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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする
45話 帰省
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馬車に揺られての長旅は、今のシリルにとって大きな負担だったのではないかと心配したが、テオに聞いても別段辛そうな様子は無い様で、安心した。
馬車も慣れているテオと共に二人で乗っているからか、気楽に過ごせたのだろう。
一週間程の馬車での長旅を終え、シリルとテオ、そして、ロレンツォ殿下とソフィア、私を乗せた馬車は、エウリルスの王都メルシアンへと入った。
このメルシアンへ来るのは、エウリルス学院を卒業して以来だ。
ちょうど去年の今頃、シリルを実家への帰省の為に送って行った時は、王都のお屋敷ではなく、王都の近くにある彼の家の領地の方へ直接向かったからだ。
なので、こちらへ来るのは本当に久しぶりだった。
それなのに、懐かしさよりも、苦しさで胸が締め付けられる。
しかし、決めた事だ。
私は、このエウリルスへ再び来るにあたり、アデリートを出る際、実家に立ち寄った時の事をにわかに思い出した————…。
シリルをクレインの実家に帰すと決めてから。
殿下は国王陛下や王太子殿下らに事情を説明され、私にはアルベリーニの実家に報告に行く様に命じられた。
手紙だけ出しておこうとした私に、ソフィアの事もあるし、きちんと会って説明して来いと言われて。
数年ぶりに赴いた実家の屋敷は、昔と特に大きく変わった所は無く。
しかし、幼い子供が走り回る屋敷内は、割れ物等の危険な物は目に付くところからは取り払われていた。
「あー!サフィル兄ちゃんだ!めずらしー!なにー?フィオと遊んでくれるの?!」
私の兄でアルベリーニ現子爵であるファウスティーノ兄上の息子で嫡男のフィオリーノが、私を見るなり突撃してきて、腰に絡みついて来る。
それを後ろから来た兄の奥方で夫人のティーナ義姉上が、簡単に引っぺがしてくれた。
「こぉら!フィオ!いきなり飛び付いちゃ駄目でしょう?!ちゃんとご挨拶はしたの?」
「兄ちゃん、こんにちはー。」
「違うでしょ?!全然お勉強が足りてないようね…」
「げっ!……あ、兄ちゃん、ゆっくりしてってね。じゃ、そゆことでー。」
さよならー。
夫人に更なる勉強の追加をチラつかされたフィオリーノは、嵐の様に去って行った。
「…まったく。騒々しくてごめんなさいね。最近、言う事を聞かなくて。」
「子供のやんちゃは元気な証拠ですよ。急に出向いて来てすみません。」
「いいえ。殿下とソフィア様の婚姻式以来ね。たまにこうして顔を見せてくれると嬉しいわ。……でも、あまり元気が無さそうね。何かあった?」
やんちゃ盛りの子供二人を抱えて溌剌とした義姉上は、私の様子に目敏く気付いた。
私は力なく笑って頷く。
「えぇ。兄上は居ますか?居なければ何処に居るか教えて欲しくて。話があって来たんです。」
「あの人なら執務室にいるわ。あ、それにチェチーリア様も来ていらっしゃるの。」
「母上が来てるんですか?……ちょうどよかった。」
ソフィアと殿下の婚姻式後、また領地の方へ帰ったとソフィアから聞いていたが、たまたまこっちに出向いて来ていたらしい。
義姉上にお願いし、執務室で領地の事で話をしている兄上と母上の元に、私は足を向けた。
「お久しぶりです、兄上。母上。」
「サフィル。婚姻式以来だな。元気にしていたか?どうだ、新しい屋敷には慣れたか。……?」
振り向きざまの兄上に尋ねられ、目が合った途端、予想していなかった私の落ち込み具合を見て、兄上は怪訝な顔をする。
「久しぶりですね、サフィル。何かあったの?……お座りなさい。」
兄の後ろから顔を覗かせた母は、私の異変に気付き、ソファーへと促してくれた。
無言で頷き、そこに腰を下ろすと、兄と母が向かいに腰掛け、心配そうにこちらに視線を向けて来る。
私は一瞬躊躇ったものの、意を決して口を開いた。
婚姻式後も、相変わらず殿下に仕えて淡々と仕事をこなしていた事。
