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怠惰な年始
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しおりを挟む正月三箇日中。
公共機関は普通に動いており、仕事関連がないのだから、当然、そこまでの渋滞が、街中で起こる筈もない。
なのに、なぜ、映画館に行くのに1時間以上かかったのか?
そんなの、予約取れた映画館が遠かったからに、他ならない。
それも、阿保清牙は、カップル席を3つ、取りやがったのだ。
道理で、駆郎君が希更に対して「一緒に見ようね」なんて、言い方をした筈である。
カップル席なので、一緒に見る相手は1人に限られる。
仲良く皆で観る訳ではないのだから。
取り敢えず、上映時間までまだある為、駐車場で密談中である。
「希更ちゃんは、俺と一緒に見ようね」
まあ、駆郎君がそう来るのは分かっている。
「楓は「却下」させん!!」
「もお、それでいいだろ」
「カエちゃん、諦めよう?」
舞人君、ミーそれでイイのか?
「アンタら、2人でカップル席座りたいの?」
「それ以外にねぇだろ」
「清牙さん、暴れ出しちゃうよ?」
くそっ。
どう考えても私が不利。
だがしかしっ!
「希更。清牙、私のおっぱい目的で映画観るんだよ?」
「カエちゃん、何言ってるの!? 映画に関係ないよね?」
希更の純真さに、負けた瞬間である。
「よっしゃ、行くぞ」
行きたくない。
だけど、他に取れるべき方法は何もなく、ズルズル連行される。
当然その間、大多数の視線は釘付け。
あっちこっちで「あれ」「SPHY」の声が聞こえる。
本人達が全く気にしてないところがまた凄い。
気付いてない訳じゃないのだ。
全く気にしてないだけ。
「ミー。良いの?」
あんた、これから売り出す新人女優な訳で…。
「うん。SPHY関係者である事は言ってあるから平気」
まあ、隠しようもないよね。
既に映画に出てる訳だし。
その経緯は…となれば、SPHYの名前を出すしかない訳で。
普通に、清牙の差し出した携帯見つつ、発券手続き、私がしました。
清牙様が、そんな下々な事、する訳ないじゃん。
って言うか、やり方知らないんじゃね?
そもそもの予約から、マー君がやってたのでは?
そんな妙な納得を抱きつつ、着物着た方やらスーツ着た方やら、様々な視線が集まる中、でっかいポップコーンを当たり前に買う、清牙が偉い。
普通の人間なら間違っても一人では食えないだろうサイズを。
それでも、奴には普通に足らないだろう事、逆に尊敬する。
そして、当然の様に同じく買おうとする駆郎君を止める希更。
そらそうだ。
清牙じゃあるまいし、あんな大きな容量、2人で食い切れる筈がない。
だからって、小さいのでもいらんだろう。
お菓子って、映画中って、同じ味、結構飽きません?
ポップコーン問題は放り投げ、仲良し手繋ぎなんですね?
安定の2人である。
私も舞人君もミーも、茶やコーラ買って、皆様と同じく開場待ってからの指定席へ。
その間、スマホカメラを向けられるも全無視。
あれ、アップされ放題だけど大丈夫なのかね?
そんな心配よりも何よりも、カップル席。
上からすっぽり、隔絶仕様と言えばそう、なんだけどさぁ…。
当然映画を見なければならず、全面オープンなので、周りから丸見え。
ここに、清牙と二人座れと?
「これ、本気で」
言うより先に、さっさと座って、ごっついご機嫌笑顔の清牙に舌打ちが出る。
「アンタ、何がそんなに楽しいの?」
「おっぱい?」
馬鹿なのか?
「腕と胸、どっちがいい?」
両手を広げての全面笑顔に、ドン引くこっちの思い、分かっていただけるだろうか?
「さっさと座れ。邪魔だから」
そして、清牙による常識的な注意が、また、腹が立つ。
仕方がないと、隅っこに座ろうとしたら、肩抱き寄せられ?
どこからか聞こえる、あちらこちらから聞こえる、黄色い声。
絶対に、大きな勘違いが生まれている。
「見難いんだけど?」
「俺は楽しい」
知らんがなと、膝を叩いて、腕を払って体を起こして前を見る。
「次は、ミーと舞人君でネットに上がるんじゃない?」
「それはねぇだろ。普通に団体で映画見に来ただけだし」
普通の団体は、カップル席使わないのよ?
「そもそもが、面白味もなくね? ホラー映画見てるだけ。途中、内容そっちのけでベロちゅーでもかませば、分かるけど、それはねぇだろ」
当然だね。
そんな関係にいつの間にか発展していたら、私がびっくりで、舞人君締め上げるし。
「駆郎のロリコンのが、よっぽど面白いんだけど、出ねぇよな」
出る訳が、ないだろ。
「駆郎、童貞なんだぜ」
だからどうして、そう言う話を聞かせたがるのか?
