42 / 73
春の宴
しおりを挟む
うっかり母さま一筋の父さまを見て育って、そんな愛の形に憧れてしまったのが悲しいね。
もう、散々悩んで、そして私は疲れてしまった。
1年間仕事に没頭して頑張って誤魔化してはきたけれど、でももう、誤魔化しきれなくなってきたのだ。
だから出て行こうと思ったのに。
白龍を脅してでも逃げようとしていたのに。
なぜ私はまだ後宮にいて、こんなに着飾っているのだろう?
四夫人ともなると、宮廷行事にも出なければならない義務があるそうで。
「これからは王淑妃さまがいらして私、嬉しいです~! 今まで言ったことはありませんでしたが、私、どうも周貴妃さまには無視されていて。というより、見下されてる? って感じで。まああちらは皇女さまでしかも近々立后されるという噂ですからそのプライドがおありなのかもしれないのですが、こういう時はちょっと辛かったのですわ~」
と、前に私に呉徳妃が耳打ちしてきた時には、
「私も呉徳妃さまがご一緒でとても心強いです!」
と答えたのだけれど。
本当に、周貴妃と二人だけ並べられるとか、そんなことにならなくて本当によかったと心から思ったものだ。
呉徳妃さまにはぜひずっと仲良くしていただきたい……!
先に嫁に来ていた生まれも地位も最高の皇女と、庶民出身女官上がりの寵妃。
いやもう、誰がなんと言おうと注目を集めないはずがない。
そんな見世物になんてなりたくなかったのに。
今日は春の祝宴という宮廷行事なのだそうだ。
今は四夫人は三人だけなので、序列の通りに貴妃、淑妃、徳妃と並ぶ。
たとえもう一人いたとしても賢妃は四番目だから、私が周貴妃の隣から離れられることはない。
つまり私が逃げられる道はない。
そして後宮から逃げるのにも失敗してしまったら、とりあえずその場はやり過ごさなければならないのだ。
こういうときは金持ちの父さまがいるおかげで、費用度外視で翠蘭に着飾らされてしまう。
もちろん最低限の費用は経費として後宮から出るのだが、もちろん四夫人ともなると、そんな費用だけで賄えるような格好もしないものらしい。
つまりは、やはり上級妃ともなると太い実家か後援者は必須なのだろう。
有能な翠蘭の手腕でそれはもう美しく飾り立てられる私。こういうときには母さま譲りの容姿が化粧映えしてそれはもう。
まさに今をときめく寵妃さまの出来上がりだ。ああなんてこと……。
そうして精一杯虚勢を張って、しぶしぶ私は宴の席についたのだった。
隣は周貴妃と呉徳妃。
周貴妃は立場上私より上なので、私は常に譲り、会ったときは目礼する。
ほんのちょっと前の冬の季節のご挨拶の時は、九嬪最上位の私ががっつり跪いてご挨拶したばかりなのに。
今回は同じ四夫人ということで、目礼をするのだそうだ。
私がこんなに偉くなってしまって、周貴妃が怒っていないといいのだけれど。
正妻の恨みは怖いから……。
などとすっかり卑屈になってびくびくしてしまう私。
ええだって、庶民は身分に弱いのです。この国に生まれたからには、身分の壁は逆立ちしても越えられないことを骨身に染みて育つのだ。たとえどんなに金を持っていたとしても、身分の前には完全に無力なのである。
周貴妃は今日も、身にまとう優雅な衣装や装飾品の全てに、細かく先代皇帝を示す印が入っていた。
もちろん特注。もし資格のない人が身につけたら、あっという間に首が飛ぶやつ。
だからつまりは、彼女は全身でこう言っているのだ。
「私は皇女である」と。
そんな紋、いや印の横に座る高貴な印なんてどこにもないただ着飾った庶民の私。嗚呼。
そして中央正面には奴、いや白龍が、やはり皇帝の豪華な黄の衣で一段高い場所に据えられた威厳のある椅子に一人でどっかりと座っていた。
私たちはその斜め横から皇帝を見上げる形である。
今は皇后がまだいないので、椅子は皇帝のものただ一つだけだが。
いつか皇后が立后したら、あの横に皇后が座り、そして妃嬪である四夫人は横からそんな二人を眺めるのか。
あああ、そんなの見たくない。
私を四夫人に据えるのだって、白龍の権力と熱意をもってしても一年かかった。
官吏ナンバーツーの父を持つ呉徳妃でさえ、周貴妃に比べたらはるかに格下だから皇后の見込みはほとんどないと言っていた。
ということは、今、皇后としての資格があるのはのはおそらく周貴妃のみ。
このままうっかりここで日々を過ごしていたら、いつかはあの壇上で周貴妃と仲良く並ぶ白龍を、私はここから宴のたびに眺めることになる。
なんて辛い……。
もし私が奴のことを好きでもなんでもなかったら、きっと庶民の出でここまで来た自分を誇りに思い、大いに満足しただろう。
だけど。
壇上から、白龍がこっちを見て嬉しそうににっこりした。
するとその目線を追ってこっちを見る官吏たちが何人もいる。
たくさんの料理や酒を楽しみつつ、要は花見を楽しむ大勢の人々。
次々と舞踏や曲芸が披露されて、一応は特等席でもあるここからもよく見えた。
だけれど全く楽しめる気がしないのはなぜだろうね。
ふと、また白龍が私を見たのかな、と思った時、今まで全く口を開かなかった隣に座る周貴妃が突然、前を向いたまま私に言った。
「王淑妃さま、宴は楽しんでいらっしゃいますか? 今年の桜は特に素晴らしいですね」
それは、私は毎年この宴に出ているのよ、とでも言っているのだろうか。
ん? 喧嘩か? もしや私に喧嘩を売ってる?
