逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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春の宴

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 うっかり母さま一筋の父さまを見て育って、そんな愛の形に憧れてしまったのが悲しいね。

 もう、散々悩んで、そして私は疲れてしまった。
 1年間仕事に没頭して頑張って誤魔化してはきたけれど、でももう、誤魔化しきれなくなってきたのだ。

 だから出て行こうと思ったのに。
 白龍を脅してでも逃げようとしていたのに。

 なぜ私はまだ後宮にいて、こんなに着飾っているのだろう?
 


 四夫人ともなると、宮廷行事にも出なければならない義務があるそうで。

「これからは王淑妃さまがいらして私、嬉しいです~! 今まで言ったことはありませんでしたが、私、どうも周貴妃さまには無視されていて。というより、見下されてる? って感じで。まああちらは皇女さまでしかも近々立后されるという噂ですからそのプライドがおありなのかもしれないのですが、こういう時はちょっと辛かったのですわ~」

 と、前に私に呉徳妃が耳打ちしてきた時には、
 
「私も呉徳妃さまがご一緒でとても心強いです!」
 
 と答えたのだけれど。
 本当に、周貴妃と二人だけ並べられるとか、そんなことにならなくて本当によかったと心から思ったものだ。
 呉徳妃さまにはぜひずっと仲良くしていただきたい……!

 先に嫁に来ていた生まれも地位も最高の皇女と、庶民出身女官上がりの寵妃。
 いやもう、誰がなんと言おうと注目を集めないはずがない。

 そんな見世物になんてなりたくなかったのに。
 

 今日は春の祝宴という宮廷行事なのだそうだ。
 今は四夫人は三人だけなので、序列の通りに貴妃、淑妃、徳妃と並ぶ。
 たとえもう一人いたとしても賢妃は四番目だから、私が周貴妃の隣から離れられることはない。

 つまり私が逃げられる道はない。

 そして後宮から逃げるのにも失敗してしまったら、とりあえずその場はやり過ごさなければならないのだ。

 こういうときは金持ちの父さまがいるおかげで、費用度外視で翠蘭に着飾らされてしまう。
 もちろん最低限の費用は経費として後宮から出るのだが、もちろん四夫人ともなると、そんな費用だけで賄えるような格好もしないものらしい。
 つまりは、やはり上級妃ともなると太い実家か後援者は必須なのだろう。

 有能な翠蘭の手腕でそれはもう美しく飾り立てられる私。こういうときには母さま譲りの容姿が化粧映えしてそれはもう。
 まさに今をときめく寵妃さまの出来上がりだ。ああなんてこと……。

 そうして精一杯虚勢を張って、しぶしぶ私は宴の席についたのだった。

 隣は周貴妃と呉徳妃。
 周貴妃は立場上私より上なので、私は常に譲り、会ったときは目礼する。

 ほんのちょっと前の冬の季節のご挨拶の時は、九嬪最上位の私ががっつり跪いてご挨拶したばかりなのに。
 今回は同じ四夫人ということで、目礼をするのだそうだ。

 私がこんなに偉くなってしまって、周貴妃が怒っていないといいのだけれど。
 正妻の恨みは怖いから……。
 などとすっかり卑屈になってびくびくしてしまう私。
 
 ええだって、庶民は身分に弱いのです。この国に生まれたからには、身分の壁は逆立ちしても越えられないことを骨身に染みて育つのだ。たとえどんなに金を持っていたとしても、身分の前には完全に無力なのである。
 
 周貴妃は今日も、身にまとう優雅な衣装や装飾品の全てに、細かく先代皇帝を示す印が入っていた。
 もちろん特注。もし資格のない人が身につけたら、あっという間に首が飛ぶやつ。

 だからつまりは、彼女は全身でこう言っているのだ。

「私は皇女である」と。

 そんな紋、いや印の横に座る高貴な印なんてどこにもないただ着飾った庶民の私。嗚呼。

 そして中央正面には奴、いや白龍が、やはり皇帝の豪華な黄の衣で一段高い場所に据えられた威厳のある椅子に一人でどっかりと座っていた。

 私たちはその斜め横から皇帝を見上げる形である。
 今は皇后がまだいないので、椅子は皇帝のものただ一つだけだが。

 いつか皇后が立后したら、あの横に皇后が座り、そして妃嬪である四夫人は横からそんな二人を眺めるのか。

 あああ、そんなの見たくない。
 
 私を四夫人に据えるのだって、白龍の権力と熱意をもってしても一年かかった。
 官吏ナンバーツーの父を持つ呉徳妃でさえ、周貴妃に比べたらはるかに格下だから皇后の見込みはほとんどないと言っていた。

 ということは、今、皇后としての資格があるのはのはおそらく周貴妃のみ。
 このままうっかりここで日々を過ごしていたら、いつかはあの壇上で周貴妃と仲良く並ぶ白龍を、私はここから宴のたびに眺めることになる。

 なんて辛い……。

 もし私が奴のことを好きでもなんでもなかったら、きっと庶民の出でここまで来た自分を誇りに思い、大いに満足しただろう。
 だけど。

 壇上から、白龍がこっちを見て嬉しそうににっこりした。

 するとその目線を追ってこっちを見る官吏たちが何人もいる。
 
 たくさんの料理や酒を楽しみつつ、要は花見を楽しむ大勢の人々。
 次々と舞踏や曲芸が披露されて、一応は特等席でもあるここからもよく見えた。

 だけれど全く楽しめる気がしないのはなぜだろうね。
 
 ふと、また白龍が私を見たのかな、と思った時、今まで全く口を開かなかった隣に座る周貴妃が突然、前を向いたまま私に言った。

「王淑妃さま、宴は楽しんでいらっしゃいますか? 今年の桜は特に素晴らしいですね」

 それは、私は毎年この宴に出ているのよ、とでも言っているのだろうか。
 ん? 喧嘩か? もしや私に喧嘩を売ってる?
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