「私、映画集中してる時に、横でバリバリされるの、嫌な人なんだけど?」
「これ、たいした内容じゃねぇじゃん」
今見ようとしている映画に、ケチつけんじゃねぇよ。
「その、大したことない映画の歌、歌ってるのはどこの誰?」
「仕方ねぇだろ。俺の専属女優出てるんだから、俺が歌わねぇと」
どんな理屈?
「映画の出来はともかく、俺らの歌は良い。PVの評判も良い。俺はそれで十分満足」
流石俺様。
自分勝手の極みだね。
「ま、冒頭はイイ出来なんじゃねぇの?」
そう言えばこいつ、ラッシュは見てるんだっけか。
関係試写の方は、仕事で行けなかったらしいって言うのは健吾君情報。
まあ、出来には予想がついていた為、試写をすっぽかした可能性の方が高いけど。
「私、かなりやけくそだったしね」
「やけくそとか、先生泣くぞ」
「だったら、もっと準備期間寄越しやがれ」
「楓が逃げるからだろ」
だから、今後逃げないのなら、あんなやり方はしない。
まあ、清牙なりの誠意、だよね。
根本が、何か間違っている、気がしないでもないけど。
「もう、煩い。始まるから黙れ」
ペラペラ喋っている間に映画予告が始まったので、清牙を無視して前を見る。
始まりは台本で知っている。
全体的にも台本では知ってはいるが、直接撮影場を見たのは限られるので、本当に冒頭しか分からない。
想像しにくいのだ。
大学生の主人公、大学生活をチラリと垣間見、1人暮らし、近くの叔母の家。
そこで、暖かな、ごく普通の、ちょっと上の、幸せな家族を前面に押し出した叔母の一家。
ううっ、やっぱ、慣れないんだよね。
係わったもの、特に、自分が出ている部分を見る時って、どうしても自分を鏡写しに見ている気にしかならないので、世界に入り込めない。
今更なのに、ああすれば良かったこうすれば良かったと、ゴチャゴチャ余計なことが浮かぶ。
私、結構出てない?
もっと、主人公寄りで使ってくれれば良かったのに。
ミーはやっぱ、カットカットの使い方になるよね。
急遽決定だったので、厳密なセリフらしきものなかったし、何より…。
本気でビビッて、涙溜めて声も出ない程の恐怖を浮かべるミーの滅多刺し。
身体の横に振り降ろしてるだけなんだけど、カメラワーク巧い。
ミーに馬乗りになったままの私が、顔を上げることなく、視線が切り替わり、家の外に。
朝焼けの中、ゆらゆら歩く後ろ姿。
そこから物語が始まるのは良いんだけどね。
なんで、日本のホラーって、くるくる…そっちかってフェイント持ってくるの?
それも、わっと脅かすタイプではなく、ひっそり滑って出てくんの。
いや、来る来る、やっぱ来たって瞬間も怖いよ?
その上、何にも出ないのに、水音…水滴がぽちゃんぽちゃんって響くとか、更に怖くない?
ビクビクぷるぷるしているのが、自分でも分かる。
分かってはいるけど、こればっかは止められない。
分かりたくはないけれど、横で身体を震わせている清牙は、爆笑するのを抑えており、差し出された腕に、色々思うところはあった。
あったが、しがみ付く。
何で、何かに抱き着くと、人は何とかなる気になるんだろう?
だからっ、急にダンって大きな音出さないで!
だからどうしてっ、目が出るの?
さわって、首元冷風、出すの、止めてくれませんかね?
足元にも、ヒヤって奴、いらないです!
だから、突然落ちる系は嫌あ!!
最近の映画館、音響その他諸々設備、良過ぎじゃないですか?
リアルな遠近音が、背中ゾクゾクするんです!!
だから、嫌なんだよ!
ホラー映画!!
主人公が朝日の中立っている姿に、意味深な字幕。
やっと終わったと、清牙の腕を離し、椅子にぐったり身体を預けたら、グフグフ笑っている清牙の、視線の腹の立つ事。
おまっ、こっちイイから画面見ろやと首で促せば、なぜか突然立ち上がる。
エンドロールだけど…と不安一杯の中、清牙はやらかす。
主題歌流れた瞬間、当たり前のように歌いだしたのだから。
「うそ」「きゃー」と黄色い声が一瞬広がり、そして静まり、それ以上の声で、清牙が歌うのだ。
当然、スマホカメラはフル集中。
そんなのモノともせず、歌い切った奴は、満足そうに言いました。
「ああ、面白かった」と。
それ、ホラー映画の感想違う!!
序に言うのなら、清牙が歌い、視線が清牙に集中している間に、私残して逃げ出した駆郎君舞人君、許さん。
娘さん達だけでなく、私も連れて逃げろ!!
主題歌終わってのエンドロールで、満足そうに私の腕を引いて歩く清牙。
お前は面白いかもしれんが、私は居たたまれないよ!!
会場出ても尚、熱い視線が集まる中、駆郎君と舞人君よ。
苦笑いを向けるくらいなら、止めるか、一緒にナニかするかしやがれと、やけくそになった私は、悪くないと思います。
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