った。

 え? バクちゃん……?

 私は不思議に思いながらも、私の足下にいたバクちゃんを見ると、バクちゃんは私の足に擦り寄りつつも、周皇太后の方をじっと見ていた。

「バクちゃん」と呼びかけると、「きゅっ?」といつものようにつぶらな瞳で私を見上げる。

 よくわからないが、李夏さまは後宮のプロであり皇族である。
 私に李夏さまを疑う理由は全く無かった。

「あの人の夢を解放して?」

 だから私は迷うことなく、李夏さまに言われたとおりの指示を出したのだった。

 するとバクちゃんは、「きゅっ」っと可愛らしく返事をして、そのままとっとっと、と周皇太后のところまで駆けて行った。

「この香の煙は、神獣を見えるようにするものです。そしてこの鈴は、人の心の防御を弱めることが出来ます。神獣を使うときには、あると大変便利なのですよ」

 と李夏さまは、私ににっこりとしながら言ったのだった。

「嫌! なに! 来ないで!」

 周皇太后はバクちゃんにそう叫んだが、周皇太后はもう後ろに下がりすぎて、周貴妃が眠っている寝台にぶつかってしまってそれ以上後ろには下がれなくなっていた。

 そしてとうとうバクちゃんが周皇太后と重なった。すると同時に、バクちゃんの口からもあもあとした煙が出てきたのだった。

 バクちゃん……?

 驚いて見ている内に、その煙は一つの形を作っていく。

 リーン――――

 涼やかな鈴の音が鳴って、そして止まった。


 ――姉さま、あなたが悪いのよ。私より先に寵愛されて、しかも御子まで授かるなんて。誰にもわからなくても私にはわかる。姉さまは主上の御子を授かった……。

 それは、周皇太后の姿にそっくりだった。でも今とは違う、若い顔と声。部屋の空気が震えるように、若い周皇太后の声を響かせていた。

 ――身分も、立場も、主上の寵愛も、全部持って行くなんてひどい。姉さまなんていなくなればいいのに……。

「なにこれは! 嘘よ! 誰がこんなこと……まさか髙麗! お前! 裏切ったな!!」

「皇太后さま! 私は決して! 決してそんなことは!」

 髙麗と呼ばれた周皇太后のそばにいた女官が真っ青になって叫んだ。

 ――髙麗、あの張采女のところに通っている男を捕まえて、姉さまのところに送り込みなさい。そして証言させるの。姉さまの男だって。

「言ってない! ああ、嘘……! 私はそんなこと言ってない! あれは高麗が勝手に!」

 周皇太后は半狂乱だった。
 でも周皇太后が理性をなくせばなくすほど、獏の吐いた煙の姿はますますはっきりしていく。
 もう誰が見てもその語っている姿は、かつての周皇太后だと誰もがわかるくらいになっていた。

「そんな!……私は……私はただ言われたとおりにしただけでございます……!」

 煙の周皇太后が名指ししたのと同じ名前の周皇太后の女官、髙麗がその場でわっと泣き出した。

 ――どうせ張采女は自分の命が惜しくて何も言わない。男もバレたからには好きな女を庇って罪を被る。ああなんて美しい愛の形だろうね……ふふ、なんて都合の良い。

 それでも煙の周皇太后は、恍惚とした表情で語り続けるのだった。
 そのすぐ下では本物の周皇太后が唖然とその煙の自分を見つめていて、そんな周皇太后を、煙の周皇太后の言う「姉さま」の姿をした妖狐が見つめていた。

 ――姉さま、あなたが悪いのよ。私より先に主上の御子を身籠もるのが悪いの。主上の御子を産むのは私だけでいいのに。だから他の御子たちだって、みんな処分してきたというのに。とうとう姉さままでなんて……。
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