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第4話 優しく押してね
しおりを挟む人化の術を発動させ、白い煙に包まれる暗黒騎士。
数秒後、煙の中から人の姿となった暗黒騎士が現れる。
その身体には漆黒の鎧では無く、上下の黒いジャージを身に着けている。
長身で体格はやや細身だが、ボクサーの様に絞り上げられた肉体には貧弱な印象は無い。
足元は黒いスニーカーである。
無造作に背中の中程まで伸びた黒髪はやや乱れている。
切れ長の目にシャープながらも端正な顔立ちは、地上の商店街には隠れファンも居るほどである。
腰には魔剣「エネギリウス」を差しているが、今は接着剤で修理中だ。
職務質問を受けて以来、特殊な妖気で包んでいる為、人の目に映る事は無い。
「お前、相変わらずイケメンだなー」
「そうッスか?」
「お前を見る肉屋のおばちゃんの目が肉食獣の様だぞ。お前目立つんだから気を付けろよ」
おばちゃんとは、商店街にある肉屋「ミート田島」の女店主、田島 ヨシコ(58)である。
「ええっ。初耳ッス。あのおばちゃんいつもコロッケおまけしてくれるんスよ」
「やっぱりなー。おばちゃん、絶対お前に気があるぞ」
暗黒騎士は「参ったッスー」と言いつつ、さりげなく話題を変える。
「そうそう、目立つと言えばデスクイーンの方がやばいッスよ。あいつ今アキバで地下アイドルやってますから」
「えっ!ほんと!? 知らなかったよ……」
絶句する妖魔大王。
(最近良く地上に行っているのは知っていたが……)
しかし部下のプライベートには口出しをしない主義だ。
「ライブとか行った事あるのか?」
「一回だけあるッス。ファンがすげーいて、オタ芸ってやつを始めて見たッス」
誰にも話していないが、その時見たオタ芸に感動して暗黒騎士は今こっそりと練習中である。
「しかも今度CD出すらしいッスよ」
「本格的じゃないか! よしCD出たら100枚買っとけ」
「OKッス! てかそろそろ大王様も人化しましょうよ」
「あっ。そうだな、そろそろわしも人化するか」
そう言うと人化の術を発動させる妖魔大王。
もわもわっと白い煙に包まれる。
やがて煙の中から現れたのは、くたびれたジーンズに、Tシャツを着た一人の男。
Tシャツの中心には「洋間大王」と書かれている。
元々は無地のTシャツを買ってきて、部下にプリントを任せたのだが、漢字を間違えられたのだ。
最初は「洋間に凄くこだわりがある人みたいじゃない?」と嫌がっていた妖魔大王だが、今ではお気に入りのTシャツである。
足元には青色のサンダルを履いている。
身長は暗黒騎士よりは頭一つ低い。
中肉、中背。
至って普通だ。
髪はぼさぼさで、ところどころ髪がはねている。
寝癖の様に見えるが、これは八本の角が髪に現れたものだ。
だが今は角は折れている為、はね方にあまり元気が無い。
目の下にうっすらと見えるクマが不健康そうな印象を与えている。
人化の術とは、なりたい人間の姿に自在になれるわけではない。
あくまでも妖魔としての元の姿や意識がベースとなって表れるのである。
「大王様、相変わらず不健康そうッスね」
「まあ、さっきボコボコにされたばかりだから、健康じゃ無いけどな」
「クマがひどいッスよ」
「ふふふ。暗黒騎士君、大王とは実はとっても大変な職業なのだよ」
人化を終えた二人は通路を歩き出した。
通路の左右にはいくつもの照明が取り付けられており、明るく通路を照らしている。
妖魔帝国は自前の発電施設を持っているのだ。
その為、例え地上が停電になろうとも、妖魔帝国が停電になる事は無い。
しばらく通路を歩くと二人の足が止まった。
壁には赤いペンキで「A-4出口」と書かれており、そのすぐ横には地上へと続く縦穴が伸びている。
これは妖魔帝国に複数ある、地上と帝国とをつなぐ出入口の一つだ。
縦穴には長い長い鉄のハシゴが備え付けられている。
しかし妖魔大王と暗黒騎士がその梯子を使う事は無い。
二人は縦穴の真下へ来ると、すっと宙に浮かびあがる。
そしてぐんぐんと縦穴の出口目指し上昇していく。
「これハシゴじゃ無くてエレベーターにしたいなー」
妖魔大王が上昇しながら下にいる暗黒剣士に話しかける。
「そうッスか? 俺はこのままでもいいッスよ」
「お前はな。でも宙を飛べない者は不便だろう」
「あーだるま男爵とかッスか? でもあいつ、この前ここの壁を『ぞいぞいぞいっ!!』って言いながら、転がって上ってたッス」
「あいつは変態だからな」
「あ、でも途中で力尽きて落ちてきたッス」
「じゃあ、ダメじゃーん」
ハシゴの先は木で出来た扉の様な物で塞がれている。
把手は付いているものの、穴を塞いであるだけなので扉というよりは蓋に近い。
そこには「優しく押してね」と張り紙がしてある。
その張り紙をしたのは他ならぬ妖魔大王である。
この先は商店街の裏にある、アパート「うれし荘」の102号室へと繫がっているのだ。駅から徒歩五分、築52年の二階建てアパートである。
把手を持ってそっと押す妖魔大王。
しかしびくともしない。
「あれ? なかなか開かないな」
上には畳しかないはずだが、誰かソファでも置いたのか?
下では暗黒騎士が「はーやーく、はーやーく」と急かしている。
「いや、それがなかなか動かなくってな」
少し強めに押す妖魔大王。
「無理に開けると畳に傷がついて、敷金に影響でるかもッスよ」
「いやな事言うなよ。本当に重いんだぞ。ちょっとやってみろ」
「えー。またまたー」
妖魔大王と位置を入れ替わり、暗黒騎士が代わりに扉を開けようとするが、びくともしない。
「あれ?」
「だろー」
ふふんと妖魔大王が得意そうにしている。
内心簡単に開けられたらどうしようかと焦っていたのだ。
「よし、じゃあ二人でやるか」
妖魔大王はそう言うと、無理やり暗黒騎士の隣に身体をねじ込む。
「ちょっ! 大王様きついッス」
そんな暗黒騎士を無視して妖魔大王はそっと扉に手を添えるのだった。
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