人事も尽くしてないのに"天才"を授かってしまった僕の苦悩

アンチリア・充

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お嬢様

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 中学での初めての男子のお友達に拒絶されてからしばらく、僕は全てに対して自暴自棄になっていた。

 相変わらず話し掛けてくる女子の言葉にも投げやりな返事を返すのみ。

 会話を無理矢理終了させる。もしくは会話に発展させる気のない呻き声のような適当な返事。

 コレだけで僕の意図を察すことができるのはハナくらいのモノで、少しずつ女子も僕に対して距離を置くようになっていた、いや、違うな。僕がそう仕向けたのだ。

 相変わらず男子にはハブられ、たまに話し掛けてきてもからかいや苦情、「モテるだろう」や「羨ましい」という旨の嫉妬混じりのイジリ発言だった。

 そんなことを言われた時は決まって「そんなことない」と答えるようにしていたが、もういい加減鬱陶しくなってきたな。

 謙遜したらしたでソレが気に入らないという輩も出てくる始末だ。

 ……お前はどうして欲しいんだ? いっそ要望を紙にでも纏めて提出してくれ。

 誰とも会話をするだけの価値を見出せなくなってきた、そんな頃――

 ――僕に、初めての彼女ができた。

 確か、何だっけ。タカナシさんだかオトナシさんだかそういった名前のお嬢さんだ。



「神乃ヶ原くん……? そんなところで何をしているんです?」

 確か昼休みに体育館の壇上の隅で寝ていた僕に彼女がそんなことを言ってきたんだ。

「……ああ、寝てた」

 顔に乗せていた本をどけて僕は適当に返事した。もう振りまく愛想なんてない無機質な返事。

「ソレ、結構有名な本ですよね。ベストセラーにもなった」

 そう言って彼女が僕の隣に腰を下ろす。

「ベストセラー……そうなんだ。図書室で借りてきたんだけど、まぁ暇が潰せればなんでもいいよ」

 実際そう思っていた。寝る時の目隠しにしていたくらいだし。

 正直この頃はもう何に対しても興味や好奇心を無くしてしまっていたっけ。

 ……好奇心を無くした子供の生活なんて一体何の面白みがあるだろう? しかし完全に切り捨てることが出来ないでいたことからも、僕がまだ全てに絶望していたワケではないことが窺い知れるというモノだ。

「神乃ヶ原くんの中ではそんなにヒットしなかったみたいですね」

 彼女がくすくすと笑うとソレに合わせてクセ一つない長い黒髪が揺れた。

「……そうみたい」
 
 ……誰だっけこの人? なんて思いながら僕はそう答えた。

「誰だっけって顔してますね。同じ図書委員の音無です」

 あ、そうだ。オトナシさんだ。同じ図書委員か。

「神乃ヶ原天です」

「知ってます……有名人ですからね」

「悪い意味ででしょ」

「いいえ。才能に溢れている人だと思っていますよ」

「……でもその才能のせいで孤立してる」

「そうですね。みんな自分が持っていないモノを持っている人が羨ましいんでしょうね」

「…………」

「でも私と一緒にいれば孤独じゃないでしょう? 今私と話している間、あなたは孤独じゃない」

 ……凄い自信だな。

「キミは違うの? さっき言ってた羨ましがる人達と」

 僕は少し意地悪なことを言ってやった。

「はい、違います。むしろ才能のある人との関わりは自分を高めてくれると思っています」

「……随分と意識が高いんだね」

「そんなことはありませんが、ここで分かってもらいたいのは私は他の人達とは違う。この一点です」

「……は?」

「私はあなたを煩わしく思ったりしない。こんな短い時間ではありますが、この学校に来てからコレだけ誰かと会話をすることがありましたか?」

 ……ついこの間絶縁した彼とはまぁあったが、女子でこんなに普通に会話が出来たのは確かにハナ以外では初めてかもしれない。

 言われてみればこの人は他の女子に比べて落ち着いているし、ちゃんと会話のキャッチボールも出来ている。

「私はあなたの味方です」

「……報われない不幸な人に救いの手を、って?」

 彼女の聖人ぷりに少し気味の悪いモノを覚えた僕は少し突き放したモノの言い方をした。

 だってそうじゃないか。委員会で一度や二度話をしただけの間柄だぞ。そいつが孤立していようがソレで手を差し伸べて「あなたは孤独じゃない」だって?

 ソレはさすがにナルシズムが過ぎるだろう。或いは何か人数や優秀な能力を持った人材を必要とする企みがあって僕を懐柔しようとしているのでは、と僕が訝しんだとしても何ら不思議じゃないだろう?

 喋り方や所作を見たところかなりのお嬢様だ。立ち居振る舞いから高度な教育を受けてきたことが見て取れる。

 もしかしたら自分は愚民を救い、人の上に立つ人間であると思っているのかもしれない。
 
「違います。個人的な理由であり、高尚でもない、下心です」

 僕が警戒心を顕わにしたからだろう。彼女は観念というか、決心したような顔つきになった。

「個人的な下心……どんな?」

 僕がそう言って彼女の顔を見つめると彼女は顔を赤くして、だがしっかりと見つめ返してきた。

「神乃ヶ原くん。……お慕い申し上げております」

「…………」

「…………」

「……は?」



 こうして、僕に人生初の恋人が出来た。



 思えば……小学生の時は好き好き言われることがあっても、ソレは集団でだった。中学でいつも接している……といっても最近は僕が相手にしていないが、僕の追っかけのような、ファンクラブ……と口にするだけで嫌悪感を感じさせるような女子達は、カッコいいだの素敵だの言うが、ハッキリと好意を口にすることはなかった。

 正直彼女達の属するファンクラブの『ファン』は『ファナティック』ではなく『煽る』の方の意味だと思っている。

 ソレに、小さい頃に恋心を打ち明けられることはあっても、大体当人の隣に友人がいて『いい子だから付き合いなよ』みたいなマイナスにしかならない押し売りをしてくるモノだった。

 初めてだったのだ。ハッキリと一対一で目を見て好意を伝えられたのは。

 僕は彼女のその行為と勇気に少し興味を持った。

  


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