でも、シリルが一緒に仕える様になり、毎日が更に楽しくなった事。
そのシリルが、事件に巻き込まれて、記憶を……失くしてしまった事。
悩んだ末、シリルをエウリルスの実家へ帰すと決めた事。
これまでの経緯を簡単にだが兄と母に話した。
「そんな事が……。」
話を聞いた母は、目を見開いて愕然としている。
兄も同様だったが、躊躇いがちに尋ねて来た。
「取り敢えず、事情は分かったが…。その、クレイン家の方にはちゃんと連絡を入れたのか?」
「もちろん。私と殿下と…シリルの従者であるテオドールの手紙も添えて、速達で送った。返信が届き次第、向こうに行こうと思います。」
「エウリルスの王都なら、速達なら直ぐに届くだろう。……クレイン家の方々も、ショックを受けられるだろうな……。」
しみじみと言葉を口にする兄上に、私は膝の上に乗せた拳をギュッと握り締める。
「シリル様は、お前の為に身一つでこのアデリートに来て下さったのに、こんな事になるなんて。不慮の事故と言うか事件だったとはいえ、きっと公爵様のお怒りは凄まじい筈だ。お前、その辺の覚悟は出来ているのか?」
「えぇ。どの様な罰も、お怒りも、受け入れる所存です。彼を大切にすると約束したのに……。ただ、あのご実家へ戻る事で、シリルが少しでも楽になれるなら、いいんです。」
クレイン公爵様が、シリルをとても大切にされてるのは知っている。
それなのに、こんな形で彼の方の信頼を裏切ってしまう事になるなんて。
なんて自分は愚かなのだろう。
悔やんだところでどうにもならないが。
俯く私の頬に、柔らかな手が触れて顔を上げた。
母上だ。
「?」
「サフィル。あの方をご実家に帰す事が正しいと考えたのなら、私もあなたのその考えを尊重するわ。」
「母上……。」
「ソフィアから随分聞かされていたのよ。貴方がずっとあの方にぞっこんだった事をね。心を通わせられる様になって、どんなにか幸せそうだって事も。本当なら絶対に手元に置いて離したくないでしょうに、それでも、あの方の為に敢えて手放すと言うのね。」
上辺ではない本心を探る様に、じっと瞳を見つめられる。
いや、本心を探るというより、己の覚悟を問われている様に感じた。
本当は、未だこの判断が正しいのか自信が無い。
彼を手放す事は間違いかも知れない。
けれど、知らない周囲の皆の為に偽りの仮面を付けて笑うシリルを、もうこれ以上苦しめたくはなかった。
馬車も慣れているテオと共に二人で乗っているからか、気楽に過ごせたのだろう。
一週間程の馬車での長旅を終え、シリルとテオ、そして、ロレンツォ殿下とソフィア、私を乗せた馬車は、エウリルスの王都メルシアンへと入った。
このメルシアンへ来るのは、エウリルス学院を卒業して以来だ。
ちょうど去年の今頃、シリルを実家への帰省の為に送って行った時は、王都のお屋敷ではなく、王都の近くにある彼の家の領地の方へ直接向かったからだ。
なので、こちらへ来るのは本当に久しぶりだった。
それなのに、懐かしさよりも、苦しさで胸が締め付けられる。
しかし、決めた事だ。
私は、このエウリルスへ再び来るにあたり、アデリートを出る際、実家に立ち寄った時の事をにわかに思い出した————…。
シリルをクレインの実家に帰すと決めてから。
殿下は国王陛下や王太子殿下らに事情を説明され、私にはアルベリーニの実家に報告に行く様に命じられた。
手紙だけ出しておこうとした私に、ソフィアの事もあるし、きちんと会って説明して来いと言われて。
数年ぶりに赴いた実家の屋敷は、昔と特に大きく変わった所は無く。
しかし、幼い子供が走り回る屋敷内は、割れ物等の危険な物は目に付くところからは取り払われていた。
「あー!サフィル兄ちゃんだ!めずらしー!なにー?フィオと遊んでくれるの?!」
私の兄でアルベリーニ現子爵であるファウスティーノ兄上の息子で嫡男のフィオリーノが、私を見るなり突撃してきて、腰に絡みついて来る。
それを後ろから来た兄の奥方で夫人のティーナ義姉上が、簡単に引っぺがしてくれた。
「こぉら!フィオ!いきなり飛び付いちゃ駄目でしょう?!ちゃんとご挨拶はしたの?」
「兄ちゃん、こんにちはー。」
「違うでしょ?!全然お勉強が足りてないようね…」
