21 / 73
乙女心とからくり扉
しおりを挟む「そうですねえ……でもあの寝室の書架は二重扉をなくしたらもう少し入ると思いますよ。扉を前後二重にしなくても、からくりと鍵の二重で扉を封印できる技術を持った職人なら知っています。ご紹介しましょうか?」
「すぐに呼びなさい」
「あ、秘密を守るために職人を後で殺したりされては困るのですが」
「中身は一時的に場所を移すからそれはしない」
「了解いたしました。ではすぐに手配いたします」
「私は良い部下を持ったな」
そう言って李夏さまはとても満足げに微笑んだのだった。
後日、その職人は部下と部品を持ってはるばるこの後宮までやってきて、素晴らしく機密性の高い収納を李夏さまの寝室の壁一面に作り上げたのだった。
ちなみにその監督をするのはもちろん私である。
たまに様子を見に来る李夏さまは、その仕事ぶりに大変満足げにしていた。
「……しかし李夏さま、宦官なのに薔薇好きとは意外でした」
私はあるとき、二人きりなのを確認したあと、思い切って言ってみた。
だって、そういうのが好きなのだったら、切ってはいけなかったのでは? そう思ったから。
しかし李夏さまの返事はあっさりとしたもので。
「そろそろ春麗も気づいていると思っていたのですけれどね。私の心は、いつも乙女なのですよ。なのに不幸なことに、余計なものをつけたまま生まれてしまったのです。もともといらないものを取り除いたら出世できるというのなら、喜んで捨てるとは思いませんか?」
粛々と書類仕事をこなしながら、そんなことを言ったのだった。
なるほど……。
私の目が節穴だったようだ。
李夏さまはもともと皇族の血筋なのに宦官になったらしいという噂を聞いて、なぜそんなことになったのだろうと思っていたのだけれど、理由がそういうことであればすんなりと理解できるのだった。
要は李夏さまは、一皇族として地味にひっそりと我が身を偽って生きるよりも、本来の自分に近い姿で皇宮で出世することを選んだのだ。
この国の歴史でも、優秀な宦官が出世して巨大な権力を手にした例はいくつもあった。
ましてや「神獣憑き」ならば。
李夏さまがどうしてまだ若いのにこの後宮で他の宦官たちを押さえて悠々と権力を握っているのかの理由がわかった気がした。
しかし、私がこんな後宮使用人最高権力者の秘密を握ってもいいものか、と思わなくもない。
なんでこうなった。
私はただ奴に会いたくないがために、ひっそりと後宮の隅っこにいたかっただけなのに。
とは思うのだけれど、まあ一回くらいだったらそろそろ李夏さまにクビを撤回してもらえそうなネタを手に入れてしまったと考えたら、まあ、ある意味安泰?
そして今日も李夏さまは、
「寝室の書架がまたいっぱいになってしまったら、今度はこの執務室にあの仕組みの扉をつけるべきだろうか」
とか言っていて楽しそうである。
李夏さまのコレクションは、あれからまた一段と増えたようだ。
珠玉の作品以外は一度整理したと言っていたのに、それでもますます増えているようで仕入れ担当としては大変鼻が高いですね。
「執務室にあのシステムを入れたら、いつか誰かが感づいて李夏さまの寝室の扉を開けるかも知れませんがよろしいのですか」
「それはまずい。仕組みと鍵は寝室のものとは変えさせなければ」
「それよりも、もう一つのご自分の部屋の居間の方に書架を作る方が安全かと」
「考えておこう」
そんな軽口をたたけるようになってきた今日この頃である。
呉徳妃にも李夏さまにも喜んでいただけて私はとても嬉しいです。
いつの間にやら私のことを庶民だ下品だと虐めてきていた人たちにはとんと会わないようになって、バクちゃんはいつもつぶらな瞳で私を見上げながら私にまとわりついている。
バクちゃんのおかげなのか奴の夢も見なくなって、最近の私は幸せだった。
お腹いっぱいのご飯と麗しくも有能な上司、そしてそこそこ忙しいお仕事。
このまま平穏にここで何年か過ごしたら、きっと奴のことなんてどうでも良くなるに違いない。
今度こそ新たな恋をして、奴よりももっと幸せな家庭を築くことだってできるかもしれない。
私にだって幸せになる権利はある!
そんな希望に燃えていたある日。
後宮に激震が走った。
「皇帝のお渡り」
その予告がなされたのは、おそらく私が後宮に就職してから初めてのことである。
もう後宮の全ての女官と宦官がバタバタと自分のすべきことに追われた。
たとえそれが夜ではなくても、たとえそれが白昼のお渡りで全く本来の後宮の役割としてはなんの意味がないとしても、それでも後宮に皇帝が来るとなったら、一気に後宮は忙しくなるのだ。
これを契機に今後は夜もお渡りになるかもしれない。
そうなったら、後宮本来の華やかさとその裏での女官や宦官たちの今まではなされなかったいろいろなお仕事が復活するだろう。
そして皇帝の前で粗相があったら首が飛ぶ。物理的に首が体とさようならだ。
私は気を引き締めて、李夏さまに伴って準備に追われたのだった。
3
お気に入りに追加
1,772
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる