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クラウス様と黒魔女4
しおりを挟む「しかしその時にすでに依頼していたなら、その時にはもうその黒魔術師と知り合っていたということですね」
イグナーツ先生が呆れたように言った。
黒魔術師、それは闇の商売である。もちろん禁止されている。だからといって消えるわけでもないところはどの国も同じなのだが、関わっているのがバレたら罪に問われることになる。
「ということはやっぱりゼルマだな。この呪いが解かれた時には真っ先に疑われるようなことをするあたりが特に」
「おそらくこの呪いが破られるとは全く思わなかったのでしょう。まずこれほどの魔術を看破できる魔術師が少ないですし、そして一見犬にしか見えないものに魔術を疑う者もおそらくはほとんどいないでしょうから。それにもし万が一なにかしらの魔術がかかっていると気付いても、それを『解く』ことが出来る人間がこの国には今までいなかったのです」
「その上クラウス様が、ご自分に魔術をかけたのが誰かもわからないようにしていたのですね」
「姿はすっぽりと黒いマントに覆われていて、そして夜だったからな。声は若い女のようだったけれど、他のことは何もわからない」
「そこら辺は用意周到ということか」
結局クラウス様が説明したことをまとめると。
クラウス様はマルガレーテを見て満足したあと、王都に一足早く帰ろうと思って狼の姿で駆けていた。
すると王都に入ろうというときに、なぜかその狼がクラウス様だと知っている黒いマントの女に行く手を阻まれた。
そしてその女は、
「いかがでしたか、殿下。外国人の嫁は」
そう聞いたという。
それに対してのクラウス様の返事は。
「別に不満はないな。腹黒そうでもなくわがままでもなく、素直な性格のようだった」
本当にそのときはそれくらいの認識だったのだろう。
あのときはまだ、マルガレーテとクラウス様は会話したことも近くで見たわけでもなかったのだから。
「しかし一応は魔術師のようではないですか。でもどうせ魔術師を娶るなら、もっと能力があって美しく、あなたの治世を力強く支えられる、そんな優秀な魔術師を娶りたいとは思いませんか。たとえば、私のような」
「…………お前のような?」
「そうです。この国の事情に詳しく、ありとあらゆる魔術を修め、そして若く美しい、そんな妃を娶りたいとは思いませんか? あの外国人の女は魔術を使った記録がありません。ただ魔力があるというだけでは無能と変わらないではありませんか」
その時の女の態度は、マルガレーテを小馬鹿にした、とても自分に自信がある態度だったらしい。
「顔を隠した女に何を言われようとも信じる気にはならないな」
「まあ、それは今、狼の姿で本当の姿を隠しているあなた様も同じではありませんか。大事なのは中身と地位です。今あなた様が私を娶るとおっしゃってくださるのなら、私はあの外国から来た何も知らないお姫様を、未来永劫安全に追い払って差し上げます。ここに、私が作った魔術がありますの」
そうして差し出した手の上には、禍々しいほどの黒い色をした魔術の種があった。
「それは何の魔術だ? 明らかに怪しいな。彼女は隣国の王女だ。その王女を殺してしまったら戦争になるかもしれないんだぞ」
その言葉に希望を見いだしたらしいその魔女は、得意気に言ったそうだ。
「これは、ただの犬になってしまうという魔術ですよ。さるお方から頼まれて、この私が八年超もの間ずっと強化し続けた、大変貴重で強力な魔術です。この魔術を一度かけられたら、もう解くことができるのはこの世に私だけ。でも私を超える魔術師など、この世には存在しないのです」
「誰の依頼でその魔術を作った?」
「まあ、それは言えません。大切なクライアントなのですから。でも実はこの魔術を、クライアントはあなたにかけるようにと言ったの。だから私はここに来た。でももし今あなたが、自分が一生犬のまま人生を送る代わりに私を妃にするとおっしゃってくださるのなら、私、寝返ってもいいと思って。あなたが私を妃にするとおっしゃってくれたら、私は何でも、クライアントのことも教えてあげましょう。あなたは私を使って目障りな敵を葬ればいい。私なら何でもやってあげる」
「そのとき嘘でも承諾しなくて良かったですね。たとえ嘘でも一度承諾しまったら、その言葉を裏切れないような魔術が張り巡らされていたでしょうから。私ならそうします」
イグナーツ先生が言った。
なんてやっかいなんだと思ったのはマルガレーテだけではないと思いたい。
幸いクラウス様はその時、その場を切り抜けるための嘘は言わなかったらしい。
ただ睨みつけるクラウス様に対してその女は、
「そうしたら、いらなくなったこの魔術はあの外国から来たお姫様に使ってもいい。彼女のことは一生犬の姿で王宮で飼ってあげればいいのです。さあ殿下。一生あなたが犬になって生きる人生と、この国一番の魔術師を妻に迎えて無敵の王になる人生、どっちを選びます?」
その時、女の赤い唇がにたあっと笑ったのが印象的だったとクラウス様は語った。
きっとその取引に自信があったのだろう。
でも。
「どちらも選ぶつもりはないな」
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