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踏み躙られてこそ花は香る
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しおりを挟む実際、撮影終了、お仕事終了って訳には、いかない。
取り直しもあるし、追加撮影もあるし、主演ともなれば、当然番宣もある。
フライヤーの撮影もそうだし、限定CMに、ディザート映像とか。
関連仕事言えば、キリは無い。
普通に雑誌やらなにやら、撮影、放映に近づくにつれ、増えていく訳だ。
まあ、有料放送の限定放送なので、そんなに忙しくはないんだけどね。
番組合間の番宣CMも切り貼りくらいで、一言付け加えるくらいだし。
私の場合は特に、化粧制限があるので、あっちもこっちもって訳にはいかない。
その分、美凉華と壮太が、番組の営業に走り回っていたけれど。
私はまとめて撮った、宜しくお願いしますコメントだけで終わっているので、放送一ヶ月前には完全に終わったも同然。
そのまま打ち上げっぽいモノにノーメイクで参加して、1人働いてないと壮太に絡まれ、やっと終わったと泣きつく美凉華にくっつかれ、平和に飲み会が終わった。
って言うか、主演の1人が二十歳前の為、結構健全な感じで終わりました。
心配していたSPHY関連の邪魔と云うか、横槍は全然無かったし、健吾君も清牙も大人しい。
恐ろしい程に。
流石に、私の今後にもあるとは思えない、貴重な主演作品だけに、遠慮してくれた、とか?
それは…無いか…。
清牙、だもんなぁ。
そう、思いつつも、美凉華メインの『1章』第1回放送も、メグさんの店で仲良く静かに見ました。
いや、ウチ、テレビないんだよ。
パソコンで見ても良いのだけど、通信速度がね。
色々不安だった。
ウチ、ボロなんで。
一応ネット完備通信無料とかにはなってるんだけどさぁ。
事務所で見るのは…ちょっと、今はねぇ。
希更と美咲さんにはお家に誘われたんだけど、そこ、駆郎君いるよね?
いや、仕事かもしれないけど、ほら?
また娘さん殺しちゃってる訳で…って云うか、年齢指定で、希更が見れませんし。
そんな濡れ艶ドラマを実の姪お子様と一緒に見ろと?
精神的苦痛がキツ過ぎるわ!
そう、なんですよ。
脚本上では問題なかったのだけれど、実際映像になっちゃって手が加わっちゃって…私のド下手演技を誤魔化す為に、無駄に肌色成分が上がっているので、PG指定が14にまで跳ね上がりました。
全裸はないのに、なぜか。
おっぱいすら、出てないんですけどね?
ブラに布、ちゃんとありますよ?
だが、それが却ってエロい事も、あるよねぇ…。
なので、希更ちゃんアウトです。
まあ、保護者の許可があれば良いんだけど、私は許可出したく無いつーか?
まあ、作曲関連でもう見ているので、足掻いたところで意味はないんだけど、逃げました。
やっぱ、色々手が入ると、違う。
って言うか、先生、素敵。
ダメ出しされてる時は震えるぐらい怖い人なんだけど、結果がこれなら仕方がない。
ここまで仕上げてくれるんなら、役者も泣きますよ。
絞られますよ。
そして次の、私完全主役の『2章』。
放送日、私は派遣仕事してましたが何か?
いや、見るよ?
いつかは。
今は見たくねぇと、逃げた私を許して下さい。
メグさんも誘ってくれたんだけどね。
なんか、もう、現実から逃げたかったんだよ。
正直、自分の下手糞な濡れ場見る、覚悟がちょっと…。
一応先生がOK出して作り上げたんだから、大丈夫な筈、なんだけどさぁ…。
そんな私は今現在、塩野君が付きっ切り。
逃げないよ?
普通に生活しているだけだよ?
スーパーレジ仕事に、送り迎えはいらんよ?
そう言っても、なぜか、塩野君が来る。
歩いて行ける距離なので車はいらない。
それは塩野君も分かっているのか、アパート近くに車を止めてるのか、歩きで送り迎えをしてくれる。
これ、老人散歩の介助になってきてないかと、不安を覚えつつ、お仕事終わって、いつものように塩野君が歩いてくる。
多分間違いなく、スーパーの人達からは、勘違いを受けている。
彼氏に毎日送り迎えまでして貰って…と、生温い視線だったから。
序でに言えば、毎回迎えにくる彼氏、暇なの?
