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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする
48話 自室にて
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「あ……。」
先に室内へ通された僕は、以前と変わらない自室を目にして、思わずホッと胸を撫で下ろした。
内装も何一つ変わらず、前のままだ。
窓の外に目をやれば、以前と変わらない庭の景色が視界に入る。
視線を下げると、外ではまだ叔父様と叔母様が、アルベリーニ卿やロレンツォ殿下達と何か話していたが、殿下達は力なく項垂れた後、乗って来た馬車で帰ってしまった。
帰り際、振り向きざまにアルベリーニ卿が悲しい眼差しでこちらを見上げて来た様な…気がする。
でも、僕もまた、揺れ動く瞳で、その戸惑いが何の所為なのか分からないまま見送った。
「シリル様。どうですか?久々のご実家は。」
いつまでも窓の外から目線を離さず立ち尽くす僕に、横からテオが穏やかな声音で問うて来た。
「変わってなくてホッとする。僕の部屋、そのままに残してくれていたんだね。」
どこか後ろ髪を引かれる心地のまま、テオの方を振り向いた僕は、懐かしい姿を見つけて。
「…リック、ロティー!」
開けたままの扉の前に佇む幼い二つの影が揺らいで、飛び込んで来た。
「兄さま!」
「シリル兄さまっ!」
膝を付き、両手を広げて向かえると、幼い従兄弟の二人は、思った以上に強い力でガバッと抱き付いて来た。
「兄さま!会いたかった!」
「お怪我をされたと聞きました。大丈夫なんですか?」
ギュッと僕を抱きしめたままシャーロットは再会を喜んでくれて、リチャードは何よりもまず僕を心配してくれた。
しばらく二人の背を撫でた後、顔を離して改めて二人に向き合うと、記憶していたよりも幾分背が伸びている。
「怪我はもう治ったよ。それより、二人とも大きくなった?」
「うん!」
「去年より背が伸びました。乗馬の練習と、剣術の稽古も始めたんです。」
「え?そうなんだ?!凄いなぁ…。僕は剣術全然ダメだったから相手にはなれそうにないけど、応援してるよ。リック、稽古頑張ってね。」
懐かしいと思った従弟達は、記憶の二人よりも成長している。
特にリチャードは前よりも顔つきが少し大人っぽくなった気がする。
変わらないと思ったこのクレイン家だが、確実に欠落した2年の歳月を実感せざるを得ない。
やっぱり、僕は記憶を失ったんだな、と改めて思った。
「シリル様ーっ!」
「え?…ぅわっ!」
自身の失ったものを身に沁みて感じる余韻に浸る間も無く、今度は従弟の子供達とは違う、大きな影が被さって来た。
「シリル様!お話は聞きましたー!なんて事!貴方様のピンチを耳にし、このレイラ、戻って参りましたからね!!」
「わ、わかった、わかったから。重いって、レイラ…」
屈んでいる僕に抱き付くと言うより、僕らにのしかかる様な体勢で覆い被さる侍女に、勘弁してくれとばかりに呻いた。
「まぁ!ヒドいですわ~シリル様!レディーに向かって重いだなんて!でも、そんなつれないところもシリル様らしいですけど♡」
ご機嫌に笑いながら僕を立ち上がらせたレイラは、昔と変わらぬ気安さで、思わず笑みが零れる。
「あはは。相変わらず騒がしいよね、レイラは。」
「そんな事ないですー!」
「何を騒いでるんですか。ちゃんと仕事して下さい。」
軽口を言い合う僕らの後ろから現れた別の侍女が、レイラより背が低いにもかかわらず、彼女の首根っこを掴み、僕から引っぺがした。
「してるわよー!再会の抱擁をしてたのにー!」
「坊ちゃま方と一緒になってじゃれついててどうするの。シリル様は長旅でお疲れでいらっしゃるんだから、早くお寛ぎ頂かないと。」
「分かってるわよぉ~。」
「だったら早く仕事する!……失礼致しました、シリル様。お疲れでしょう、服をお着替えになって下さい、お茶をご用意致します。さ、リチャード様、シャーロット様。シリル様とは後でまたゆっくりお話致しましょう。」
「「はぁーい!」」
じゃれつくレイラを叱咤し、子供達を優しく促したその侍女は、僕にゆったりとした優雅なお辞儀をして、二人を連れて部屋を後にした。
「レイラ、あの人って……」
「あぁ、彼女はミストラル。私の遠い親戚の子でして。このお屋敷で共に勤めさせて頂いているんです。」
「へぇ…。レイラの知り合いなんだ。全然違うタイプだね。」
「あの子は真面目と言うか厳しいと言うか…。あ、でも心配しないで下さいね。リチャード様とシャーロット様には柔和に、誠心誠意お仕えしていますよ。」
「うん。二人もよく懐いているみたいだね。」
