泡沫の欠片

ちーすけ

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鍵の脅迫仕事

番外 数奇な日常

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昼の満員御礼を終え、人もまばらになった頃、この所姿を見なかった芸能人、SPHYの清牙君が、いつもの如く、変装も何もなく、当たり前に入ってくる。
正面から高い身長を折り曲げる様にして入り、レジにいる人間を一通り確認してから、店内の商品を何かしら持ってレジに戻ってくるのだが、本日は上田さんは休み。
何しに来たんだろう?
上田さんも一緒にいるのかなと見ていれば、視線をさ迷わせながら、店内へ。
そして、パンの品出しをしていた店長を見つけて声をかけた。
「ちーっす。楓、なんかあったんっすか?」
「こんにちわ。上田さんなら休みですよ」
「は? 病気かなんか?」
「いいえ。元々休みですねぇ」
え?
休みの確認もせずに来たの?
東京からわざわざ来てるんだよね?
「は? あの暇人、人が折角来てやったのに」
そう言って、窓側に移動して連絡を取り始める。
暫くスマホに耳を当てていたけれど、大きく舌打ちして店長を見る。
「出ないんっすけど」
芸能人のお友達からの電話、無視しちゃうの?
何か、用があって出られないのかな?
「今日明日、休みですからね。何か出られない用事でもあるのでは?」
「いや、あの暇人に予定が、ある筈がねぇ」
酷い言われ様。
まあ、上田さん、去年までは、年に1回2回ぐらいしか、休みの申請してなかったんだけど。
今年は色々忙しそうで、休みが増えていて、店長がシフト組むの大変そうではあるんだけど…。
清牙君は、またスマホを操作して、どこかに電話を。
そしてまたしばらくして、舌打ち。
「希更も出ねぇ」
あれ?
その名前、聞いたことがある。
姪御さんの名前が、そんな…。
「清牙く…清牙さん。姪御さん、学生さんだから、出られないと思いますよ」
普通に授業中。
こっちでは、大抵の学校が、朝担任の先生にスマホを預けるようになっていた筈だけど…。
「ちっ。…あざーす」
今、聞いて、納得はしたのね。
子供なら普通に学校に行ってるんだって事、完全に忘れてるのね?
「糞っ。あのバカ、どこに行きやがった」
普通は、事前連絡の上、約束して会いに来るもんだと思うのだけど?
幾らお友達でも、予定の確認は必須なのでは?
そこに、にこやかな社長が歩いてくる。
「おや、清牙君。お久しぶりです。どうしたんです? 今日明日、上田さんは、捕まらないのでは?」
その、何かを知っているらしい言葉に、清牙君の目が輝く。
「え? 知らないんですか? 今日こっちじゃ、ELseedのライブあるんで、上田さんはそちらに向かわれてる筈ですが?」
「今、昼っすけど?」
「当日限定販売商品もあるので、そっち狙いで並んでいるのでは?」
「は?」
その言葉に、店長がハッとしたように口を開く。
「ああ、そう言えば、明日の夜まで連絡つかないと、言われてましたね」
「はぁぁ?」
あっ、清牙君の顔が、とんでもなく怖い事になっている。
綺麗な顔立ちだけに、苛立ちも露な剣のある表情はかなり怖い。
「あんのぉ糞女っ」
回る舌に低く唸る声。
顔付きと合わさって大変怖い事になっている。
そこに、清牙君が握りしめていたスマホが震える。
「ちっ」
また大きく舌打ちをしてからスマホに出る清牙君。
「あ? ああ゛? 今日、夜までッ……知ってたんなら言えよ!!」
あ、なんか、親しい人、なのかな?
「だからっ、今なら……わぁぁった! 戻れば良いんだろ!!」
それはもう叩き付ける勢いでスマホを押さえ、壮絶に眉間に皺を寄せた顔で、頭を下げてきた。
「邪魔しました」
そして正面入り口に歩き掛け、振り返る。
「あのバカ女が出勤してきた時には、俺が来ていたと、きっちりはっきり伝えて下さい。ぜってぇ、泣かす」
そう言い残して、長い足を踏み鳴らすように、嵐の様に歩いて行く姿。
「事前連絡しないで、飛行機、乗っちゃうんですねぇ」
芸能人は凄いなあと思う。
「そして今からまた、飛行機乗るんでしょうねぇ」
正しく蜻蛉帰り。
「なんで、事前連絡して約束しないんでしょうか?」
「「さあ?」」
やはり、一般人には理解出来ない何かがあるのだろうか?
だけど間違いなく、上田さんと清牙君は親しい。
口調も友達の、それ以上のソレである。
「仲の良い、お友達、なんですね」
「そう、なんでしょうね」
「そう、ですかね?」
それぞれが、思うところはあり、言いたいことはあるのだが、それを口にしてしまうのも何か違う。
と言うか、口にしてしまって良いのか、なんなのか。
「お仕事しましょうね」
にこやかな店長の言葉に、頭を切り替えるしか出来ないのであった。



明後日



出勤してきた上田さんとロッカールームで一緒になり、挨拶して、清牙君が先日来ていたことを伝える。
もう知っているだろうけど、彼に必ず伝えるように言われたので、言っておいた方が良いと思ったので。
「は? 馬鹿が。だから、事前連絡しろっつってんのに」
え?
「すみません。アイツ、迷惑かけずにすぐ帰りました?」
「あ、うん。なんか呼び戻されたみたいだよ」
「ざまぁ」
え?
「もしかして、連絡とってないの?」
「さあ?」
え?
「いや、昨日はっちゃけて帰ってきたらスマホ充電切れてて。今朝、起きて慌てて充電してきたんで、あんま開きたくないんですよね。充電まだ低いだろうし、充電切れると、時間分からなくなるし」
え?
それはまあ、タイミングが悪いとは思うんだけど…。
「私、モバイルバッテリー持ってるけど、使う?」
「ああ、良いです。お気持ち、ありがとうございます。どうせ、大した用じゃないので」
そこ言い切っちゃうの?
態々飛行機乗って会いに来てくれてる人に?
「さあ、本日もお仕事頑張りましょうね。先行きます」
そう言って、ロッカールームを出ていく上田さん。
やっぱり、貴方達のお友達の関係性が、理解し難いのですが?
やっぱり特殊な世界の人と話すには、親しい友人関係を保つには、特殊な関係性が、必要になってくるのかもしれない。
深く、考えるのは止めよう。
清牙君の事は良く分からないが、上田さんは仕事は真面目で、基本良い同僚だと思ってきたので。
その関係が、まだ続くだろうと、この時は思っていた。
それが変わる迄、あと少し。
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