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周貴妃
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大変申し訳ありませんが、ここから三回ほどストレスシーン(主人公落ち込み)が続きます。
主人公受難の回なんて読みたくないという方は、その後の「皇帝の神獣1」からお読みください。そこから状況が上向きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかもこれではますます出て行くのが難しくなった気がするぞ。
私は豪華な衣装を着せられて、そばにあった豪華な肘掛けに力なく寄りかかったまま、唖然と魂を飛ばしていた。
怖いわー権力って。
あいつの意向だけでこんなことになるなんて。
もう昔の約束なんて、無しにしてくれていいのに。ただの前世からの腐れ縁の女なんて、そんなに大事にするもの? いくら気安いからって……あいつ、もしや他に愚痴を言えるような相手がいないのか?
人の気も知らないで、振り回してくれちゃって……。
「きゅっ?」
バクちゃんが、茫然と座り込んでいる私の周りを相変わらずふんふんと嗅ぎ回りつつうろついていた。
思えばこのバクちゃんが、私に付き纏い始めたのがそもそもの始まりだった気がする。
前も今も、唯一の私の癒やしのバクちゃん。
いい加減ちゃんとした名前をつけてやれとは白龍にも言われたのだけれど、いい名前も思い浮かばず、なんとなくバクちゃんと呼び続けて定着してしまった感のある今日この頃。
犬をワンちゃんと呼んでいたら、名前がワンちゃんになっちゃったみたいな……。
この一年でバクちゃんは大きくなることはなかったけれど、私にはなぜかどんどん実体化して見えるようになってきていた。
この前ちょっと触れるかな? なんて手を伸ばしたら、いつものようにバクちゃんは自分で私の手に頭をすりつけて自ら撫でられていたのだけれど、なんとその時、バクちゃんの頭の触感があってびっくりした。
本当に実体化してきているのかもしれない。
私にはどんどん本当に小さな小さな獏が周りをウロウロしているように見えてきているのに、周りの人には全く見えないらしいのが不思議なのだった。
あ、白龍は見えているみたいだけれど。
最初は白龍がいるときには姿を見せなかったバクちゃんも最近は少し慣れたのか、たまに顔を見せるようになった。
「きゅっ?」
となぜだか腰がひけつつふんふんとしつこく白龍を嗅ぎ回っていたということは、バクちゃんは白龍のことは認識しているようだ。ただ、
「お前、今度俺の夢を食べに来いよ」
白龍がそう気軽に声をかけても、バクちゃんはじとっと見返してからぷいとそっぽを向いていたので、もしかしたら白龍は悪夢を見ないのかもしれない。
脳天気なやつだ。私はこの一年、ずっと悩んでいたというのに。
周貴妃は、昔に遠くから見たとおりの、やはりとても美しい人だった。美しく、大人しく、上品な人。
後宮には今はまだ皇后がいないので、九嬪以下の妃嬪たちが皇后の代わりに今の後宮の頂点である四夫人の方々に季節のご挨拶をするという行事がある。
あろうことか私は四夫人のすぐ下、九嬪の最上位という立場だったせいで、他の妃たちの代表として周貴妃と呉徳妃に対し跪いて深々と頭を下げ、日頃の感謝を述べるという役割を春夏秋冬勤め上げた。
そこで初めて周貴妃を間近に見た時、私はああやっぱりこの人だったと思い出したのだ。
あの、この世界での一回目の人生で、白龍の唯一の奥さんとして紫の衣を着て白龍とほほえみ合っていた、あの人。
白龍が皇帝でもないただの皇族の一人だったときも、そして皇帝となった今の白龍とも、どちらの時にも奥さんになった人。
それ、私が奴とただ一緒にいて笑い合っていた前世の腐れ縁よりも強力な、運命という縁なのでは。
考えてみれば腐れ縁って、もう腐っているしな。
そんなことを考えて落ち込んだあの日。
あの日から私はいつかはこの後宮を出て、奴の、いや白龍のいない世界で生きていく覚悟をしなければと本気で考えるようになった。
だってやっぱり私は、奴が周貴妃と仲良く並んで立つ姿なんて見たくはないと思ってしまったから。
これが愛のないただの権力争いだったら、どんなに良かっただろうと思う。
この後宮にいてしみじみ感じるのは、「皇后」はやはり別格だということだ。その地位も役割も、そして政治的な立場も。それはまさに皇帝の正妻であり、皇帝の特別。政治的にも揺るぎない重要な地位。
皇后とそれ以外。そんな明らかな線引きが制度やしきたりのあちこちに感じられて。
だからこそとにかく大勢の承認がいるし、その資格も厳しい。皇帝の意向だけでどうこうできるものではなかった。
どれほど皇帝の寵愛があろうとも、それとこれとは全く別なのである。
四夫人だって本当は、こんな政治的な後ろ盾もない庶民出身ではそれこそ跡継ぎでも産まないとなれない地位である。今の私には分不相応と言われても仕方がないくらいのもったいない場所。
だから奴が今でも私を大事に思ってくれているのは十分にわかる。
だけども私はつい、奴の唯一になりたいと願ってしまうから。
私では、その資格がないのならば。
他の人がその唯一になるのを見る前に。
とにかく周貴妃が立后する前に。
主人公受難の回なんて読みたくないという方は、その後の「皇帝の神獣1」からお読みください。そこから状況が上向きます。
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しかもこれではますます出て行くのが難しくなった気がするぞ。
私は豪華な衣装を着せられて、そばにあった豪華な肘掛けに力なく寄りかかったまま、唖然と魂を飛ばしていた。
怖いわー権力って。
あいつの意向だけでこんなことになるなんて。
もう昔の約束なんて、無しにしてくれていいのに。ただの前世からの腐れ縁の女なんて、そんなに大事にするもの? いくら気安いからって……あいつ、もしや他に愚痴を言えるような相手がいないのか?
