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呉徳妃の見る世界

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 なにしろ私はただの商人の娘として平々凡々に育ったのだ。もちろん一般的な勉強はしていたし、前世の記憶や経験もあったけれど、さすがにこの国のそこまで細かな歴史や人物、そして皇帝の家系や人間関係や肩書きや役職なんてものまでは知らなかった。
 
「皇帝と皇后が司る行事って、こんなにあるの!?」
「この詩って全部暗唱出来ないとなにか困るか!? 別に言えなくてもよくない!?」
「衣装って好きなもの着ちゃダメなの!? 全部決まってるの!?」
「一日の自由時間ってこれだけ!? ほんとに!? あとは全部お仕事なの!?」

 などなど、驚くことが山ほどある。

 あいつは、こういうの全部こなしているわけ……?

 うちにご飯を食べに来てはヘラヘラしている奴の顔を思い出しては、いちいちそのギャップに驚く私。

 待って、あいつの妻って、ハードすぎじゃないの!?

 こんなことなら前世の間に告ってとっととくっついておくんだったよ……。
 しかしそんな後悔をしても完全に後の祭りである。

 一応表向きは李夏さまがどうして私の淑妃宮に毎日のように通っているのかは伏せられているし、翠蘭や他の女官や宦官たちにも固く口止めはした。

 こんなに大騒ぎして、結局奴の本質が不倫男で口だけだったら、赤っ恥は浮かれていた私たちということになるのだから。
 そんな生き恥は絶対に晒したくはない。

 それにもしも周貴妃のところにバレたら。
 周貴妃のお母さま、周皇太后という方が絶対に怒るだろう。
 御璽はまだあちらの手にあるのだから、そんな人の恨みなんて買いたくはなかった。

 御璽を白龍がどうにかするまで私は動いてはいけない。
 だから私はひたすら張り切る李夏さまのしごきに耐える以外に出来ることは何もないのだ……。
 

 ちなみにそんなまさに今でも表向き寵姫な私に呉徳妃さまは。

「王淑妃さまが上級妃になられて、こうしてお茶にいらしてくださるようになって私、本当に楽しくなりましたの。なにしろ今まではこうして親しくお話しできるお友達がいませんでしたから。こんな風に趣味の本の話が出来るお友達って、憧れでしたのよ~」

 と、無邪気に仲良くしてくれていた。
 どうも呉徳妃さまという人は、恋に恋する乙女のようで、特に政治的な野心もなく、皇帝陛下に対してもあまり異性としての興味がないようだ。
 
 ある時なんか、

「たしかに皇帝陛下も素敵だとは思いますが。でもここだけの話、私、本当は小説のように私だけを見つめ私だけを愛し、その愛故につい理性のたがが外れてしまう、そんな情熱的なでも見かけは線の細い優男な殿方が好きなのですわ……」

 とうっとりと語った。うん、白龍とは正反対だね!
 そしてそんな時はつい私も、

「まあわかりますわ……! 私も、私だけを愛してくれる人がいいのです! たくさんの女を渡り歩くような男なんて、絶対にごめんですわ! 浮気なんて許せません! 浮気した段階でもうその人は主人公を愛するには値しないのですわ!」

 などとポロリと本音を叫び、二人で理想の愛の形について熱く語り合ったのだった。

 ええ、恋愛小説、すっかり私も読むようになりました。
 ミイラ取りがミイラに? いいの幸せなミイラだから。
 そこには現実では実現出来ないような女の理想が詰まっているのだ。辛い現実を忘れて夢を見たい時にはうってつけなのよ。ああ楽しい。

「まあ王淑妃さま、その通りです! 主人公には一途でなければ! ああ次の青楼先生の新作が待ち遠しいですわね……!」

「ええ! 青楼先生の作品はどれも素晴らしいですもの! ですけれど、私、いつも私の本棚の中の、殿堂入りの本も何度も読み返してしまうのですわ……」

「そうそう、わかりますわ! 私、殿堂入りの本がまた増えましたのよ……!」

 まさか後宮でガールズトークをする日が来るとは思わなかったけれど、考えてみたら私も今まで旅ばかりで身近な親しい友人はあまりいなかったので、嬉しいのだった。

 そんな呉徳妃さまがある日ぽつりと、
 
「その点、主上は王淑妃さまをずっと一途にご寵愛されて……」

 と、突然語り始めたので私は身構えた。

「え……? 主上ですか……?」

 もしかして、呉徳妃も白龍が素敵だと思い始めた?
 これはもしかして、そろそろ私も本気であなたから皇帝を奪おうかしら、という話に……?

 とちょっとどきどきしていたら。

「あの、王淑妃さまを見つめる主上の目がいいのですわ……! あの焦がれるような、切ないような熱い視線……! ああたまりませんわ……!」

 と身もだえしたのだった。

「へ? いやいやそれはないでしょう。ちょっと大げさじゃないかしら……?」

 一体それはどんな目!? 切ない……? あいつのどこにそんな感情が!?
 とついつい顔に、いや言葉にも出てしまった。

 が、呉徳妃さまから見る白龍は私とは全くの別人に見えるようで。
 もしかして、白龍のことを美化している?

 ……うん、そうに違いない。これだけ好き勝手に私を振り回しておいて、なのにあいつが切なかったら私の方が切ないわ。

 とはさすがに言えないが。

「まあ! そんなことはございません。主上はずうっと王淑妃さまに焦がれているのですわ。見ていてわかります。ああ私、そんな主上の恋の行方をこんな近くで拝見できるのが嬉しくてなりませんの! 私、ついいつも主上を応援してしまうのです。ええ、私はこの宮で女官たちと噂するたびに、つい心から主上を応援してしまうのですわ……!」


 
「へっくしょっ!」

「あら、風邪? 大変、皇帝が風邪引いたなんてことになったら責任問題になるんじゃないの? 侍医呼んだ方がいい?」
 
「いや……。なんかムズムズしただけだ。大丈夫」

 しかし今日も今日とていつもと変わらぬ顔でやってくる白龍。
 あの衝撃的な話題なんてまるでなかったかのような顔で。
 私なんて、まだちょっと混乱しているというのに。
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