上 下
50 / 64

研究の成果その二2

しおりを挟む
 

 その貴重な草を大量に使って、非常に高い能力の魔術師たちによる高度な魔術をふんだんに使った、恐らくこの世でも最高に貴重で高価な石がめでたく出来上がったという知らせは、それからしばらくしてからのことだった。

「なにしろ丸薬を作るとき以上の魔力が必要でして。そしてその堅さを調べるために噛んでみるべきとは思っても、苦すぎて誰も噛めるものがいないのです。そして魔力が強すぎて、うっかり欠片を舐めたものがはやり高熱で寝込みました。それでもはや堅さはマルガレーテ様ご自身でお決めいただくしかないという結論になりまして」

 そう言って、珍しく疲労の色を残したイグナーツ先生がマルガレーテの前にルルベ液を固めた石のかけらを並べたのだった。

 今までどんな無茶を頼まれようとも、離宮を訪れる時にはその麗しい天上の美貌に陰りなどなかった人が、とうとう疲れた顔を見せるようになってしまった。

 これはよほど弟子の魔術師たちも苦労したのだろうと察せられた。
 が、出来たからにはその苦労に敬意を表してきちんと試すべきだろう。

 マルガレーテは、その一つ一つを口に入れて慎重にかみ砕いていった。

 王妃様と、そして今日も朝から一緒に居たがってマルガレーテにくっついて回っていたクラウス様が、まるでマルガレーテがゲテモノを食べているような顔で見ていた。

 しかし欠片はとても小さいものだったし、苦みも特に苦痛というほどではないマルガレーテは、うーんと考えたあとに言った。

「この四番目が一番良いようです。五番目になると、ちょっと固すぎてかみ砕くのに時間がかかりそうですので」

「わかりました。それではこの四番目の堅さで今後はお作りいたします」

 そう言ってもらって、にっこりと嬉しそうに五番目の欠片をガリガリと囓っているマルガレーテに、その場の全員がマルガレーテの味覚の心配をしたのをマルガレーテは知らない。

 マルガレーテには、ほろ苦い爽やかな味しかしないのだけれど。
 しかしそれを言っても誰にも信じてはもらえない気がした。

 そうしてルルベ液を固めたルルベ石を全部飲み込んだマルガレーテは、自分の魔力がほぼ完全に回復したのを確信したのだった。

「王妃様、私の魔力が回復したようです。ですので、いつでも王妃様の呪いの解呪ができると思います」

「ほう、すごいな。あの小さな欠片だけでそこまで回復したのか。では早速やってもらおうか。もし魔力が尽きてもこの前持ってきてもらった丸薬やルルベ液がまだあるから大丈夫だろう。早速ここに持ってこさせよう」

 そうして全ての準備が整った後、王妃様に残っていた呪いを解くべくマルガレーテは王妃様の手を握ったのだった。


 今やマルガレーテは、イグナーツ先生の教えを受けて立派な魔術師になっていた。
 一流の魔術師となれる才能と魔力、たゆまぬ努力、そして一流の魔術師である師の教え。
 それら全ての成果で、マルガレーテは今まででは考えたこともないほどの知識と感覚を身につけたのだ。

 かつて王妃様にかけられた呪いは王妃様の体の奥まで染みこんでいて、その名残が底の方に黒いしこりとなって残っていた。

 マルガレーテは改めて今その様子を眺めながら、かつての自分がその意志とは関係なく解呪したときの、解呪の荒さに驚いていた。

 力尽くでなぎ払われたような跡があちこちに残っていたのだ。
 今回マルガレーテはそれらの跡を綺麗に消しながら、その一番奥のしこりまで到達した。
 そしてその黒い禍々しいしこりを、一気に魔力を入れて吹き飛ばす。

 今のマルガレーテの技術と魔力で、王妃様の呪いの痕跡は難なく綺麗に吹き飛ばすことが出来たのだった。

 その状況を横で正しく見つめていたイグナーツ先生が、

「さすがレイテの魔女殿下。素晴らしい魔力と技術です」

 と手放しで褒めたくらいにはマルガレーテは成長した。

「おおお……! 素晴らしい。体の奥から力が湧いてくるようだ。健康とはこんなにも力に満ちた状態だったか」

「ああマルガレーテ! ありがとう母上を救ってくれて」

 クラウス様が嬉しさのあまり、マルガレーテに抱きつこうとして直前で止まった。

 どうも最近クラウス様は、なにかと理由をつけては抱きしめたり肩をだいたりスキンシップをしたがるのにすんでで止める傾向があるなとは薄々思っていた。

 だけれど実はマルガレーテも嫌ではない、というよりはむしろ嬉しいのでそのまま止めなくてもいいのに、とちょっと思っていることはまだ伝えられていない。
 だってさすがに、そのままどうぞ遠慮無く、とは言えなくて。

 クラウス様は、結婚前だからやっぱりどうのこうのとなんかもごもご言うのみ。

 よくわからないが彼が結婚を望んでくれていることが嬉しかったので、マルガレーテはあまりクラウス様の行動にどうこう言うつもりはないのだった。

 ただ、そばにいてくれるだけで嬉しかったから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】 幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。 そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。 クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

処理中です...