人の気も知らないで、振り回してくれちゃって……。
「きゅっ?」
バクちゃんが、茫然と座り込んでいる私の周りを相変わらずふんふんと嗅ぎ回りつつうろついていた。
思えばこのバクちゃんが、私に付き纏い始めたのがそもそもの始まりだった気がする。
前も今も、唯一の私の癒やしのバクちゃん。
いい加減ちゃんとした名前をつけてやれとは白龍にも言われたのだけれど、いい名前も思い浮かばず、なんとなくバクちゃんと呼び続けて定着してしまった感のある今日この頃。
犬をワンちゃんと呼んでいたら、名前がワンちゃんになっちゃったみたいな……。
この一年でバクちゃんは大きくなることはなかったけれど、私にはなぜかどんどん実体化して見えるようになってきていた。
この前ちょっと触れるかな? なんて手を伸ばしたら、いつものようにバクちゃんは自分で私の手に頭をすりつけて自ら撫でられていたのだけれど、なんとその時、バクちゃんの頭の触感があってびっくりした。
本当に実体化してきているのかもしれない。
私にはどんどん本当に小さな小さな獏が周りをウロウロしているように見えてきているのに、周りの人には全く見えないらしいのが不思議なのだった。
あ、白龍は見えているみたいだけれど。
最初は白龍がいるときには姿を見せなかったバクちゃんも最近は少し慣れたのか、たまに顔を見せるようになった。
「きゅっ?」
となぜだか腰がひけつつふんふんとしつこく白龍を嗅ぎ回っていたということは、バクちゃんは白龍のことは認識しているようだ。ただ、
「お前、今度俺の夢を食べに来いよ」
白龍がそう気軽に声をかけても、バクちゃんはじとっと見返してからぷいとそっぽを向いていたので、もしかしたら白龍は悪夢を見ないのかもしれない。
脳天気なやつだ。私はこの一年、ずっと悩んでいたというのに。
周貴妃は、昔に遠くから見たとおりの、やはりとても美しい人だった。美しく、大人しく、上品な人。
後宮には今はまだ皇后がいないので、九嬪以下の妃嬪たちが皇后の代わりに今の後宮の頂点である四夫人の方々に季節のご挨拶をするという行事がある。
あろうことか私は四夫人のすぐ下、九嬪の最上位という立場だったせいで、他の妃たちの代表として周貴妃と呉徳妃に対し跪いて深々と頭を下げ、日頃の感謝を述べるという役割を春夏秋冬勤め上げた。
そこで初めて周貴妃を間近に見た時、私はああやっぱりこの人だったと思い出したのだ。
あの、この世界での一回目の人生で、白龍の唯一の奥さんとして紫の衣を着て白龍とほほえみ合っていた、あの人。
白龍が皇帝でもないただの皇族の一人だったときも、そして皇帝となった今の白龍とも、どちらの時にも奥さんになった人。
それ、私が奴とただ一緒にいて笑い合っていた前世の腐れ縁よりも強力な、運命という縁なのでは。
考えてみれば腐れ縁って、もう腐っているしな。
そんなことを考えて落ち込んだあの日。
あの日から私はいつかはこの後宮を出て、奴の、いや白龍のいない世界で生きていく覚悟をしなければと本気で考えるようになった。
だってやっぱり私は、奴が周貴妃と仲良く並んで立つ姿なんて見たくはないと思ってしまったから。
これが愛のないただの権力争いだったら、どんなに良かっただろうと思う。
この後宮にいてしみじみ感じるのは、「皇后」はやはり別格だということだ。その地位も役割も、そして政治的な立場も。それはまさに皇帝の正妻であり、皇帝の特別。政治的にも揺るぎない重要な地位。
皇后とそれ以外。そんな明らかな線引きが制度やしきたりのあちこちに感じられて。
だからこそとにかく大勢の承認がいるし、その資格も厳しい。皇帝の意向だけでどうこうできるものではなかった。
どれほど皇帝の寵愛があろうとも、それとこれとは全く別なのである。
四夫人だって本当は、こんな政治的な後ろ盾もない庶民出身ではそれこそ跡継ぎでも産まないとなれない地位である。今の私には分不相応と言われても仕方がないくらいのもったいない場所。
だから奴が今でも私を大事に思ってくれているのは十分にわかる。
だけども私はつい、奴の唯一になりたいと願ってしまうから。
私では、その資格がないのならば。
他の人がその唯一になるのを見る前に。
とにかく周貴妃が立后する前に。
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