ニコリと笑い合う僕とレイラだったが、対するテオは硬い口調でレイラに尋ねた。
「……戻っていたんですか?」
「えぇ。テオさん、そんな顔しないで?ミストラルから話を聞いて、本当に心配で来ただけだから。」
「……。」
ぎこちない空気が流れる中、僕が戸惑いながら二人の顔を見比べると、レイラはフッと笑って。
「まずはシリル様にご休憩頂きましょう?」
そう言い、外出用の服から室内用の部屋着に着替えさせられ、タイミングを見計らった様に入室して来たメイドから受け取った茶菓子とお茶のセット受け取ると、部屋のソファーに腰掛けた僕にお茶を淹れてくれた。
「え。じゃあ、僕がアデリートに行った後、レイラは此処を辞めたんだ?」
「そうです。元々シリル様付きでしたし、救世の巫子様達も帰ってしまわれたので、それを機に…ミストラルと一緒に。ですがその後、ミストラルはまた此処に戻って来ていたんですよ。『職場環境が良かったから。』って。本当にそれだけ。そうしたら、公爵様から貴方様の事をあの子が聞いて、私に声を掛けてくれたんですよ。それで、心配になって。」
「僕の為に戻って来てくれたの?」
「短い間とは言え、傍でお見守りしてましたからね。暇を持て余していましたし、それくらいならまたご厄介になろうかと。ミストラルにも言われたんですよ、フラフラしてるくらいなら働けって。」
鼻腔をくすぐる馴染みのお茶を口にしながら、向かいに座らせたレイラから簡単に事情を聞いた僕は、美しい笑みを向ける変わらぬ彼女を目にして、ポカンとした顔をすると。
「朝はきちんと起きられる様になられたそうだ、とミストラルから聞いていたのに。また朝から叩き起こしに来ないとですね~。」
「う“…。もう学院卒業したんだよね、僕って。それなのに、また早起きしないといけないの?」
「言う程早起きでもないでしょ。」
「うぐぅ…っ」
目覚めてから、ずっと体調が優れなかった所為か、のんびり自分のペースで起きれていたのに。
この美しいが小うるさい侍女の手にかかると、また朝っぱらから叩き起こしに来られちゃう。
やだな~。と思いつつも、それが日課で、僕の当たり前だった。
そんな手のかかる僕を、それでも楽しそうに笑って世話をしてくれるレイラがまた仕えてくれて、有難いなと思う。
記憶を失う前の、いつもの日常に戻れる事は、今の自分には何より落ち着く心地がした。
そうして、やっとどこか張っていた気を緩められた時だった。
「……あ。帰省早々ですのに、もうゆっくり出来そうにないですねぇ~。」
先に室内へ通された僕は、以前と変わらない自室を目にして、思わずホッと胸を撫で下ろした。
内装も何一つ変わらず、前のままだ。
窓の外に目をやれば、以前と変わらない庭の景色が視界に入る。
視線を下げると、外ではまだ叔父様と叔母様が、アルベリーニ卿やロレンツォ殿下達と何か話していたが、殿下達は力なく項垂れた後、乗って来た馬車で帰ってしまった。
帰り際、振り向きざまにアルベリーニ卿が悲しい眼差しでこちらを見上げて来た様な…気がする。
でも、僕もまた、揺れ動く瞳で、その戸惑いが何の所為なのか分からないまま見送った。
「シリル様。どうですか?久々のご実家は。」
いつまでも窓の外から目線を離さず立ち尽くす僕に、横からテオが穏やかな声音で問うて来た。
「変わってなくてホッとする。僕の部屋、そのままに残してくれていたんだね。」
どこか後ろ髪を引かれる心地のまま、テオの方を振り向いた僕は、懐かしい姿を見つけて。
「…リック、ロティー!」
開けたままの扉の前に佇む幼い二つの影が揺らいで、飛び込んで来た。
「兄さま!」
「シリル兄さまっ!」
膝を付き、両手を広げて向かえると、幼い従兄弟の二人は、思った以上に強い力でガバッと抱き付いて来た。
「兄さま!会いたかった!」
「お怪我をされたと聞きました。大丈夫なんですか?」
ギュッと僕を抱きしめたままシャーロットは再会を喜んでくれて、リチャードは何よりもまず僕を心配してくれた。
しばらく二人の背を撫でた後、顔を離して改めて二人に向き合うと、記憶していたよりも幾分背が伸びている。
「怪我はもう治ったよ。それより、二人とも大きくなった?」
「うん!」
「去年より背が伸びました。乗馬の練習と、剣術の稽古も始めたんです。」
「え?そうなんだ?!凄いなぁ…。僕は剣術全然ダメだったから相手にはなれそうにないけど、応援してるよ。リック、稽古頑張ってね。」
懐かしいと思った従弟達は、記憶の二人よりも成長している。
特にリチャードは前よりも顔つきが少し大人っぽくなった気がする。
変わらないと思ったこのクレイン家だが、確実に欠落した2年の歳月を実感せざるを得ない。
やっぱり、僕は記憶を失ったんだな、と改めて思った。
「シリル様ーっ!」
