逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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春麗、出世する

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 そうだね、奴の夢だから、よほど美味しい悪夢だっただろう。
 そうしてその夢を頻繁に見るからバクちゃんが私のことを気に入っているのかもしれないな、と思ったのだった。
 
 そういえば最近全くあの夢を見ていない。
 なんて素晴らしい。もうできれば一生私のそばであいつの夢を食べていてほしいものだ。
 ついでに奴との思い出も食べてくれていいんだけれど。思い出は食べてくれないのかな。

「では私はこれで……?」

 私はそわそわと、もう帰りたいという空気を出しながらドアを見た。
 帰っていい? 答えたよ?

 しかし。

「いいえ、話は最後まで聞きなさい。だいたいあなたはもともと良いお家のお嬢さんなんですから本来はもっと上級の仕事をしていてもおかしくはないのに、なぜか最下層の仕事ばかりしているのは知っていました。しかもあなたもそれほど不満には思っていない様子」

「まあ、私は仕事なら何でもいいので……」

 むしろその「上級」のお仕事場は、もっと家柄の高級な方々が庶民を虐める場になっているので遠慮します。

「しかし神獣付きの人間をそんな場所に放っておくわけにはいかないのですよ。それに妃嬪にこき使わせるわけにもいかない。ですから私が直々に、丁重にこき使ってあげます」

「丁重とは」

 思わず口に出てしまった。

「あなたは今この時から、私の部屋付きとなります。しばらくの間は私の仕事の手伝いをお願いします」

 にっこり。
 
 私はといえば、驚きすぎて、ぽかんと口をあけてただ李夏さまを見つめ返していた。
 なんだか知らないけれど、どうやら私はこの後宮で大出世をしてしまったらしい。

 ところで「神獣」って、なに?
 大出世に気を取られてそれを聞くのを忘れてしまったことに、あとから気がついた私だった。



 しかしその後はそんな事を聞く暇もないくらいに忙しく、新しい仕事を覚えるのに必死だったので、なんだかんだとそのことはうやむやになり。

 気がついたら私は李夏さまに連れ回され、お使いに出され、書類まで任されて、なんだか今までの肉体労働全振りから突然頭脳労働が入ってきたことにあたふたしていた。

 良かったことは、一部のお局様や高貴な同僚からの意地悪が無くなったこと。
 さすがに李夏さまの秘書のような立場の人間を虐めたら、自分の首の方が飛ぶことをみなさんご存じなのだ。
 
 後宮一番の権力者のお気に入り(に見える人間)はただ遠巻きにするだけ。裏では散々言われているかもしれないが、まあ聞こえなければないも同然。
 きっとあの人とかあの人あたりはあることないこと言っていそうだな、とたまに今までの仕打ちを思い出すだけだ。

 あともう一つ良かったことといえば、食事が良くなったこと。
 
 後宮の使用人でも上の方はこんなに良いモノを食べているのね、と初めて知った私だった。
 まあそりゃあ、下働きとは違うか。そうですね。
 
 管理側の女官や宦官ならば、元々貴族のお家の出という人も多いのだろうし、たたき上げだとしても優秀な人には違いないのだから、替えがきかないのだ。良いものを食べて元気に働けなければね。

 良くなかったことは、なんといってももうあの洗濯場でのだらだらとした無駄話が出来ないこと。
 噂話や人の恋バナなんかを聞くのは楽しかったのに。
 
 なにしろ今では李夏さまとほぼ一対一となり、気軽に軽口がたたけるような同僚もいない。
 寝ても覚めても天女と一緒とは……。

 しかし李夏さまは、上司としてはひどい理不尽もなく、いつも忙しそうにきびきび働いているので部下としてはそれほど不満はない。

「しばらく見てきましたが仕事もちゃんとしてますね。数字も正確だし、字も綺麗な上に書類もミスがほとんどありません。なかなか優秀です。そんなあなたを洗濯場に追いやった無能は一体誰ですか」

 そして部下のこともよく見てくれていた。
 なのでそう上司に問われたら、部下としては正直に答えるべきと思ったので答えておいた。
 
 まあ私は昔から父さまの手伝いをしていたし、自分でも商売をしていたので、そういう仕事には多少慣れているのだ。
 そしてそういうところが、同時に貴族のお嬢様たちには下賤と言われたゆえんでもあるのだけれど。

「きゅっ?」

 そして今日も、バクちゃんは可愛いのだった。

 しかしこのバクちゃんのおかげで出世してしまったということは、このバクちゃんが消えてしまったら、私はまた洗濯場に戻るのだろうか?
 そう思ってあるとき李夏さまに聞いてみたら、

「おそらくこの神獣があなたから離れることはもうないでしょう。過去を見てもあまり前例がありません。それに一度神獣に認められた人間をおろそかにすることは皇帝陛下が許しませんよ」

 と涼しい顔で答えられたのだった。

「神獣がつくというのは、それほど珍しいことなのですか?」
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