働いてると、言わんばかりにこそこそ…。
皆好きだよね、その手の話。
毎回、仕事とは別に疲れながら、塩野君に合流。
そんな私を見て、塩野君は困ったように頭を下げて、歩き出す。
「どこか、寄っていきますか?」
「ああ、いや、真っ直ぐ帰りたくないかな」
「飲みに行くのなら、いつもの店にしていただけたら」
SPHY御用達はちょっとヤダ。
奴らがいなくても、牙がいる。
牙は多分、私と美凉華が出ているので、『3部作』絶対見てるだろうしな。
なんか見ましたよ的に、生温い視線で応援されたくないの。
今は気分的に。
「なんか、今日、疲れたんで、ご飯作りたくないし、飲みたい気分なんだけど…」
なんだろう?
「湿度高いからかな? 軽く、終わらせたい様な」
自分でも何が言いたいのか分からない。
疲れてるんだよと、汗が流れる首筋が、ヤケに張り付いて気持ち悪いなと、ハンドタオルを取る為に立ち止まったら、塩野君がさっと先に進んだ身体を戻してくる。
別に、ちょっと歩いて行ったくらい、待っててくれれば??
あれ?
なんだろう?
なんか?
塩野君、ピリピリしてる?
そんな、どこか張り詰めたような不安の中、ブーンとバイブ特有の音が響いて、塩野君が慌てたようにスマホを取り出す。
私を窓も入り口も無い建物側に置いての、車道側向けての厳戒態勢。
なんか、絶対オカシイ。
「はい、塩野」
私には清牙達ほどの異様な聴覚はないので、誰かと話しているのは分かっていても、内容までは聞こえない。
話の内容は分からないけれど、塩野君の顔つきが厳しくなっており、あまり良さそうな話じゃないのだけは、確り分かる。
暫く黙って聞いていた塩野君が「分かりました」と答える迄、五分ほど。
それ程長い話ではなかったのだけど、塩野君は全く別人のように怖い顔をしてから、私を見る。
「今から、社長が来ます」
ん?
そう言って、塩野君は私の手を掴んでゆっくり歩きだし、コンビニ駐車場横に迄誘導してから、改めて、低く小さな声で切り出した。
「楓さんの部屋が、不法侵入されました」
え?
「今?」
「はい」
「えっと、3日前位に、安全の為とか言って、玄関先に、ペットの監視カメラ設置するように言われたよね?」
元々ボロいアパートなんだし、その意味あるのかって言いつつ、健吾君が自ら乗り込んで設置されるよりはマシと、言われるがままに置きました。
置いて直後の、え?
「あのぉ、もしかして、そう云う不安があったとか、ですかね?」
「はい」
何で言わない…いや、言われてたね。
役者で、知名度が出て来てるんだから、金もあるんだから、まともな部屋に引っ越せと。
それはもう、何度も何度も。
相当に前から。
でも、今は物珍しさで使ってくれるかもしれないけど、役者で安定してお仕事貰えるかまでは、ちょっとまだ、自信もって言い切れないのもあって、あまり高いところに引っ越すのもって躊躇いも、あってだね…。
「恐らく、スキャンダル出て、それでの…」
いや、スキャンダルって云うか、何も、悪くないよね?
私も壮太も、独身成人越えな訳で…。
「つい最近? 危ない人が…ストーカー的な?」
良くある、一部精神的不安定抱える過激なファンの行き過ぎだの、なんか、それ的な?
「いえ、かなり前から、いましたよ」
え?
「スーパーに必ず客としてくるのとか、部屋周辺でウロウロしているのとか、スタジオで出待ちしてるのとか」
え?
「複数、いるの?」
あのホラー映画後から、極稀に、勝手に写真撮る人とか部屋の前に立っている人がいたけど。
それで警察呼んだことは、確かにあったんだけど…。
それだけじゃなく?
「いますね」
え?
「これまでは、出待ちして楓さんの姿確認しているくらいなので、危険性はないと、判断されていたんですが」
え?
「どうも、記事出たあたりから、豹変したのが増えて来て」
え?
増える?
「1人2人じゃなく?」
「います。皆が皆、ずっと張り付いてる訳ではありませんし、プロを雇っているのは、こっちで退かせました。けど、残っている者の中で、最近様子がおかしいのがいまして」
「ごめん。それって、私の話、なんだよね? 清牙ファンからの逆恨みとか、壮太ファンからの逆恨みとかではなく?」
「それとは別、です」
そっちもいるの?
