逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花

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二度目の貧乏を回避します

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 この王嵐黎という人は、前の人生で見ていたときは情に厚く、きちんとした判断をする人だった。
 だからここまで懐いている幼児を、間違っても冷たく突っ返したりはしないだろう。
 それでも母に突っ返そうとするならば、私はもう人生をかけてギャン泣きしてやる。

 そう計算した私である。すっかり世知辛い性格になってしまったようだが、私もよりよい人生を送るために必死なのだ。

 しかし。

 この若き王嵐黎が、即座に想像していた百倍デレデレとしてくれたのは私もちょっと嬉しかった。

「なんて可愛い……そうだよ私がパパだ……!」

 そう言って、砂まみれの幼児を腕に抱いて盛大にデレる王嵐黎。目尻が完全に下がっている。
 私もそれは意外で驚いたものだ。
 私の知っている上司王嵐黎は、そこまで子供好きではなかったから。

 しかしそれならば好都合。私はそれはそれは可愛らしく、幼児として出来る最高の笑顔を繰り出して甘えるようにさらに言った。

「爸ぁ~爸(パパ)~~しゅっきぃ~~!」

 絶対、絶対に離さないぞ!


 それからは、あまりに見事な私の懐きように母も王嵐黎の訪問を断ることが出来なくなった。
 王嵐黎はといえば、すっかり母に惚れ込んでいたらしい上にその娘まで懐いてきたものだから、それはもういそいそとプレゼント片手に毎日のように我が家にやってくるようになった。
 
 そうなると、もともと彼は賢い男である。
 母との会話、私の反応や目線での誘導で見るもの、我が家の家の中の様子、そんな様々なところから正確に情報を取り込んで、あっという間に母の好みの男のタイプを正確に割り出したようだった。
 
 さすが商人である。相手の望むものをいち早く察知して提供する。そんな商売人としての基本をしっかりとおさえて、彼は急速に変わっていった。

 めきめきと筋肉をつけて大きくなっていく王嵐黎。
 そんな彼を日ごとに意識し出す母。
 王嵐黎の持ってくるお菓子やごちそうを食べてぷくぷくと幼児らしく太っていく私。

 それは私にとって、とても幸せな光景だった。

 そしてとうとう王嵐黎の努力は実り、母と彼は結婚した。
 私は晴れて王嵐黎の娘となった。
 
 王嵐黎は誠実に母だけを見つめ母だけを愛し、そして私のことも娘としてとても愛してくれた。
 母も見事に筋肉をつけたちょい悪という、まさに好みの男に変貌した王嵐黎にすっかり惚れ込んで、相変わらず貢ぎ癖は治らなかったがそれは男を引き留めるための貢ぎではないので、結果ただの献身的な妻となった。
 
 そしてそんな妻を得てますます張り切ったらしい王嵐黎は、私が知っている前の人生での彼よりも、もっとずっと早く商売を成功させて大金持ちになったのだった。
 全ては愛する妻のために。

 だからそんな彼が母を病気で亡くした時には、全ての仕事を放り出して、三日三晩部屋に籠もって号泣したものだ。
 その後もずっと母一筋なのだから、娘の私から見てももう見事というほかない。
 
 私はといえばそんな父さまと、この世界ではしれっと他の女と結婚する裏切り者の奴を思い出して比べては悲しくなったりしていたけれど。

 でもまあ、くよくよしていても仕方がない。前向きに生きよう。
 頭ではそう思っていても、他に好きな人も特には出来ず、言い寄ってくる人もだいたいは王嵐黎の財産目当てだったり今ひとつ頼りない感じだったりして、なかなか結婚どころか恋愛する気にもなれないのだった。

 なにしろ富豪で有能で体格も立派な義父が近くにいて、それに勝てるような若い男がどれほどいるというのだろうか。
 そしてもしそんな男が現れたとしても、そんな素晴らしい男が自分を好きになってくれるとはかぎらない。
 
 そんなおとぎ話は現実には存在しない。少なくとも私にはない。あれは夢と理想とロマンの塊であって、現実にはなかなか実現しないからこそのおとぎ話なのだ。
 
 私は人生3周目にして、すっかり悟りを開いていた。

 まあ、無理して結婚しなくてもいいよね。
 なにしろ今世はお金だけはある。仕事も義父の商売を子供の頃から手伝って、今では有能な片腕となっている。ついでに最近は自分でもいろいろ商売を始めていて、それなりに成功もしていた。

 私は自由に生きていける。

 奴は結婚でもなんでもすればいい。
 私は一人で自由に生きるのだ……!



 なのに。
 なのにである。

 まさか今世になってから再会してしまうとは。

 しかもあの態度。

 あれ、絶対に覚えているだろう私のこと。

 ……やっぱり許せん!!


 記憶がないのならしょうがない。
 でも、覚えていたなら話は別だ。

 私のことを覚えていたのに他の女と結婚した男になんて用はない。
 私よりも他の女を選んだ男なんて、もう二度と会いたくない。
 金輪際、ちらとも、一生、関わり合いたくもなかった。

 さようなら! 永遠に!!


 だから、あの再会がなかったら、きっと考えもしなかったであろう後宮でのお仕事の募集に、私は応募してみるのもいいかもしれないと思ったのだった。
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