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微妙な再開
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しおりを挟むぼんやり、カエを見送った清牙が、またもや勝手に立ち位置から歩いてくる。
「だから、OK出すまで動くなっつってるだろうが」
「おう」
そう言ったまま、視線はカエを追いかけている。
「すんげぇ、不細工になってんぞ」
「それ、な」
何がだよ?
「楓って、本当に役者、だったんだな」
何を今更言っているのか。
「お前らの我が儘如きで、ズブのド素人、使う訳ねぇだろうが」
「いや、うん、そう、か」
そう言ってから、清牙は笑う。
「いやっ、本気っ、で、お袋と同じこと似たような顔で、言うからさ」
困ったような、だけど嬉しそうに目を輝かせてカエを見る姿に、溜息を吐く。
「それは偶然だ」
「こっちはちょっと、話しただけなんだけどな」
まあ、軽く設定説明してはおいたし、ここに来るまでに幾つか引き出しは用意していただろうしな。
清牙の話を聞いて、より固めてきた経過があるんだろう。
清牙を知っているからこそ出来る、カエの作る母親像が、ある筈だから、な。
「設定なんて小さな枠から、形付けて自分だけの人にしていくのが役者だ。言われた通りに出来るだけならAIにでも頼んでりゃいい」
「マサさん、辛辣」
「お前が言うな」
自分は歌手で役者じゃないと好き勝手ごねる癖に、呼んだ相手役が下手だと勝手にストップかけて、絶対続けないからな。
その上、演技は出来ても、言い寄ってくる女は嫌いだし、高慢な女もやる気が駄々下がる。
やる時はやるくせに、やるまでに時間がかかると云うか、好き嫌いが激し過ぎる。
清牙の扱い辛さは半端ない。
特に、PV撮りは長いし面倒がって、嫌がるのだ。
その長引く理由の大半が、清牙自身なのだけど。
「楓って、かなり巧い方だよな」
ニヤリと、人を食った笑みを浮かべる清牙にも、また、溜息。
それを知る前に無茶振りするんじゃねぇとか、まあ、面白がって言ってみただけなのが、大当たりしそうでご機嫌とかもう、分かり易過ぎである。
「アレでも一応、カエ自身も国際映画祭で助演賞のノミネート受けてたらしいぞ。行方不明の辞退で立ち消えたって話だがな」
「は?」
その間抜け面を止めろ。
お前の撮影はこれからだ。
気を抜き過ぎである。
「事情はお前も聞いてただろうが」
「あの、オッサンの、美人局だのなんだの?」
「そう、それ」
分かり易く表情が抜けた後、清牙は笑いだす。
「極端過ぎねぇ?」
「本当にな」
どうしてそんな人生になっているのか、聞いただけではさっぱり分からない。
本人も、全く分かってないんだろうなとは、思うんだが。
「普通、ちったぁ、名前出て来ねぇ?」
国際映画祭はピンキリでランクがあるし、日本では映画祭影響力はイマイチ、だからなぁ。
高ランクの映画祭受賞作でも、見た事ない奴が五万といるのが日本だ。
娯楽性が低いと、どうしても敷居は高くなる。
それとは別に、カエの出てた奴はアレ、だった。
「日本での上映が、受賞前に2日の3回こっきりだぞ。関係者以外見てねぇよ」
「いや、いや、国際映画賞どこいった?」
普通はそうなる。
賞取ってからこそ、大々的に上映するのが、普通だ。
だがそれは、予算に余裕があって、上映会開催して元が取れるノウハウがあるバックがついてこそ、のもの。
特に低予算小規模な奴だと、何度も上映会する金すらない。
下手すれば、賞を取っても上映されない話も普通にある。
「監督がなぁ。やるのと作るのは好きなんだが、それ以外がダメダメで。ついでに言うと、スタッフに恵まれない上に、自分の中の区切りさえつけば目移り早いんだよ」
全く、スタッフに恵まれてない訳ではないのだ。
ただ、出来るスタッフが一身上の都合でいなくなること多数(カエ含む)。
折角育てきたのを横から掻っ攫われる。
それでも、完成させるし、上映会にまでは、こぎつける。
なんだかんだと集客率や国やらの助成金やらで収支が確実に黒ともなれば、結構な結果だと言える。
だがしかし、それだけで、満足してしまうのは如何なものか?
それはそれ、これはこれで終わり、次は何しようって、子供なのか?