え?
「ごめん。良く、分かりたくないんだけど、私にストーカーがいて、ほっといても大丈夫なのと、ちょっと危ないのがいて、今、危ないのが部屋に入ってたの?」
「はい。申し訳ありません」
いや、入った奴が悪いのであって、塩野君全く悪くないけど?
「監視が甘く、侵入に気付くのが遅れまして」
え?
「結構経ってる? いや、あんな狭い部屋侵入して、何すんの?」
そもそもが、世間一般的な、金目のものがほぼほぼないんだが?
「色々、ありまして」
色々ってナニ?
いや、その前に。
「それ、普通に警察だよね?」
「そうですね」
「今日、お家に帰れるの?」
「立ち合いが必要なので、物を持ち出すことは出来ますよ」
優しい声で、だけどそこで区切り、はっきりと言われる「物は」って。
つまり、私は、そこに滞在は不可能ってことだよね?
今日の寝床は?
各種、ストップ連絡もしなきゃ、だよね?
「社長も来ますし自分もいます。既に浅見は向かっています。楓さんは、見ない方が良いと思います」
え?
そんな、凄い事になって…?
「塩野君は今、どうなってるか知ってるの?」
「まあ、ざっと話を聞きましたので」
それは、立ち合いも避けた方が良い程の…。
ちょっと、自分に起きている事が、理解出来ない。
「このまま家に、戻って、外で警察呼ぶの? 今、呼んだ方が良い? それとも、健吾君待った方が良いの?」
「浅見がもう、部屋に到着している頃です。警察には連絡してあり、社長はこちらに来て、楓さんを拾って、部屋に向かう形になります」
うん。
私はとりあえず、健吾君が来るのを待って合流してから、警察の人と話せばイイのか?
そこでまた、塩野君の携帯が震える。
「はい塩野」
そこで人の声が聞こえ、塩野君のこめかみがピクリと…怖い。
塩野君、怒ってる。
優しく穏やかで、大抵の我が儘は聞いてくれるし、時々謎の言葉を残すお茶目な人が、分かり易く怒ってる。
そのまま、無言のまま通話を終わらせた塩野君は、大きく深呼吸してから、私を見る。
私を見る目は、いつも通りどころか、心配してるらしく、それ以上に優しいくらいなんだけど…。
「社長を待ちましょう」
いや、まあ、塩野君の言う通りにするのが正しいんだよね?
それしかないよねと混乱していたら、バンが止まる。
そして徐に扉が開き、中から見覚えのある派手な芸能人が出て来て、私の腰を掴んで車の中に引き上げた。
その後を詰めるように塩野君も乗り込み、車が動く。
運転しているのが健吾君で、私の身体を抱き上げているのが清牙。
そして、人半分程空けて、横に塩野君。
「塩野。帰りスーパーには?」
「今日は外に1人です。自分を見て、すぐに帰りました」
え?
店の外に迄いたの?
「日中は?」
「いつものが2人、店内に来てました」
え?
店の客の中に、2人もいたの!?
外に1人って、ナニ?
「っていうか、日中の客ってナニ!? 塩野君ずっとスーパー見てたの!?」
「記事が出て、妙な動きをしているのが増えてきたので、念の為見張らせてました」
え?
私が働いている間、ずっと?
「この糞暑い中?」
「いや、車から見てたんで」
いや、そんな問題じゃ無くね?
「塩野君、ご飯食べた? トイレ行けてる? まさか車の中に簡易トイレとか」
「楓さん。食いつく所が大きく間違っています」
え?
あれ?
それからすぐに車は止まる。
そら、歩いて行ける勤務先だ。
車ならすぐ。
だがしかし、赤い派手なネオンを放つ白黒車が、今は沈黙したまま止まっている光景は、結構なアレである。
見慣れない。
何より物々しい。
近づくな光景圧が半端ない。
「塩野」
「はい」
そのまま塩野君だけ出ていき、車の中がやけに静かに。
普通に、清牙の膝に抱かれてるんですけど?
私、降りて座っちゃダメなのかな?
そもそも、私が出て行って色々確認しなきゃいけないと思うんだよね。
って云うか、清牙、この間、相当静かに怒ったまま歩いて行って、久々に今日で、何と言えば良いのか?
