逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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楊太師

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「夏南との勉強はどうだ?」
「超スパルタなんですけど」

「あー、まあ夏南だからな……。あいつ女にはちょっと厳しいかもな。だが今のところこの後宮に出入りできて皇族でもある夏南以上に適任はいないんだ。頑張れ」
「……はい」

「で、だ。今度、できるだけ内密に王嵐黎を呼んで欲しい。ちょっと話がある」

 すっと真面目な顔になって言うということは、きっと仕事の話なのかな。そんな時は、この人は皇帝だったと思い出す。そんな、仕事をする人の顔。
 
「父さま? それはいいけど。今はあの道路事業で葉州に行っているはずだから、ちょっと時間がかかるかも」
「構わない。会える日がわかったら知らせてくれ」
「はーい」

 ということは、私も久しぶりに父さまに会えるかしら?
 父さまの道路事業は今のところとても順調にいっているという報告を受けていた。
 後ろ盾が皇帝ということが、私の服の事業の時と同様に父さまの道路事業でも絶大な効果を発揮しているようだ。

 父さまから届く手紙には、順調な仕事でウキウキとした心情が滲み出ていた。

 こうなると李夏さまや歴史上の妃嬪たちの気持ちもわかってしまう。
 特に大きな夢を持っている人には魅力的なのを認めざるを得ない。

 父さまだって、寵妃の娘がいるからだときっと陰口もたたかれているだろう。
 だけれど結果的にはまさにその通りで、そして父さまはこの大きな事業を手がけた結果、ゆくゆくはさらに巨大な利益を手にするだろう。
 白龍の意向で。

  
 でも。

「春麗~~!! 会いたかった~! 元気だったか? そうそう、春麗、出世おめでとう! 凄いじゃないか! さすがパパの娘!!」

 そう言ってぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる父さまは、昔と全然変わらない。
 そして、優駿も。

「姉さま! いえ淑妃さま! お懐かしゅうございます! このたびは、大変おめでとうございます!」

「まあ優駿! なんてしっかりして! それにいつのまにこんなに大きくもなって! 姉さま嬉しいっ!!」

 そして私もかわいい弟をぎゅうぎゅうと抱きしめたのだった。

 可愛い可愛い弟は、綺麗だった母さまそっくりに、そのまま大きくなっていて驚いた。
 体は男の子らしく大きくなったのに、この美しさ、この美貌。なんだか男にしておくのはもったいないぞ……。
 そしてちょっと懐かしい。

 私は母さま生き写しの弟の中に、亡き母を見て少しだけしんみりしたのだった。

「えー、こほん、一応私もいるのだが」

 すぐ近くで白龍が、ちょっと気まずそうに小さく言った。

 ここは皇宮の中の一室。
 白龍の執務室の一つだった。

 父や弟が来るからお前も会いたいだろうと白龍が言ってくれて、はるばる後宮を出て私もやってきたのだ。

 ここに来るまで私は山ほどの宦官に囲まれて、李夏さまの先導で歩かされたのだけれど、それでもこうして外の世界を垣間見るのはちょっと楽しかった。

 ちなみに優駿は白龍、いや皇帝に会うのは初めてなので、白龍のその一言でびくっと姿勢を正していた。
 優駿なんて真面目でいい子なの……! 偉いわ……!

 そしてその後は父さまの道路事業の進捗やこれからの展望などの報告を聞いたのだった。

 なんだか私が思っていたより大規模で、そしてこの国の流通に多大な貢献ができそうな話で私も嬉しかった。
 道路が整備されて馬車がもっと速く走れるようになったら、傷みやすい商品ももっと遠くへ運べるようになる。馬車が一度にたくさん安全に走れるようになったら、たくさんの物が運べるようになって物の値段も下がるかもしれない。

 私は商人の娘として、思わずウキウキしてしまった。

 と、そんな時。

「主上、楊太師、参りました」
 
 そう言って礼の姿勢をとって部屋に入ってきた老人が一人。
 
 私は密かに、ああこの人が今まで白龍が散々愚痴っていた「頭の固いじじい」たちの筆頭、楊太師かと思った。
 うん、本当に頑固そう、かつ気難しそうなお年寄りだ。
 
 あらかじめこの楊太師を呼んでいたらしい白龍が言った。
 
「ああ、楊太師、来たか。今日はこの者たちをお前に紹介しようと思って呼んだのだ。紹介しよう、春麗の義父の王嵐黎とその息子だ」

 すると楊太師という人は、とても不機嫌そうにちらりと横目で父さまと私を見たのだった。
 うん、どれだけ嫌われているのかがその目つきでよくわかるね。

「ああこれはこれは……お噂はかねがね……」

 ちょっと皮肉な感じでそう言いながら次に優駿を見た時、楊太師がそのまま固まる。
 
 ちょっと。
 嫌みを言うなら、最後まできっちり言い切りなさいよ。

 こっちはあなたが私のことを、皇帝を惑わして寵愛を独り占めしている卑しい商人だと散々陰口を言っていることくらい知っているんですからね。
 
 皇宮なんて、みんな血筋と家柄と地位にプライドのある人たちなんだろうから、そりゃあいつの世も私みたいなのには冷たいものだ。知ってる。後宮の女官時代もそうだったから。

 たとえ大金持ちで中身も立派な父さまのことだって、ただの金を持っているだけの庶民だと下に見ているのだろう。まさにそういう口調ではないか。
 なのに。

「?」

 なんで固まったのかはわからない。
 私たち親子は驚きの目で楊太師という人を見守った。
 随分お年みたいだから、まさか卒倒したりしないよね?

 と心配していたら。
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