そんな感じであるのに、手広く目新しいモノに次々手を出しては結果を出すもんだから、上から煙たがれる。
逆にそれを面白がって支持する上も増えてくる。
常に、微妙、なのだ。
まあ、カエとの相性は間違いなく良さそうだが。
「結果、一部のコアなファン抱えた、知る人ぞ知るって感じなんで、名前が売れない。監督自身も結構な美人女優で、多分、清牙でも見た事はある筈だぞ」
出るより、作る方が好きらしいんだが。
有名作品にもちらほら出てる。
ただ、美人ではあるが、ビジュアルが独特な為、あまり頻繁には使われないのだけど。
「スポンサーは?」
普通はな、結果が伴うの分かってるんだから、名前は上がってくるんだよ。
だけど、だ。
「選り好み、激しいんだよ。お前より酷い」
やりたくないことは絶対にやらないので、逃げられてる…らしいな。
まあ、面倒臭がって、そう言うの断ってる割合の方が多いらしいが。
「それ、そもそもが、無理じゃね?」
お前が言うな。
好き勝手喧嘩売りまくって、何とかなってる奴が。
「実際、凄い人なんだよ。カエの出ていた映画、製作費百万以下だぞ?」
人と縁に才能だけで、未経験者ばっかでまとめ上げて、世界での結果を出したのだ。
その辺の大学で適当に作ってる自主製作並みの環境で世界に叩きだしたとか、億掛けてコケてる奴らには笑い話にもならない。
「マサさんは見たんだ」
「ユキも見てる」
決して一緒に行った訳ではない。
チラリと目にしたフライヤーに見覚えのある名前があったから、気になっただけ。
その日なら、行けそうだからと行ってみた。
決して示し合わせた訳ではないが、どこでどう聞きつけたのか、同じ上映会にいた時は顔が引きつったが。
「アイツが、演技出来るって、その時初めて知った」
「は?」
俺も見て、驚いたわ。
「そんな事、俺らが一緒にいる間では、一切やってなかった。始めたとも、聞かなかった。だが、逆算するに、初めて2年くらいしか、経ってなかったんじゃねぇの?」
間違いなく、高校入るぐらいまでは、そんなのとは無縁のオタク街道突き進んでいた。
今もそう大して変わってないようにしか見えないのに、映画って確実な記録証拠があるんだから、余計頭がおかしくなりそうな、現実がある、だけで。
「役者歴2年で国際賞のノミネート?」
甘いな。
「今でも体力はないが、昔はもっと酷かったぞ。あいつ、無茶苦茶虚弱体質だし」
季節ごとに熱出してぶっ倒れていたような、ひ弱さ。
何が切っ掛けかはよう知らんが、さあ始めようで、体力作りから、基礎の基礎から、始めたのだ。
運動神経も切れてるのに。
「すげえ、ネタだよな? でも、地元で知ってるの、今じゃもう、俺らとカエの姉ちゃんぐらいなんだぜ。地元でほぼ撮影していたのに」
本当に、摩訶不思議な話、なのである。
国際映画祭で賞を取っているのに誰も知られてないし、本人も何も言わない。
関係者も、それで名を売って行こうって奴が一人もいない。
幾ら低予算の低人数制作とは言え、皆が皆で、それはそれ、次は次って、切り替え過ぎである。
実際に、監督は他県で映画関係者育成所の講師に呼ばれ、次はまた他の県の大学に呼ばれ、今、イギリスの長期ドラマにレギュラー役として呼ばれてた筈だし。
「まあ、そう云うところが、カエに合ってたんだろうな。あいつ、人見知りだし、飽き性だし」
「変人が変人呼んだ?」
否定出来ねぇ。
だがなぁ、良いのか?
「清牙、乗っ取られるぞ?」
「……へぇぇ」
こいつも案外単純だよな、と思う。
ただ、此奴のスイッチの入りどころがいつも難しいんだよ。
「マサさん、ちょっとやる気出た」
おせっぇよ、馬鹿が。
「ちょっとじゃなく、全部出せ」
「それはまた今度」
「今度がいつになるか分かんねぇから言ってんだろうが」
「まあ、見てろよ」
楽しそうに目をギラつかせ唇を舐める清牙に溜息が出る。
「メイク、清牙の口紅」
どうして、そこで締まらないんだ、お前も。
カエもそうだけど、出来るくせに肝心なところで抜けてたり有り得なかったり…変人。
これが類友、だな。
そんな溜息を吐きながら、今度こそ行けそうな予感に笑いが出た。
今回の撮りは、思ったより早く終わりそうだな、と。
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