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イグナーツ先生3
しおりを挟むしかしイグナーツ先生は、あくまで真面目で真剣な様子だった。
「姫、私の容姿が美しいとよく言われるのはどうしてだと思っていましたか? 実は私も魔力の量に比例して美しくなると言われている『レイテの魔女』の血を受け継ぐレイテ由来の魔術師だからなのですよ。私の両親は、レイテから追放された魔女と魔術師でした」
「まあ……それは知りませんでした」
「普段は隠しておりますからね。しかしかつて国を追われたレイテの魔術師たちは、その多くが生き延びるために魔術の国として有名なこのルトリアに逃れました。そんな人たちは仲間同士で助け合い、そしていつしかひっそりと村を築いたのです。私はそんな『レイテの里』で生まれました」
「そんなところがあったのですね」
「そうです。そこはレイテ出身の魔術師と魔女たちの村なのです。そしてその村では、レイテの魔術師同士で結婚し子を育てます。その結果、時折とても魔力の強い子が生まれるのです。私のような」
「ではあなたはレイテの人なのですか」
「国籍はルトリアです。しかし血筋は完全にレイテの人間なのです。だから私は姫のことをこのまま放ってはおけません。私たちの祖国であるレイテの姫君を、このままみすみす弱って死なせるようなことなど、絶対に」
そう言うとイグナーツ先生はマルガレーテの両手を握ってその手に口づけをした。
そして真剣な声で続ける。
「姫、私たちレイテの姫君。私は全力であなたをお救いしたい。ルトリアの王家には死んだことにしてもらって、ぜひ私たちの里へお越しください。里は王都から遠く離れた、レイテとの国境沿いにある森の中に隠された静かな所です。そこでは悪しき魔術の影響もなく、きっと姫も穏やかに長生きできることでしょう」
そう言って熱い目でマルガレーテを見つめるイグナーツ先生。
でもマルガレーテには全く想像していなかった話だったから、ただ驚きで茫然とするしかなかった。そしてかろうじて言えたことは。
「でも私には、役目があるのです。ここで結婚して暮らすという。なので長生きできるかもしれないからという理由だけで、その役目を投げ出すことはできませんわ」
「では自ら死を選ぶというのですか。あなたにとってはここは毒の中にいるようなものです。少しでもお体に良い場所で、幸せになろうとは思われませんか。私たちはレイテの姫を歓迎します」
イグナーツ先生はとても真剣な顔をして言うのだった。
しかし。
「イグナーツ先生、私は覚悟を持ってこの国に来たのです。今さら他の人生を生きるつもりはありません」
お世話になった王妃様や、すっかり懐いているクロ、いやクラウス様を放り出して自分だけ生き延びるなんて。
「そのせいで、たとえもうすぐ死んでしまうとしてもですか」
「たとえ死んでしまうとしても。私はレイテとルトリアの両国の架け橋となるつもりです」
イグナーツ先生が真剣なことは、マルガレーテの両手をぎゅうぎゅうと握りしめて痛いくらいなころからもよくわかった。
だからマルガレーテは正直に答えた。この気持ちに嘘はない。もとよりそう決めて、そのためにはるばるこの国に来たのだから。
「……どうか今日だけでなく、この先も真剣にご検討ください。私たちはいつでも姫を歓迎します。レイテの里にレイテの王族を迎えられる栄誉を私たちにお与えくださったら、私たちは心から姫に感謝することでしょう」
「ありがとうございます。先生のお申し出は覚えておきますね」
「……ワン」
イグナーツ先生が再度マルガレーテの手に口づけをしようとしたその時、クロ、いやクラウス様が二人の間に割って入って一言吠えた。
クラウス様はマルガレーテとイグナーツ先生の間に割り込むように体を差し入れてから、マルガレーテを守るよう仁王立ちになった。
「おやクラウス様、起きていらっしゃったのですか。もしやレイテの言葉がおわかりですか? ではあなたもそうお思いになるでしょう。この方をあなたのそばに置くと言うことは、この方を殺すようなものだと。ああでも、あなた様はまだ犬の意識がほとんどでしたね。だからこのような複雑な事情は、ご理解いただけないのかもしれない」
イグナーツ先生が、いかにも残念だという表情を浮かべながら言った。
「ワン! バウ」
するとクラウス様がとても不満げに吠えた。ウウ……と小さく唸っている。
もしかしたら、イグナーツ先生の言葉を理解して不愉快に思っているのかもしれない。
「姫の婚約者は、今は人ではありません。まさかこの犬のまま結婚することも出来ないでしょう。しかし彼を人に戻すには、あなた様の命をかけなければならない。どのみちあなた様は幸せにはなれない」
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