「え?…ぅわっ!」
自身の失ったものを身に沁みて感じる余韻に浸る間も無く、今度は従弟の子供達とは違う、大きな影が被さって来た。
「シリル様!お話は聞きましたー!なんて事!貴方様のピンチを耳にし、このレイラ、戻って参りましたからね!!」
「わ、わかった、わかったから。重いって、レイラ…」
屈んでいる僕に抱き付くと言うより、僕らにのしかかる様な体勢で覆い被さる侍女に、勘弁してくれとばかりに呻いた。
「まぁ!ヒドいですわ~シリル様!レディーに向かって重いだなんて!でも、そんなつれないところもシリル様らしいですけど♡」
ご機嫌に笑いながら僕を立ち上がらせたレイラは、昔と変わらぬ気安さで、思わず笑みが零れる。
「あはは。相変わらず騒がしいよね、レイラは。」
「そんな事ないですー!」
「何を騒いでるんですか。ちゃんと仕事して下さい。」
軽口を言い合う僕らの後ろから現れた別の侍女が、レイラより背が低いにもかかわらず、彼女の首根っこを掴み、僕から引っぺがした。
「してるわよー!再会の抱擁をしてたのにー!」
「坊ちゃま方と一緒になってじゃれついててどうするの。シリル様は長旅でお疲れでいらっしゃるんだから、早くお寛ぎ頂かないと。」
「分かってるわよぉ~。」
「だったら早く仕事する!……失礼致しました、シリル様。お疲れでしょう、服をお着替えになって下さい、お茶をご用意致します。さ、リチャード様、シャーロット様。シリル様とは後でまたゆっくりお話致しましょう。」
「「はぁーい!」」
じゃれつくレイラを叱咤し、子供達を優しく促したその侍女は、僕にゆったりとした優雅なお辞儀をして、二人を連れて部屋を後にした。
「レイラ、あの人って……」
「あぁ、彼女はミストラル。私の遠い親戚の子でして。このお屋敷で共に勤めさせて頂いているんです。」
「へぇ…。レイラの知り合いなんだ。全然違うタイプだね。」
「あの子は真面目と言うか厳しいと言うか…。あ、でも心配しないで下さいね。リチャード様とシャーロット様には柔和に、誠心誠意お仕えしていますよ。」
「うん。二人もよく懐いているみたいだね。」
ニコリと笑い合う僕とレイラだったが、対するテオは硬い口調でレイラに尋ねた。
「……戻っていたんですか?」
「えぇ。テオさん、そんな顔しないで?ミストラルから話を聞いて、本当に心配で来ただけだから。」
「……。」
ぎこちない空気が流れる中、僕が戸惑いながら二人の顔を見比べると、レイラはフッと笑って。
「まずはシリル様にご休憩頂きましょう?」
そう言い、外出用の服から室内用の部屋着に着替えさせられ、タイミングを見計らった様に入室して来たメイドから受け取った茶菓子とお茶のセット受け取ると、部屋のソファーに腰掛けた僕にお茶を淹れてくれた。
「え。じゃあ、僕がアデリートに行った後、レイラは此処を辞めたんだ?」
「そうです。元々シリル様付きでしたし、救世の巫子様達も帰ってしまわれたので、それを機に…ミストラルと一緒に。ですがその後、ミストラルはまた此処に戻って来ていたんですよ。『職場環境が良かったから。』って。本当にそれだけ。そうしたら、公爵様から貴方様の事をあの子が聞いて、私に声を掛けてくれたんですよ。それで、心配になって。」
「僕の為に戻って来てくれたの?」
「短い間とは言え、傍でお見守りしてましたからね。暇を持て余していましたし、それくらいならまたご厄介になろうかと。ミストラルにも言われたんですよ、フラフラしてるくらいなら働けって。」
鼻腔をくすぐる馴染みのお茶を口にしながら、向かいに座らせたレイラから簡単に事情を聞いた僕は、美しい笑みを向ける変わらぬ彼女を目にして、ポカンとした顔をすると。
「朝はきちんと起きられる様になられたそうだ、とミストラルから聞いていたのに。また朝から叩き起こしに来ないとですね~。」
「う“…。もう学院卒業したんだよね、僕って。それなのに、また早起きしないといけないの?」
「言う程早起きでもないでしょ。」
「うぐぅ…っ」
目覚めてから、ずっと体調が優れなかった所為か、のんびり自分のペースで起きれていたのに。
この美しいが小うるさい侍女の手にかかると、また朝っぱらから叩き起こしに来られちゃう。
やだな~。と思いつつも、それが日課で、僕の当たり前だった。
そんな手のかかる僕を、それでも楽しそうに笑って世話をしてくれるレイラがまた仕えてくれて、有難いなと思う。
記憶を失う前の、いつもの日常に戻れる事は、今の自分には何より落ち着く心地がした。
そうして、やっとどこか張っていた気を緩められた時だった。
「……あ。帰省早々ですのに、もうゆっくり出来そうにないですねぇ~。」
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