って云うか‥‥。
「私なんかストーキングして、何が面白いんだろう?」
「面白い面白くないで、ストーキングはしないので」
そう云うもん?
そんな混乱の中、塩野君ではなく浅見さんが、警官を連れてやってきた。
「楓さんの話を聞きたいと言ってるんですが…」
心配そうな、浅見さんに、警官のお兄さんも申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ないんですが」
「現場を、見せないで話して下さい」
え?
健吾君の硬い言葉に、警察官のお兄さんも困ったように私を見て、溜息を吐く。
「気持ちは分かりますが」
「問題はありません。彼女の私物は、こちらでリスト提出できます」
え?
何で、健吾君が私の私物一覧をリストに出来るほど詳しいのか?
「ですが、その、女性の…」
「彼女の下着の枚数デザインなら、本人より詳しいです」
ド変態が、ここにいる。
いや、それが一般論なら、ドン引き内容ではあるんですがね。
そうでは無い。
別に、健吾君が私のストーカーって事では、決して、無いです。
困った警察官のお兄さんの疑うのか、反応に困ってるのかの生温い視線には、私も口を開かねばならない。
健吾君は多分、変態ではない筈。
性癖までは詳しくはないので、断言は出来ないけど。
「私の現在所有する下着は、ウチの事務所のスタイリストさんが用意してくれたものなので、間違いなく、私より、事務所の人の方が詳しいです」
引越し前の奴はね、サイズが大きく違うとメグさんに怒られて処分しました。
って言うか、経過年数って、あるんだよ。
耗摩とか歪みとか、あるんだよ。
年越して使うなとか言われても、貧乏だったんだよ!!
「ブラキャミも怒られて、3枚しか残ってないし、パンツも3枚? いや、生理用の4枚に、ガードルが」
「それは、後で写真付きリスト出して提出するんで」
健吾君の方が、私の持ち服を理解している現実。
写真まで用意してるとか、用意周到過ぎない?
やっぱ変態?
いや、健吾君、私には興味一切無いしな…。
正確には、私の服一覧を見せろと言ってきたメグさんに、面倒がっていたら、清牙と一緒に押し込むと言われ、諦めてゴミ袋に詰め運んで、事務所で御開帳した経緯迄あるので。
その時の判別把握で色々記録されただけ、とは、分かっております。
それを、健吾君も報告がてら見て、どこぞに直しこんでいて、記憶の片隅にあったのだと…。
「貴重品は問題ないと、聞いているんですが?」
警察官のお兄さんの声が、どこか不安げ。
「貴重品は事務所にあるので」
「はあ」
そんな不安そうな声出さないで。
私も、おかしいとは思ってる。
だけど、どうしようもなかった。
反論しようも、無かったのだ。
「あんな部屋に住んでいるので、何かあったら危ないとお説教され、呆れた社長に、私専用の金庫を事務所に取り付けられまして。狭いボロアパートでは服置く場所もないので、撮影とかお出掛けとかの、元手掛かってる特別用は、事務所にあります。うちに貴重品は…!!」
大事なものが!!
「ElseedのCDが!! 折角集め直した…っっっっ!!」
腹締まってる!
「それは、手配して集めますから」
え?
思わず健吾君の斜め後姿を見るが、こっちに視線がこない。
思わず、助けを求めるように警察官のお兄さんを見れば、困ったように目を逸らされた。
「CD、DVD、Blu-rayらしきものは、全て粉々に、されておりまして」
「うそぉぉぉ!!」
「ですから、それはちゃんと」
「嘘だぁ」
ちょっとづつ、また…。
「糞親父に勝手に売っ払われたのを、少しづつ、買い直してきたのにっっ!!」
「そこで泣かないで下さい。楓さん、周りが反応に困るんで」
浅見さんの突込みがまた酷い雑だし。
だって、私の大事な財産が。
「すみません。あまりの事に、彼女も混乱しているので」
「はあ、まあ、そうですよね」
うううぅっ。
「いい加減にしろよ、馬鹿女」
それはもう、低い清牙の声に、身体が震える。
流れそうになっていた涙も止まる。
清牙恐い。
「って言うか、下ろして…っっっ!!」
物理で締めるな!!
「我々には分からない、ご本人しか分からない、希少なものもあると思うのですが」
ELseedのCD以外で貴重なものは、事務所の金庫の中だし。
他に、私だけの貴重なモノなんて無いよね?