もう、散々悩んで、そして私は疲れてしまった。
1年間仕事に没頭して頑張って誤魔化してはきたけれど、でももう、誤魔化しきれなくなってきたのだ。
だから出て行こうと思ったのに。
白龍を脅してでも逃げようとしていたのに。
なぜ私はまだ後宮にいて、こんなに着飾っているのだろう?
四夫人ともなると、宮廷行事にも出なければならない義務があるそうで。
「これからは王淑妃さまがいらして私、嬉しいです~! 今まで言ったことはありませんでしたが、私、どうも周貴妃さまには無視されていて。というより、見下されてる? って感じで。まああちらは皇女さまでしかも近々立后されるという噂ですからそのプライドがおありなのかもしれないのですが、こういう時はちょっと辛かったのですわ~」
と、前に私に呉徳妃が耳打ちしてきた時には、
「私も呉徳妃さまがご一緒でとても心強いです!」
と答えたのだけれど。
本当に、周貴妃と二人だけ並べられるとか、そんなことにならなくて本当によかったと心から思ったものだ。
呉徳妃さまにはぜひずっと仲良くしていただきたい……!
先に嫁に来ていた生まれも地位も最高の皇女と、庶民出身女官上がりの寵妃。
いやもう、誰がなんと言おうと注目を集めないはずがない。
そんな見世物になんてなりたくなかったのに。
今日は春の祝宴という宮廷行事なのだそうだ。
今は四夫人は三人だけなので、序列の通りに貴妃、淑妃、徳妃と並ぶ。
たとえもう一人いたとしても賢妃は四番目だから、私が周貴妃の隣から離れられることはない。
つまり私が逃げられる道はない。
そして後宮から逃げるのにも失敗してしまったら、とりあえずその場はやり過ごさなければならないのだ。
こういうときは金持ちの父さまがいるおかげで、費用度外視で翠蘭に着飾らされてしまう。
もちろん最低限の費用は経費として後宮から出るのだが、もちろん四夫人ともなると、そんな費用だけで賄えるような格好もしないものらしい。
つまりは、やはり上級妃ともなると太い実家か後援者は必須なのだろう。
有能な翠蘭の手腕でそれはもう美しく飾り立てられる私。こういうときには母さま譲りの容姿が化粧映えしてそれはもう。
まさに今をときめく寵妃さまの出来上がりだ。ああなんてこと……。
そうして精一杯虚勢を張って、しぶしぶ私は宴の席についたのだった。
隣は周貴妃と呉徳妃。
周貴妃は立場上私より上なので、私は常に譲り、会ったときは目礼する。
ほんのちょっと前の冬の季節のご挨拶の時は、九嬪最上位の私ががっつり跪いてご挨拶したばかりなのに。
今回は同じ四夫人ということで、目礼をするのだそうだ。
私がこんなに偉くなってしまって、周貴妃が怒っていないといいのだけれど。
正妻の恨みは怖いから……。
などとすっかり卑屈になってびくびくしてしまう私。
ええだって、庶民は身分に弱いのです。この国に生まれたからには、身分の壁は逆立ちしても越えられないことを骨身に染みて育つのだ。たとえどんなに金を持っていたとしても、身分の前には完全に無力なのである。
周貴妃は今日も、身にまとう優雅な衣装や装飾品の全てに、細かく先代皇帝を示す印が入っていた。
もちろん特注。もし資格のない人が身につけたら、あっという間に首が飛ぶやつ。
だからつまりは、彼女は全身でこう言っているのだ。
「私は皇女である」と。
そんな紋、いや印の横に座る高貴な印なんてどこにもないただ着飾った庶民の私。嗚呼。
そして中央正面には奴、いや白龍が、やはり皇帝の豪華な黄の衣で一段高い場所に据えられた威厳のある椅子に一人でどっかりと座っていた。
私たちはその斜め横から皇帝を見上げる形である。
今は皇后がまだいないので、椅子は皇帝のものただ一つだけだが。
いつか皇后が立后したら、あの横に皇后が座り、そして妃嬪である四夫人は横からそんな二人を眺めるのか。
あああ、そんなの見たくない。
私を四夫人に据えるのだって、白龍の権力と熱意をもってしても一年かかった。
官吏ナンバーツーの父を持つ呉徳妃でさえ、周貴妃に比べたらはるかに格下だから皇后の見込みはほとんどないと言っていた。
ということは、今、皇后としての資格があるのはのはおそらく周貴妃のみ。
このままうっかりここで日々を過ごしていたら、いつかはあの壇上で周貴妃と仲良く並ぶ白龍を、私はここから宴のたびに眺めることになる。
なんて辛い……。
もし私が奴のことを好きでもなんでもなかったら、きっと庶民の出でここまで来た自分を誇りに思い、大いに満足しただろう。
だけど。
壇上から、白龍がこっちを見て嬉しそうににっこりした。
するとその目線を追ってこっちを見る官吏たちが何人もいる。
たくさんの料理や酒を楽しみつつ、要は花見を楽しむ大勢の人々。
次々と舞踏や曲芸が披露されて、一応は特等席でもあるここからもよく見えた。
だけれど全く楽しめる気がしないのはなぜだろうね。
ふと、また白龍が私を見たのかな、と思った時、今まで全く口を開かなかった隣に座る周貴妃が突然、前を向いたまま私に言った。
「王淑妃さま、宴は楽しんでいらっしゃいますか? 今年の桜は特に素晴らしいですね」
それは、私は毎年この宴に出ているのよ、とでも言っているのだろうか。
ん? 喧嘩か? もしや私に喧嘩を売ってる?
0
お気に入りに追加
1,772
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定


王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる