上 下
11 / 73

呼び出し

しおりを挟む

 私は気が済むまでは働いて、飽きたら辞めて帰るけど。
 
 この国の後宮は、お仕事ならば普通に辞めたい時に辞められるのが幸いである。
 まあ一般的な女性の仕事に比べたら衛生面も防犯面もお給料面も、全てが恵まれているので積極的に辞める人は少ないらしいけれど。

 そう、この国の後宮はいろんな意味で女性の憧れの職場なのだ。

 下級妃たちは日々そわそわと、いつの日か皇帝に摘まれる日を期待して自分を磨き、そして私たちは黙々とそんな後宮を維持し続ける。

 しかし皇帝は来ない。
 全然来ない。
 ちらとも来ない。

 前回の人生の記憶では、皇帝はたしか色好みの中年だったと思っていたのだけれど、どうも話によるとおそらくはその色好み皇帝は数年前に崩御して、今は全く違う傍流の人が後を継いでいるらしい。
 そうだっけ?

 まあ最近は私もすっかり地方ばかりを回って商売していたから、あんまり気にしていなかった。
 我が国はここ数十年、政治的にも経済的にも非常に安定している。
 安定といえば聞こえはいいが、要はなにも変わっていないのだ。
 だから私たち商人的には、大幅に商売に関する法令や規制が変わらない限りは誰が皇帝でも良かった。

 皇帝は、妙にやる気を出して法令を増やしたり規制し始めたりするよりも、後宮できゃっきゃうふふと楽しんでいてくれればこちらとしては万々歳なわけで。
 普通の役人だったら交渉とか袖の下とかで、いろいろ干渉できるからね。
 皇帝の強権発動が一番やっかいなのよねえ。

 ということで、商売に無害ならばそれでよし。
 でも後宮に来ないならそれも平和でよし。

 そんな感じでのんびりと、規則正しいお仕事生活だったのだ。

 姿を見せない皇帝のせいで、覇権争いもない代わりに楽しみも大してない穏やかな生活。
 そのせいかどうかは知らないが、今、妃嬪や女官たちの人気を一身に受けているのは、宦官だった。

 特に若くて美しい宦官が大人気で。
 まあわかる。それはわかる。私だって今一番人気の李夏さまを見ると、ついむふふと喜んでしまうくらいだから。
 
 李姓が多すぎるせいで、李夏南の名前の最初の夏をつけて李夏さまと通称では呼ばれているこの方は、なんとこの後宮を統括する内侍省の長である。宦官の中でも一番偉いのだ。
 
 しかしその李夏さまは、まるで天女のような美しさ。
 その中性的な美貌が大抵の妃嬪たちよりも美しいのではと言われている宦官でもあった。

 はああ……美しいものを見ると心が浄化されるわね……。

 男性的な背の高さと女性的な線の細さが美しく調和する芸術品のような容姿。つややかな長い黒髪と薄い目の色がまた宝石のようで。
 
 中身はお堅い役人様なのだけれど、なにしろ見目が麗しいので後宮では李夏さまの通った後にはほのかに女官たちのハートマークとため息が漂っていそうな勢いだった。

 だからそんな日々のささやかな楽しみをご褒美に、ひたすら私は頭を無にして黙々と、そこそこ楽しく働いていたのだ。

 そう、呉徳妃に呼び出されるその日までは。

 
 ええ……なに……?
 一体、何で徳妃さまの目をひいてしまったの……?
 
 徳妃といえば、上級妃の中でも上の四夫人の三番目である。ちなみに今は、その上の周貴妃という四夫人筆頭の皇女との二人体制だ。

 瓶底眼鏡とひっつめ髪で、できるだけ地味なモブであろうと頑張っていたのに、どうして名指しで呼び出された……?

 私は、首を体にくっつけた状態で帰ってこられますようにと真剣に三度神様にお祈りしてから、徳妃さまのいる徳妃宮まで赴いた。

 徳妃宮の煌びやかな部屋の中で縮こまる私と美しく着飾った徳妃様。
 なにこれ場違い感がすさまじい。
 しかし顔を上げろと言われたら、女官たるもの逆らうことは許されないのだった。

 呉徳妃さまという方は、まだ十代という話だったけれどとても美しい顔立ちで、そして徳妃という地位に相応しい優雅で落ち着いた態度の女性に見えた。

 たしか呉徳妃さまのお父さまは皇宮でも大物という話。
 ある意味生粋のお嬢様である。まさに生まれながらに皇帝の妃として期待されて育った人という高貴な雰囲気がだだ漏れていた。

 なんだかいい香りが徳妃さまから漂って来ているような気さえするぞ。

 それはそれは高そうな宝石で飾り立てた美しい出で立ちが、とても似合っていて上品。
 なかなか稀少な石もふんだんに使われているところを見ると、合計では大変な額になるだろうと私はちらりと見て値踏みした。

 しかし上級妃である四夫人の一人ともなれば、それくらいは普段の装いということなのだろうか。今まで金持ちにも沢山会ってきたけれど、その中でもトップクラスの豪華さだった。

「……ほう。この私の装いに驚かないあたり、さすがあの王嵐黎の娘ですね。あれほどの豪商の娘がなぜ後宮で働いているのです?」

 なるほど、私は親の七光りで呼ばれたのか。

 でもなぜ後宮かというと、奴との忌まわしき記憶を克服するためです。
 とは言えない。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...