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皇帝と舅と私
しおりを挟む最初はなんとか皇帝を説得して、さっさと後宮を去るつもりだった。
でも、奴が仕事を絡めてくるなら話は変わる。
私はここを去る前に、目一杯皇帝に貸しを作って、ついでに今後の商売の伝手も作ってから去ろうと考えを改めたのだ。
俄然前向きになった私を見て、奴は複雑そうな顔をしていたけれど、でもね。
私は今世は商人の娘として育ったのよ。そしてどうもそれが性に合っていたみたいなのよねえ。
つい、思ってしまったのだ。
でっかい案件獲ってから帰るぜ!
皇帝になら、何でも売ってやろうじゃないの!
御用達万歳!
そしてもちろん、父さまも巻き込むのだ。信頼できる仲間は多い方がいいのだから。
血のつながりはないはずなのに、私たちはとても似たもの親子だった。
皇帝と直接商売できるなんて、こんな好機は逃せない。
ふふふふふ……。
悪い笑顔をする私たち親子。
そこにほてほてとバクちゃんが歩いてきて、父さまの周りをふんふんと嗅ぎ回り、そして「けっ」という顔をして私の足下に戻ってきた。
……もしや父さまは、悪夢とは全く縁のない人ということか? まあ知っていたけれど。
もしかしてバクちゃんが私を大好きなのは、悪夢持ちだからだろうか。
ちょっと複雑な気分になった。
そんな父さまは、家族以外の人にはちゃんと大商人王嵐黎としての顔を持っている。
皇帝に拝謁した父さまは、そのまま皇帝の執務室で人払いがされたとたんに卑屈な態度を放り投げた。
それをなぜ知っているかというと、私もその場にいたからである。
翠蘭には「妃嬪が皇宮へ行くなんて」と唖然とされたけれど、皇帝の命令ならば誰も逆らえないのだ。
商人王嵐黎は言った。
「このたびは我が娘をお召しいただき大変光栄でございます。愛する我が娘のためならば、何でも皇帝のお役に立つ所存でございます。なんなりとご用命ください」
すると皇帝は言った。
「春麗は素晴らしい女性だからな。大変愛らしい。しかし一つ聞くが、そなたは春麗の本当の父ではないという話を聞いたが本当か」
こいつもちゃんと皇帝としての顔を持っているのだと私はこの時初めて知った。なんて態度が偉そうなんだ。
そして父さまはというと、
「はい。春麗は私の亡き妻の連れ子でございます。しかし私としましては、春麗が一歳の時に私を『パパ』と呼んだその瞬間から、春麗は私の愛する娘なのでございます」
デレッと目尻を下げる父さまの顔が、この緊張の場とは全くそぐわなかった。
私は父さまの言葉が嬉しい気持ちと皇帝にそんなデレデレした顔を見せて大丈夫なのかという心配がない交ぜになって見ていた。
父さまは緊張していないのだろうか?
「なるほど。では春麗の本当の父は誰だ?」
「……私は何も妻から聞いていないのでございます。妻も私に知らせる気はなかったと思います」
「妻の名は」
「王春容と申します。それはそれは美しく優しい女性で情も深く、私のことを心から愛していたのでございますが、残念ながら十二年前に――」
「妻の旧姓は?」
「……楊、でございます」
いつもの妻ののろけ話をあっさりと遮られて、ちょっと悲しそうな父さまだった。
って、いや皇帝相手になにしているんだ。
皇帝だって会ったこともない人とののろけ話を聞く暇はないだろう。と思ったら。
「……ふうん。なるほど春麗の母ということは、春麗のようにさぞかし美しく愛らしい人だったのだろうな」
でれっ。
なぜか突然、皇帝の目尻が下がり。
「そうなのです! それはもう最高に美しくそして愛らしい! ああ美人薄命とは言いますが、きっと神様がその美しさに嫉妬して私から引き離したのでございます。それほど素晴らしい女性なのです! しかし妻はこの春麗を私に残してくれました……!」
でれでれっ。
皇帝以上に父さまの目尻も下がった。
……なに突然変なところでデレ合戦みたいなことをしているのだろう、この人たちは。
確かに母さまは綺麗な人だったけれど。
しかしいきなりそんなノリで意気投合? してしまった二人は、その後妙に楽しそうに商談に入ったのだった。
私は少々呆れながら、もう顔合わせの立ち会いも終わったと判断して、挨拶をしてから自分の宮にすたすたと帰った。
商談の内容は、たとえ娘といえども部外者には聞かれたくないものもあるかもしれないからね。
秘密とはそういうものだ。ここから先は父さまのお仕事の話。必要な情報は後からきっと父さまから伝えられるだろう。
……しかしあの二人、もしかしたら見習うべきなのかも知れない。
二人ともさすがだわ。お互いにあの相手をあっという間に懐柔するとは。
皇帝との商談を済ました父さまは、その後私のいる宮に寄って満足そうな笑顔を見せた。
「春麗、あれはなかなかいい男ではないか。今日だけで大きな案件が何件も専属で受注出来た。それにお前のことも大変お気に入りのようだ。このまま後宮にいて皇帝とのんびり暮らすのもいいかもしれないね」
って、一体何を言い出したのかこの父は……。
でもそんな気持ちになるくらいに良い条件を引き出せたな?
もしや、奴が父さまを味方につけるために条件に色をつけたとか……?
しかしとにかく。
「嫌ですよ。それで寵姫なんて言われて他の妃たちに恨まれるんでしょ? そんなドロドロした世界になんていたくないの。私はある程度商売で繋がったらさっさと逃げるから」
「でも出来るのか? そんなこと。あの皇帝が許すとは思えないが」
「出来なくてもやるのよ。出来る出来るきっと出来る……たぶん」
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