あ、でも…。
「台本とかは、世では希少価値あったりする?」
「まあ、物によるでしょうが、諦めて下さい」
え?
「それらしきものは、見当たりませんでした」
浅見さんの哀しそうな言葉に、何をどう言えば良いのか。
普通なら、ほら、思い出とか記録とかで貴重、なんだろうけどね。
私の場合、メモ用紙一枚とか、コピー用紙数枚とか、その場限りで、只呼ばれた端役なので、ちゃんと本として貰う事の方が、珍しい。
ましてや、皆様と和気藹々とかとは程遠いので、普通に読み込んでよれた紙束でしかない。
仲の良い人達同士でサインし合ったりとか、貴重な書き込みとかも、無いしな。
その時々で指示代わったりなんたりして、書き込んで又書き直すの面倒臭いので、付箋張って、指示変わったり、終わったら、剥がして捨ててたくらいだ。
有難みも希少性もない、只の拠れた台本、紙束でしかない。
それも、気を遣ってゲスト扱いしてくれた時の数冊くらいで、価値、あるのか?
私としても、折角貰った物を燃えるゴミで出すべきか、廃品回収で出すべきか?
それ見られたら、どこかの誰かに突っ込まれて面倒臭い事にならないかで悩んだ挙句、先送りにしていただけなのだ。
最悪、事務所で処分して貰おうとしてそのまま…とも、言う。
「『三部作』の台本も、なくて」
浅見さんの泣きそうな顔に、ああぁぁと思った。
「それ、今、希更の所にあるよ」
駆郎君と2人、先生から渡した本が1組3冊+α。
2人で作曲するのには、本が2組あった方がやり易いだろうと、渡してそのままだ。
でもまぁ、分けるのも面倒なので、貰ったもの、新旧ごっちゃ交ぜのまま全部押し付けた記憶がある。
何がどう、作用するか分からなかったので全部押し付けた、とも言うが。
「ああ、そうなんですね」
「まあ、なくても困らんけど」
言えば、先生がもう一組くらいくれそうな気がしないでもないけど。
そこまでしなくても、ねぇ。
美凉華のとこにもあるんだし。
って云うか、結局、希更のトコにあるので無事だった訳で。
「ああ、そう、なんですねぇ…」
なぜか、浅見さんが同じ事二回言って項垂れる。
「楓さん。『三部作』は出演者が少ない上に、途中差し替えも多かったので、第一稿、希少価値、相当に高いんですよ」
え?
「だって、出てるの、私と壮太だよ?」
ミーの若者人気迄は知らんけど。
「あなた、『1章』の視聴率知らない…知らないですよね。自分で調べる訳、無いですもんね。私も、教えるの忘れていましたし」
いや、それは、美凉華のファンじゃね?
その後は、ねぇ?
まあ、先生の名前で見る人はいるかも、だけどさぁ。
舞台じゃない壮太に私。
本当に元が取れているのか、不安になってきた。
まあ、出来上がって放送迄始まってしまっているので、今更どうしようもないんだけど。
「この人に聞いても、実りある話は出来ないと思います。今は、ショックで混乱しているので」
まあ、ショックだけど、混乱は収まったかな。
ELseedのCDだけは、許せんが。
「一応、こちらが把握しているストーカーリストもお渡ししますので」
リストになるほどいたの?
「はあ、まあ、その。なんで、このような所に、女性が? それも、芸能界におられるような、方が?」
警察官のお兄さんが、実に、聞き難そうに、だけどきっぱり仰られる質問内容。
私も深い理由もないので、答えに困らない。
「貧乏だったので」
「違います。引越しを面倒がって、安全面を幾ら言っても、聞いていただけなかったんです。ウチは、ちゃんと相応の、給料を払っています。随分前から、もっとまともな部屋を用意すると言っているのに、手続きが面倒だと言い張って、動かなかったのは貴方です」
いやぁん。
健吾君、怒ってる?