「げっ!……あ、兄ちゃん、ゆっくりしてってね。じゃ、そゆことでー。」
さよならー。
夫人に更なる勉強の追加をチラつかされたフィオリーノは、嵐の様に去って行った。
「…まったく。騒々しくてごめんなさいね。最近、言う事を聞かなくて。」
「子供のやんちゃは元気な証拠ですよ。急に出向いて来てすみません。」
「いいえ。殿下とソフィア様の婚姻式以来ね。たまにこうして顔を見せてくれると嬉しいわ。……でも、あまり元気が無さそうね。何かあった?」
やんちゃ盛りの子供二人を抱えて溌剌とした義姉上は、私の様子に目敏く気付いた。
私は力なく笑って頷く。
「えぇ。兄上は居ますか?居なければ何処に居るか教えて欲しくて。話があって来たんです。」
「あの人なら執務室にいるわ。あ、それにチェチーリア様も来ていらっしゃるの。」
「母上が来てるんですか?……ちょうどよかった。」
ソフィアと殿下の婚姻式後、また領地の方へ帰ったとソフィアから聞いていたが、たまたまこっちに出向いて来ていたらしい。
義姉上にお願いし、執務室で領地の事で話をしている兄上と母上の元に、私は足を向けた。
「お久しぶりです、兄上。母上。」
「サフィル。婚姻式以来だな。元気にしていたか?どうだ、新しい屋敷には慣れたか。……?」
振り向きざまの兄上に尋ねられ、目が合った途端、予想していなかった私の落ち込み具合を見て、兄上は怪訝な顔をする。
「久しぶりですね、サフィル。何かあったの?……お座りなさい。」
兄の後ろから顔を覗かせた母は、私の異変に気付き、ソファーへと促してくれた。
無言で頷き、そこに腰を下ろすと、兄と母が向かいに腰掛け、心配そうにこちらに視線を向けて来る。
私は一瞬躊躇ったものの、意を決して口を開いた。
婚姻式後も、相変わらず殿下に仕えて淡々と仕事をこなしていた事。
でも、シリルが一緒に仕える様になり、毎日が更に楽しくなった事。
そのシリルが、事件に巻き込まれて、記憶を……失くしてしまった事。
悩んだ末、シリルをエウリルスの実家へ帰すと決めた事。
これまでの経緯を簡単にだが兄と母に話した。
「そんな事が……。」
話を聞いた母は、目を見開いて愕然としている。
兄も同様だったが、躊躇いがちに尋ねて来た。
「取り敢えず、事情は分かったが…。その、クレイン家の方にはちゃんと連絡を入れたのか?」
「もちろん。私と殿下と…シリルの従者であるテオドールの手紙も添えて、速達で送った。返信が届き次第、向こうに行こうと思います。」
「エウリルスの王都なら、速達なら直ぐに届くだろう。……クレイン家の方々も、ショックを受けられるだろうな……。」
しみじみと言葉を口にする兄上に、私は膝の上に乗せた拳をギュッと握り締める。
「シリル様は、お前の為に身一つでこのアデリートに来て下さったのに、こんな事になるなんて。不慮の事故と言うか事件だったとはいえ、きっと公爵様のお怒りは凄まじい筈だ。お前、その辺の覚悟は出来ているのか?」
「えぇ。どの様な罰も、お怒りも、受け入れる所存です。彼を大切にすると約束したのに……。ただ、あのご実家へ戻る事で、シリルが少しでも楽になれるなら、いいんです。」
クレイン公爵様が、シリルをとても大切にされてるのは知っている。
それなのに、こんな形で彼の方の信頼を裏切ってしまう事になるなんて。
なんて自分は愚かなのだろう。
悔やんだところでどうにもならないが。
俯く私の頬に、柔らかな手が触れて顔を上げた。
母上だ。
「?」
「サフィル。あの方をご実家に帰す事が正しいと考えたのなら、私もあなたのその考えを尊重するわ。」
「母上……。」
「ソフィアから随分聞かされていたのよ。貴方がずっとあの方にぞっこんだった事をね。心を通わせられる様になって、どんなにか幸せそうだって事も。本当なら絶対に手元に置いて離したくないでしょうに、それでも、あの方の為に敢えて手放すと言うのね。」
上辺ではない本心を探る様に、じっと瞳を見つめられる。
いや、本心を探るというより、己の覚悟を問われている様に感じた。
本当は、未だこの判断が正しいのか自信が無い。
彼を手放す事は間違いかも知れない。
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