逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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商売の話です

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 父さまはよほど私に後宮に残って欲しいらしい。
 皇帝に私がまだ後宮にいてもいいかと思えるような提案をするということは、きっとそういうことなのだ。
 そして父さまはその間に、道路を手始めとした利権を最大限享受するつもりなのだろう。

 昔習った政治の腐敗の話が頭をよぎった。
 しかしこの男がよく言う愚痴を総合すると、すでに国の政治は先代のころから十分腐っているようなので、父さまが目立って悪いようには見えないところがまた。

「俺が許可したら、お前は何の商売をする?」

「そうねえ。前にやっていたのは布の輸入やその加工なのよね。それなら後宮からでもできるかもしれない。もう伝手があるから。何か後宮で流行らせて、今最新の流行だと宣伝したらそれなりに商売になるかも?」

「よし。じゃあ頑張れ。許可する。場所代はこれくらいでいいか?」

 皇帝らしくない、にやりと嬉しげな顔で示す数字はなかなか大きい数字だった。
 
「えええ!? それはちょっと横暴じゃないの?」

「その代わりに俺の妃という立場を好きなだけ使っていい。何をやっても俺が全力でお前を守る。あまりひどく後宮の中を混乱させないかぎりは何でも自由だ。夏南にももちろん目をつぶらせる。それでこれだけだ。普通の商人では出来ないことだそ?」

 そうにやにや笑う皇帝さまを前にして、私はたしかに権威を笠に着れるのなら、と思い直した。
 考えてみればおいしい話かもしれない。これが上手くいけば、後々の商売の時にもその経験と実績が使えるだろう。ふむ。では。
 
「そうねえ。ではもう一歩、あなたの名前も使っていいならこれくらいにしてもいいわ」

 どうせこの話を断っても、私はしばらく後宮から出られないだろう。少なくとも父さまの事業が軌道に乗るまでは。

 だったら今、苦しい国庫に少しでも貢献しておいて、皇帝に恩を売っておくのもいいような気がしてきた。
 しばらくはあなたのために働いてやるわよ。どうせここにいてもやることはないのだし。

 でもどうせやるなら、出来るだけ豪勢にやりたいよね。目一杯権威を笠に着たいところ。
 が。

「はあ? 俺の名前を使うなら、これくらいはもらわないと」

 我が国の皇帝は、とてもがめつかった。

 なんで皇帝がこんなにけち臭いんだ。前世が庶民だからか?
 皇族として育ったはずなのに、変なところでみみっちいな。

 私はちょっと呆れた目をして、そしてため息をついた後に言った。

「わかった。その代わり、絶対に私を守ってよね」

 その分皇帝の権威、フルに使ってやる。

「もちろんだ。応援する。さすがは俺の嫁! 家計のために共働き頑張ろうな!」

「嫁って言うな! 家計じゃないし! これは取引よ。純粋に商売の話!」

 私がうきうきとどうやって商売をしようか考え始めたその時に、目の前では皇帝がなぜかうきうきと甘い夢を見ているようだった。

 皇帝が共働きしたいとか、おかしいと思うんだけれど。



 前代未聞だとか品がないだとか、やるなら妃嬪の位を剥奪しろとか、奴がよく言う「頭の固いじじいども」からの反対はそれはものすごかったらしい。

 特に奴が前からよく愚痴っていた楊太師という官吏が、それはもう頑固に首を縦に振らなかったとか。

「妃嬪がそのような下賤な商売などに手を染めるなどあってはなりません。皇帝陛下の格を落とすことになるのですぞ。そのような下劣な者が陛下の後宮にいるなど、陛下の輝かしい経歴の汚点にしかなりません!」

 そんな言葉が私のところまで聞こえてきたということは、よっぽど強固に反対したのだろう。
 
 まあ、きっといつの世も年寄りというものは、女は家で静かに大人しくしていろという考えなのだろう。
 女のくせに生意気な。うん、商人時代も散々言われたわね。

 しかし奴がそれを粘り強く説得して、とうとう最後は認めさせたという。
 奴がよほど頑固だったのか、それともそれほど国庫が危機的だったのか。
 
 でも大丈夫なのか? そんなふうに対立しちゃって……。
 と私は少し心配になったのだけれど、その話を教えてくれた翠蘭は、

「主上は王昭儀さまは特別だとおっしゃったそうですわ。さすがのご寵愛でございます。もちろん皇帝陛下がお決めになり、他のものも従ったのですから王昭儀さまがご心配になる必要は全くございません」

 と涼しい顔で、妙に嬉しそうだった。
 なんだろう、女官の世界でも、派閥争いとかあるのだろうか。主人の出世が女官のプライドみたいな。
 ……あるんだろうな。
 

 この翠蘭は本当によく出来た女官で、いつも仕事は完璧。
 こんな洗濯場から下剋上してしまったような私にも意地悪することは全くなく、むしろ誠心誠意仕えてくれる人だった。

 高貴な生まれだったら生まれたときからのおつきの人なんていうのもいるのだろうけれど、残念ながら私にはいない。
 だからそんなほぼ部外者の私に好意的というだけでとてもありがたいのだ。

 そう、たとえ私が皇帝にいつも冷たくしていても、翠蘭は一生懸命私に皇帝を誘惑できるように衣装だの化粧だのをこれでもかと盛るくらいには好意的でありがたい女官なのである。

「……へっくしょん!」

 おっとあまりに薄着だったので、思わずくしゃみが出てしまった。

「まあ王昭儀さま、そんな薄着で風にあたってはいけません。風邪をひいてしまいます。こちらのガウンをどうぞ。あとくしゃみはもう少し小さく可愛らしい感じが主上もお好みかと」

 そう言いながらすかさずガウンを持ってきて着せかけてくれるところがまた気の利く人なのである。これも薄いけど。

 だから、あの主上は昔から私のくしゃみなんて聞き飽きているから大丈夫、とは言えなくて。
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