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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

46話 彼の愛情と覚悟

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「今の私の存在は、彼を苦しめるだけなのです。そんな事はしたくない。」
「そう……。」

悲しげに目を伏せる母と同じく、私も込み上げる悲しみを堪えて俯いた。
兄も何も言えずに口を噤んでしまう。

そうして、しばらく重い沈黙が流れた後。
ふいに母が口を開いた。

「……ソフィアの婚姻式の時にね、シリル様が私達に、挨拶をして下さったのよ。」
「そうなんですか?」
「えぇ。……貴方は家族の間に溝を感じている様で、どこか寂しそうに見えたって。きっと家族との関係を取り戻したいと思っている筈だと。彼が実家も家族も手放さずに居られるのは、殿下と共に尽力してくれた貴方のお陰で、自分の気持ちを偽る事無く、家族も失わずに済んで。だから、貴方にも同じ様に、愛する家族とまた笑い合える様になって欲しい。……そう、仰ってらしたわ。」
「……シリルが、そんな事を……?」

視界が滲む。
何も出来ていないと思っていたのに。
彼は、こんなちっぽけな自分の事を、そんなにも慈悲深いあたたかな気持ちで、見つめてくれていたなんて。

「だから、こうして尋ねて来てくれて、本当は嬉しかったのよ。それなのに、あの彼が、そんな事になってしまっていたなんて。」
「……。」
「サフィル。シリル様は本気で貴方を愛していらっしゃるわ。たとえ、今は忘れてしまったとしても。あの方はね、どんなに貴方を愛しているか、臆さず、私達に正直に話して下さったのよ。」


『僕シリル・クレインは……サフィル・アルベリーニ卿と心を交わし、お付き合いをさせて頂いております。』
『僕にとって彼は……サフィルは、かけがえのない、唯一無二の存在です。彼無しではもう……生きていけない程に。』

『僕は……彼が好きです。愛しています……心の底から。でも、どんなに彼を想っても、愛していても、僕らは……婚姻する事は叶いません。もちろん子を成す事も。それは、貴族として生まれた者の責務を放棄するに他ならない。酷い責任放棄である事は……重々承知しています。貴族として、あるまじき事だと……。でも、それでも……僕は、彼を諦められませんでした。どうしても手放せない。………申し訳ございません、大切な……ご子息を、この様な目に、遭わせてしまって。』
『どんなに僕らが想い合っていても、先の未来は分かりません。サフィルが僕を愛してくれているのは疑い様が無いですが、何年後、何十年後かに、もしかして……もしかしたら…やっぱり気持ちが変わってしまうかもしれない。周囲が変わっていく中で、自分の子供を欲するかもしれない。そうすれば、それを叶える事が出来ない僕は、関係を……終わらせるしかないでしょう。もしくは、どんなに互いの気持ちが変わらなくても、状況が僕らを許さない……なんて事も起こるかもしれない。けれど、だからこそ……今を共に精一杯生きたい。彼と共に歩みたいんです。彼が望んでくれるかぎり。』

『どうかサフィルと僕が共に居る事を、許して頂きたいのです!……この関係性を認めろ、なんて傲慢な事を言うつもりはありません。僕の事、疎ましく思っても、不満を口にされても、それはもっともな事であって、彼の事を想えばこそです。どうぞ仰って下さい。でも、それでもどうか……どうか。一緒に居る事を…苦言を呈しながらでも、仕方なくでも、見て見ぬフリでも構いませんから……許して、頂けないでしょうか?』
『どうか……許して下さい。お願いしますっ』


「……。」
「頭を下げて涙ながらに仰っていらしたの。あの御方は、隣国エウリルスの由緒ある公爵家の方なのにもかかわらず……単なる子爵家の、いいえ、没落してしまった、取るに足らない家の者である私達などに対して。彼が元々身分をひけらかす様な方ではないにしても、それでも普通はなかなか出来る事ではないわ。それだけでも、真剣だという事が分かったの。でも、よくよく思い返してみれば、それ以上だった。」

クレイン卿は言っていた。
“彼が望んでくれるかぎり。”

本来ならば、主導権を握れるのはクレイン卿の筈だ。
身分の差を抜きにしたとしても、それだけ多くの犠牲を払ったのも彼の方だ。
それでも、互いの関係をサフィルの一存で終わりになる事もあるかもしれない。
そう彼は口にしていた。

「分からない。何で、そんなにも、シリルは……。」
「貴方の思っていた以上に、彼が貴方を一人の人間として、その人生を共にする覚悟だったのよ。権威と責務を負うべき貴族社会の中で、表面だけの普通ですら取り繕えない事が、どれほど大変で苦難を伴うかを知ってらっしゃるから。」
「……お前は貴族社会の何たるかを学ぶ前に、ロレンツォ殿下の元に行ってしまったからな。殿下は破天荒な御方だし、実感するのは難しかったのだろうが……。学生時代ならともかく、本格的に側仕えを始められたのなら、周囲から好奇な目と嘲笑を向けられた筈だ。そして、それを受けるのも覚悟の上で、お前の手を取る事を決められたのだろう。そうなる事を分かっていたから、我々に許しを請われたんだ。」

母と兄から告げられた言葉は、今まで自分が考えも至らなかった事ばかりだ。
シリルが周囲の貴族達からひそひそと下品な冷笑を向けられた時、自分はどうしていた?
単に憤っていただけだ。
怒る事が当然で、ごく自然な事だと思っていた。
でも、違った。
そもそもそういう世界に居るのだ、私達は。
その世界で上手く立ち回って、生きていくしかないのに。

どれだけ彼を守れていただろう?
何にも守れてない。
不甲斐なさしか無いのに、それでも彼は笑ってくれた。
幸せそうな顔をして。

あぁ、どうして。
こうも失ってから気付くのか。
もう、これ以上の失敗は許されない。
彼の望みを、安らぎを。
ただそれだけを信じて、自分に出来る事をするだけだ。
それしかない。
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