まあ、その通りですね。
「最初が貧乏で、そのままの流れです」
最近は、かなり余裕があるので、お酒が、目につくもの買えて、ウハウハだった。
美味しい酒は、やっぱ、高いんだよ。
材料とか技術とか年月で。
「そんなに酷いって、ちょっと見てくるわ」
そして、清牙の好奇心を刺激した模様。
「いや、アンタは関係ない」
「浅見邪魔」
そして私は、車の奥に押し込まれ、派手な兄ちゃんは歩いて行ってしまった。
実に楽しそうに。
「もう、マスコミ来てますが、良いんですか?」
警察官に迄、引きつった笑いで言動を心配される特殊業種様。
まあ、清牙だし。
健吾君も笑顔。
当然、浅見さんも笑顔です。
それを受けて、警察官の人は苦笑いから、切り替えて来た。
「では、いつ頃から、不穏な動きがあったか、など…」
「全く、彼女は気付いてなかったので、彼女に付いていた者の記録も提出しますね」
いや、だって、自分にストーカー?
分からない。
そんな、人の気配だの視線だの、なんで、皆分かるの?
仕事の時ならともかく、普通にふやけた生活では分かんないってば。
眠い言って歩きながら、普段とは違う視線感じられるのは、物語の主人公だけである。
よっぽどの事が無いと、非日常だなんて考えもしない。
通勤なんて、ルーティンで何も考えず、ぼーっと決まったルート歩いてるだけだって。
特に、そのよっぽどの事が無いように守られてる前提の私に、何を云うのか?
護衛いるのに、なんか気にして歩くとでも?
目的地に到着することしか考えておりませんが?
「些細な事でも、何か、気付いたことなどはありませんか?」
「無いです」
即答出来ます。
そんな不審なのがいたとか、感じた事、欠片も感じた事はありません。
普通にタラタラ、生きていただけです。
毎日が大騒ぎ…違った、大変でした。
ここ一ヶ月ほどは、非常に平和でした。
清牙とも接触無かったし。
「ああ、まあ、そうなんですね」
警察官のお兄さんの目が、完全に泳いでいる。
まあ、私でも分かる。
普通、不法侵入なんて大胆手口に行く前に、細かな何やらかの不審なナニカがあるのが普通で、その細かな不穏を感じ、被害者は怯えるモノ、なのだ。
そしてはっきりと気付き、対外的に見せつけられ、更に怯える。
怯えて警戒していても、頭のおかしな人間のやることを、普通の人間は思い付きもしないので、どうしてそんな事を的な、突発的な不幸な大事件へと発展する。
それが全く無いとか、鈍感通り越して、ちょっとおかしんじゃね?
そう思われても仕方あるまい。
自分でも思う。
私の危機管理能力、どこで迷子になっているのか、と。
そんな微妙な空気の中、勢い良く戻ってきた清牙の目が、分かり易く、輝いていた。
実に楽しそう。
私、被害者、なんですが?
被害者目の前に、面白がるなよ。
まあ、気持ちは分かるが。
「すげぇ、ボロ。俺が昔、母ちゃんと住んでた時より酷い。こんなの、まだ残ってんだな」
そうか、悪かったな。
「んで、中、刃物でズタズタな上に、スプレー缶でアバズレだのおっぱいなんだって、笑う程、お約束だった」
マジか?
「ごめん。私も見たいかも」
「楓さん。貴方に、起きた事なんですよ?」
そこで、健吾君が頭痛そうに眉間を抑えるのは何なのか。
私の横で、態勢変えて、進路塞ぐように微笑んでいる、浅見さんは何なのか?
「申し訳ありません。彼女も混乱しているので、取り敢えず、警察署に移動しませんか? 提出資料は、今担当の者が揃えております。明日、必ず提出させていただきますので」
えぇぇ?
私、現場見れないの?
私の部屋なのに?
そんな言葉は、健吾君の一言で飲み込むしかない。
「記者会見させましょうか?」
「いいえ。大人しく、警察の皆様に御協力させていただきます」
そんな面倒なのヤダ。
私のこのままのノリでやれば、お前馬鹿なのかと、返されるのは分かり切っている。
だからって、涙ながらに怯えながらとかの嘘っぱちも、やりたくはない。
正直面倒。
「では、あちらの方に実況検分に立ち会っていただき、他の方は署に誘導しますね」
その疲れた警察官の言葉に、肩を震わせる浅見さんが、車に乗り込んでくる。
「浅見さん。普通に、笑ってもいいよ」
「い、え」
まあ、普通は笑える状況じゃないもんね。
強盗…目的では無いっぽい、不法侵入、室内損壊、だからね。
なぜ、今起きる?
そんな、果てしなく迷惑な夕べは、まだまだ終わりそうにないのであった。
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