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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

43話 要らない存在

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嫌だ。
いくら彼の母国だからって、エウリルスへ行かせてしまったら……もう二度と戻って来てくれないかもしれなくなる。
そんなの、耐えられない。

「此処に居てくれ。……いくらでも謝るから。私の事など、好きに使ってくれていいから。何でもするからっ!」

だから。
泣いて縋ってでも。
どんなにみっともない姿を晒しても、構わない。
ただ、傍に居たいんだ。

もし、このまま。
ずっと思い出せないでいたとしても。
それでも傍に居させて欲しい。

今までの様に、もう————恋人の様にはいられないとしても。

そこまで考えて、涙が溢れた。
ほとんど誰も来ない寂れた一画であっても、陛下もお顔をお出しになられたのだ。
いつまた誰が来るかも分からない廊下で、それでも声を上げて泣いた。
ここまで感情をかき乱して泣いたのはいつぶりだろう。

「サフィル…。」

そうして泣きじゃくっていると、ロレンツォ殿下が部屋から顔を出して来られた。
ボロボロに泣く私を見て、自室へと招き入れられる。
号泣してる理由を聞かれるだろうから、私は、シリルが母国へ帰りたい様な事を口にしたからだと白状すると。

「お前が一番辛いのは分かってる。でも、あんな所で声を上げてちゃバレるだろ?」

ソファーに座らされて、殿下自らお茶を淹れて下さったが、恐縮する事も無く気落ちしたまま口を付ける。
呆れるでもなく淡々と言われて、己の抱える気持ちとの落差に投げやりな気分になる。

「バレたら何だって言うんです。」
「シリルにだよ。ただでさえ仮面被ってんのに、あんな姿を晒しちゃ、今のアイツはもっともっと気持ちが離れていっちまうぞ。」
「………どういう意味ですか。」
「そのまんまの意味だよ。あのさ、サフィル。お前に言うべきか迷ってたんだけど、やっぱ言うわ。」

色々振る舞いが大雑把で、相手を、特に私などに対しては気を遣う事などほとんどない殿下が、珍しく持って回った言い方をする。
それが奇妙に思えて、私はまだ涙の残る顔を上げて殿下を見やった。

「昨日、テオから言われて俺も愕然としたんだが、シリル……アイツさ、ちょっと笑う様になってきて、俺ら安心してただろ?でもアレ、違ったみたいだ。」
「は?」
「シリルが笑顔を見せる様になったのは、そうすると俺ら皆がホッとした顔をするから、作り笑いをしてるだけなんだと。」
「え……。」

テオが言っていた。

皆にとって必要なのは記憶を失くす前の僕であって、記憶の無い自分は要らないから、早く思い出さなきゃ。って思うのに、なかなか思い出せない。
色々な所を見せてもらっても皆の期待になかなか添う事が出来なくて、思い出せない度にがっかりする顔を見るのが辛いから、記憶を失くす前の事を教えて欲しい。
ちょっとでも思い出した様に振舞えば、きっとみんなも喜んでくれるんじゃないかなって思うんだ。

……そう、二人きりの馬車の中でシリルに言われたのだそうだ。

『今のシリル様にとって、此処は馴染みの無い異国でしかない。違和感でしかないんです。そんな中で、やっぱり心休まる筈が無かったんだ…。』

苦しそうに打ち明けてきたテオに、殿下は何も言えず。
そして、只々元に戻って欲しいと願う私に対してなど、到底言える筈も無く。

記憶の無い自分は要らない存在だと言ってのける、今のシリルに対して自分は。

『此処では、いけませんか?此処なら、私や殿下にソフィア、ベルティーナ様も。アデリート国王陛下だって、貴方の事を気に掛けてらっしゃいます。此処で、この国で、貴方とはたくさんの思い出を作りました。それを、見て回るのではいけませんか?!』

感情に任せて叫び、そんな言葉を投げつけて。
そうしたら、彼は何と言った?

『ごめんなさい!僕は何処にも行かないから。貴方の言う通りにするから…。ちゃんと、思い出すから……っ』

怯えながら謝って来た。

必要なのは、記憶を失くす前の自分であって。
それを失くした今の自分は、邪魔なだけの存在。
けれど。

『そうだね……。僕も、リックやロティーに会いたいな……。』

あの無意識に零された言葉こそ、今のシリルの心からの本音だったのに。
それを自分は、己の悲嘆する気持ちだけで否定しようとした。
彼の逃げ場を塞いで、追い詰めて、此処に閉じ込めようとしたのだ。

逃げ場を失った心はどうなるか。
色を失っていく。
偽りの仮面がいつしか剥がれなくなり、本当の心を見失う。
そうなってしまえばもう。
……取り返しがつかなくなってしまうのだ。

「私は、シリルを支えるどころか、追い詰めているだけだ……。」

誰よりも彼を愛し、支え、大切にしたいと思っているのに。
いつしか、誰よりも彼を苦しめ、追い詰め、苛む存在に成り果てた自分自身に。
ようやく気付いた。

許せない。
そんな、自分自身が……何よりも。
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