逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

文字の大きさ
上 下
12 / 73

自分の首は大切なため1

しおりを挟む

 でも聞かれたら答えなければならないのが女官という立場。なのでとっさに、

「……私の所作が少々がさつだった故、父に放り込まれました」

 そういうことにしておこう。そうしよう。
 ごめん父さま、悪者にして。
 でも間違っても本当の理由なんて言えないし、金持ちで仕事が欲しいわけではないのにわざわざ後宮で働いている理由が他には私には浮かばなかったのだ。
 
 そういう理由にしておけば、私が今後少々本当に貴族の娘のような優雅さに欠けるようなことをしても許してもらえるかもしれないし。
 
「ふうん……? しかし王嵐黎くらいの男だったら娘を妃嬪にすることくらいできるでしょうに。なぜ妃嬪にはならなかったの?」

「私があまりに不器量でがさつなために、妃嬪は無理だとでも思ったのではないでしょうか」

 そう、私はがさつで不器量な女なのです、そういうことで。
 妃嬪になんてなったら帰れないからごめんです、とは言えません。はい。

「まあ下級妃では妃嬪になっても幸せかどうかはわからないしねえ。一生主上に選んでもらえない人も多いから」
 
 そうですね、そういうことで!

 うっかり妃嬪になんかになったら宮廷の何かの行事かなんかに顔を出す羽目になって、そんなことになったら私が一番避けたい皇族である奴との遭遇があるかもしれないのだから、絶対に妃嬪なんてごめんなのである。
 
 そんな本末転倒なことになんて。
 なりそうだから腐れ縁というのは厄介なのだ。
 この潜伏生活、平穏無事にやり遂げたい……!

「その通りでございます」

 だから早く解放して?

 そう願ったのに、なぜか呉徳妃は解放してくれないのだった。

「それで相談なのだけれど」

「……はい」

 やっぱりわざわざ呼び出した用件はあったのだった。

「王嵐黎は素晴らしい商人で、何でも調達してくれるという話ではないか。だからちょっと怪しげな薬も、頼めば手に入るのかと思ってね?」

 にたり。

 その顔を見た瞬間、私は自分が苦境に陥ったのを感じたのだった。
 なにしろここで断るという選択肢は私にはないのだから。
 でも薬とか。しかもこんな内緒話をするみたいにこっそり欲しがる薬とか!
 
 危険なものに違いない。
 そんなものには首を突っ込みたくはない。
 
 しょうがない。できるだけ誤魔化そう。

「……薬は私は専門外でございまして、特殊なものは残念ながら……。風邪薬くらいでしたら多分ご用意できると思います」

「専門? そんなものがあるの? 顧客の欲しいものは何でも調達するのが商人ではないの?」

 まあそうなんだけれどね、でも限度というものがあるのですよ。
 そんな無邪気に危ないものを所望されても困るのですよ……。

「申し訳ございません。薬は命にかかわりますので、規制や資格等、なにかと難しく」

「そこをなんとか出来ないかしら。あのね、これから言うものを持って来てほしいの」

 だから出来ないって言っているでしょうが、とは言えないこの上下関係である。
 そして特権階級の人は無理を言うのが得意なのだ。知ってた。
 もう全然引き下がる気がないよ。

「できるだけご意向に沿うようにさせていただきます」

 もう商人としてはそう答えるしかない。
 でも私、ただの下っ端女官なんだけどな今……。

 そんなことを思いながら、呉徳妃がうきうきと伝えるものたちを必死で暗記したのだった。
 だってメモは取るなっていうから。
 

 さて。どうするか。
 私も自分の首は大事なので、できるだけ逃げ道は確保しておきたいところ。

 特に出世欲もないし、呉徳妃が将来周貴妃を凌いで権勢を振るう可能性は今のところ半々かそれ以下だろう。
 となると、呉徳妃の味方だと思われて無理難題を頑張ってこなした挙げ句に仲間として一緒に追放とか処刑とか、そんな未来は絶対にごめんである。

 私はただ後宮で、ひっそりと息を潜めて時をやり過ごしたいだけなのよ。
 奴を忘れて新たな恋に前向きになるまでの、ちょっとした人生の猶予期間。
 ただ忙しく頭を空っぽにしてくるくる働ければそれでいい。

 それでもやっぱり上級妃に名指しされての用件は、無視するわけにもいかず。
 一応父さまに手紙を書いて、呉徳妃の欲しいというものを用意してもらうことにした。

 だけれど。
 
 私は手紙を出してから、李夏さまとお話しするチャンスを探すことにした。
 李夏さまはこの後宮の管理をしているお役人、それも一番偉い人。
 しかしおおっぴらには探してはいけない。
 何事かと周りの注目を集めたくはないのだから。

 三日粘って、やっと李夏さまが通りかかるところに居合わせることが出来た。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...