逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

文字の大きさ
上 下
15 / 73

獏2

しおりを挟む

 しかし。
 うん、一向にどこかへ行く気配がないね。
 しかもかわいいったら。

 なんだかずっと足下から離れないで、たまに目が合うときゅうきゅう鳴く獏と何日も一緒に過ごすうちに、私はすっかりこの獏に情が移ってしまったのだった。
 ころころして、大人しくてなんてかわいいんでしょう。

 私はとうとう周りに誰もいないときに、思い切ってこの獏に触れてみようとした。
 撫でられるかな?
 そう思って手を伸ばしたら、獏の方から撫でられにきた。
 もうなんて可愛い……!

 だけれど私の手は獏の頭を通り過ぎ……。
 
 うん、触れなかったか。そんな気はしたよ。
 だって今でもちょっと半透明だもんな。
 
 でも当の獏は通り過ぎた私の手を物珍しそうに見てから、頭の位置を撫でられるのにちょうどいい場所に移動させて、そのまま私の手にスリスリするような仕草をしていた。どうもそれで撫でられた気になっているらしい。
 その仕草がなんとも可愛いのだった。

「バクちゃん、あなたはどうして私のところにずっといるの? 私が好きなの?」

 ついそう聞いた私のことを、そのつぶらな瞳でまっすぐに見上げ、そしてまた「きゅっ」っと鳴いたバクちゃんだった。
 なんだか嬉しそうだったけれど、残念ながらなんと答えたのかはわからい。

 だけれどその後も私から離れる気はないらしく、ほとんどの時間を私の足下でずっとうろちょろしているのだった。
 たまにふいっとどこかに行って、そして満足げに帰ってくるのは、もしかしたらどこかの誰かが見ていた悪夢を食べてきたのかもしれない。

 まあ誰にも見えてはいないみたいだし、それに餌やトイレの世話の必要もないならまあいいか。
 そのうち飽きたらまたどこかに行くのだろう。
 私はそう思って、今のバクちゃんとの生活を楽しむことにした。

 たまにちらりと目をやると、バクちゃんの方もそれに気がついて見上げてくれるのがなんとも嬉しい。
 私がにっこりと微笑み、そしてバクちゃんが嬉しげに「きゅっ」と鳴く。そんなやりとりが、まるで心が通い合っているようで幸せだ。

 うん、ペットというのはいいものだね……。
 私は後宮を辞したら、実家に帰ってペットを飼うのもいいかと思ったのだった。


 その後も私は呉徳妃からは無茶な注文をされるようになっていった。
 けれども私はできるだけ関わり合いたくなかったので、最初は「とにかく検品が厳しいのですが、それでもいいならやってみます」などと言って、のらりくらりと逃げていた。

 呉徳妃は高官である自分の父親に頼めばいいと思うのに、なぜか私を呼び出しては後ろ暗いものばかり手に入れようとするのはなぜなのか。
 まあ、後ろ暗いからだね……。

 それでもう最近は私も割り切って、あまり害のないものは融通するようになっていった。
 もちろん李夏さまへの報告は怠らないが。

 呉徳妃としては、まさか後宮のトップが呉徳妃の密かに所望するものを完璧に把握しているとは思っていないのかもしれないが、私もまさか一人でその責任を負うわけにはいかないのだ。

 後宮、それは怖いところ。
 すぐに人が死んだり殺されたりするからな……。

 下手に上級妃に気に入られてしまったようなので、私は最悪の事態を想定して、困った事態になったら父さまにもで無理矢理救出してもらえるような手立てを考えなければならなかった。

 間違っても阿呆な妃と連座で処刑なんていう未来は避けたいのだ。

 そんな考えでひたすら李夏さまにいちいち報告しているのだけれど、最近はなんだか同僚の中には私が李夏さまを誘惑しているように見える人もいるらしくて面倒なことこの上ない。

 徳妃さまから呼び出されたり、憧れの李夏さまとしょっちゅう話をしていたり。
 まあ上昇志向の強い人たちから見たら私は上手くやっているように見えるだろう。

 本当は単なる使いやすい便利な商人としてこき使われているだけなんだけれどね……。

 わかる、わかるよ。
 たしかに父親に頼むという公のルートでは恋愛小説やら百合小説やら薔薇小説やら、それに付随するあんな絵やこんな絵なんて注文できないよね。だいたい上級妃という立場だったら、普通の小説だって軽薄だからといい顔されないだろう。そんな世の中だ。

 ましてや百合や薔薇など。
 そう、この国では少々特殊な恋愛の隠語として「百合」や「薔薇」という言葉で表される分野があるのだった。実は私も内容はよくは知らない。
  
 でもその魅力にはまってしまったら、それはもちろん手に入れたい。好きなものは好き。好きなら手元に置いて愛でたいではないか、そんな気持ちはわからなくもない。
 そしてそんな時に私という便利な存在を見つけてしまったと。
 
 職務上守秘義務はあるし、気軽に呼びつけられて立場上逆らえないのに豪商が後ろについているから様々なものに伝手がある、そんな女官の私。
 うん我ながら便利だった。
 なんだか最近は、あの最初の注文品だった媚薬も皇帝に使うわけではないような気がしてきたぞ。

 呉徳妃、若いのに、いや若いからこその好奇心なのか……?

 しかしあまりそういう方面の専門家という印象がつくのも嫌なので、そういうものと一緒に他にもお高い化粧品やら珍しい布やら装飾品なんていうのもお勧めし、結果なんだかんだと良いお客様になっていただいている今日この頃。

 ええちょっと趣味性の高い小説は、そんな素晴らしいお品のついでにおまけしたものでございますよ。そういうことで。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...