全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

57話 トラウマ

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「さ、」

フワリと風が舞って、僕らの横を通り抜ける。

目に映る彼は、会いたいと願った人で。
とくん、と胸打つ鼓動が鳴り止まない。

傍にいた時は気付かなかった。
離れてみて初めて、分かったんだ。

……貴方の事が、好きなのだと。

その優しいアメジストの瞳で見つめられて。
そこに僕だけを映して微笑んでくれる。
それが、温かくて……心地良くて。

離したくない。と、その瞳に涙を浮かべて。
強く腕を掴まれて、その時は穏やかな彼の鬼気迫る訴えに、ビックリして戸惑ってしまったけれど。
思い返せば…それだけ彼に望まれていたからだと分かる。

代わりでもいい。
たとえ今の僕が、貴方の一番にはなれなくても、いいから。

————傍に居て。

思いのままに、手を伸ばす。
触れたいと願い。

しかし。

その手は彼に届く事無く、空を切って落ちていった。
彼の姿のその傍に、思いもよらぬ人物が佇んでいたからだ。
その人は、手にしていた箱を地面に置き、大股でずいと寄って来て。

「!…………ジルベールッ」
「おやおやおやぁ~?これはこれは、クレイン卿じゃないですか!もうかれこれ十年ぶりくらいではないでしょうか?よく覚えて下さっていましたねぇ?わたくしの事。」

人好きのする顔で笑っていた青年は、僕が名を口にした途端。
ギラリと妖しく目を光らせ、口角を吊り上げて嗤った。

「……ぁ…」

ドクンと耳に嫌な音が響く。
足が震えて力が入らない。
思わず後ずさる僕に構わず、奴は無遠慮に顔を近付けて来た。

「ちょっと!それ以上近付かないで下さい。無礼ですよ。……っ!」

すぐにテオが割って入ってくれるが、奴は酷薄な笑みを浮かべ、テオの胸を強く突いて払いのけてしまう。

「テオ…っ」
「随分見違えましたねぇ?クレイン卿。あの頃とは大違いだ。なぁ?」

振り払われたテオがすぐさま身を起こし、再び奴を引き剥がそうとしてくれたが、奴には僕しか眼中になく、恐ろしい形相で“また”残酷な言葉を口にする。

“お前の所為で俺の人生台無しだ。どう落とし前つけてくれる?この阿婆擦れぇ”
「ご、ごめ…なさ…っ」

ガタガタと馬鹿みたいに震えるしか出来ない。
必死に謝罪の言葉を口にするしか、出来なくて。

“でも、惜しい事したなぁ~俺も。やっぱ、あの時味見しとくべきだったかぁ~。”
「……っ」

やめて。
やめて、くれ。
そんな酷い事、言わないでくれ。
アンタは……いや、貴方は。
本当は、素敵な人だったじゃないか。
共に、笑い合えた筈だったのに。

—————何で、こんな事に。

「ねぇ、久方ぶりの再会なのですから…もっと————うぶっ!!」
「……?」

大きすぎる恐怖に呑まれた僕の視界から消えた奴の影にホッとして、恐る恐る顔を上げたら。
目に入ったのは大きく肩を上下させて仁王立ちしているアルベリーニ卿と。
その下に蹲って倒れているジルベールの姿だった。

「これ以上シリルに近付くなっ!」

握られた拳には、薄っすら血の跡が付いていて。
ジルベールは口から血を流していた。
さっきのあの光景を目の当たりにして激高したアルベリーニ卿が、本気で奴を殴ったのか。
優しい彼の声しか知らなかった僕は、怒りに震える彼の声音が、同一人物とは思えない程に感情を昂らせているのが分かって。

けれど、此方に振り向いた彼は、やはり優しいアメジストの瞳で僕の姿を捉えている。
心配して膝を折って僕に向けてくれる眼差しは、いつぞやと変わらない。

「大丈夫ですか?シリル。」

やっぱり優しい。
僕の不安や恐怖を包み込んでくれる温かさだ。

「…っ」

極度の緊張状態から解放されて、フッと体の力が抜けるのと同時に。
僕は意識を手放した。
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