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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

41話 きっと思い出せる

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それからのシリルは、よく笑う様になった。
あまり外へは出ないが、自室で私やロレンツォ殿下を迎えて調子を教えてくれたり、ベルティーナ様のお部屋へ出向いてソフィアも交えて談笑したり、飛び付いて来る幼いウルを抱っこして一緒に遊んだり。
パッと見ただけでは、以前と何ら変わりがない様に見えた。

だから、少なくとも体調は戻って来たのだろう。
私は少しでも早くシリルに戻って欲しくて、ヴェネトリアの街並みを散策しようと提案した。
それに殿下も賛同して下さり、ソフィアも同調してくれた。

ヴァレンティーノ王太子殿下に相談されたロレンツォ殿下は色よい返事を貰え、王太子殿下の近衛騎士も付けて下さった事で、安全対策もとれたので、早速出かける事となった。
ベルティーナ様とソフィアとウルに見送られ、馬車に乗り込もうとしたシリルだが、それまでの興味津々な様子から、急に顔を引きつらせて後ずさり、テオの服の裾を掴んでいた。

「どうされました?シリル様。お気に召されない様なら、無理せず仰って下さいね。」

穏やかな笑みで話しかけるテオに、フッと緊張の糸を解いたのか、シリルは掴んだ裾を離す。

「違うんだ。ただ、前はテオと一緒に馬車に乗って学院に通ってたから……。」

俯きながら遠慮がちに口にするシリルに、テオは殿下と私の方を見て、また視線を戻した。

「そうでしたね。学院への登下校以外、馬車に乗る事はほとんど無かったですものね。では、前の様にまたご一緒して良いですか?」
「……いいかな?」
「えぇ、もちろん。」

ニッコリと笑って頷くテオに、シリルの顔がパッと明るくなる。
そして、先に乗り込んだシリルに背を向け、テオは私の腕を掴んで引き寄せ、小声で囁いて来た。

“今のシリル様は、学院時代の感覚でいらっしゃるから、その当時の雰囲気に合わせて差し上げた方がお気持ちも楽だろう。お前と殿下は別の馬車にして、別れて乗った方がいいと思う。”

少し寂しい気持ちにもなったが、テオの配慮に嬉しそうな表情を見せたシリルの事を思うに、彼の言う通りにする方が良いのだろう。

「……わかった。そうする。」

そして、別々に乗車し、程なくして目的地に着いた。
いつしか巫子様達とも来た、街が見渡せる小高い丘の上だ。

「元々あんまり外出が好きじゃなかったって聞いたから、いきなり街中を出歩くのもどうかと思って、取り敢えずここにしたんだ。ここなら街が一望出来るだろう?」

馬車を降りて眼下に広がる風景を興味深げに見回しているシリルに、殿下が後ろから声を掛ける。
すると、パッと振り向いたシリルは弾ける笑顔で喜んでいた。

「はい!ありがとうございます。とっても眺めがいいですね。此処ならまたいつでも来たいな。」
「気に入ったなら、いつでも連れて来てやるよ。」
「殿下、ありがとうございます。」

嬉しそうに礼を言うと、また景色の方に目をやって、楽しそうに眺めていた。

「どうだ?どっか見覚えのあるトコとかあるか?」
「いいえ。」
「そっか……。」
「すみません、わざわざ連れて来て頂いたのに。あの、でもほら、大丈夫ですよ。その内フッと思い出せますよ、きっと。」

楽しそうに見ていても、それは初めて見るからであって、見覚えのある所は無く。
殿下も私も思わずがっかりした表情をしてしまったが、それを見たシリルが慌てて明るい声音で言って来た。

「気を遣わせてしまいましたね。……たくさんの所を回ったんですよ。まず、あそこに見える城が私達がさっきまで居た王宮で、あの細かく小さい板の屋根が並んでいる所が、庶民の集う市場でして。それから……」
「へぇー……。」
「どこか行ってみたい所はありますか?」
「んー……あ。じゃあ、あの綺麗な教会とか。」
「……!」

シリルが指差して示したのは、ロレンツォ殿下とソフィアが婚姻式を挙げた場所で。
そして、その外れの礼拝堂で、私とシリルが互いに指輪を交換し、身近な人達に祝ってもらった場所だった。

「シリル……。えぇ、構いませんよ。是非行きましょう。」

込み上げる想いを必死にこらえ、微笑み返した私だったが。
対するシリルはその私を見て、少しバツが悪そうな顔をして、またテオと馬車に乗り込んでいたのだった。

………結局。
アデル殿下に挨拶をしても、ロレンツォ殿下とソフィアの式を挙げた場所や、私とシリルが指輪を交換した礼拝堂を目にしても、特に大きな反応を示す事は無く。
ただ、色々回って疲れたのか、少し顔色が悪く、ぐったりとした様子で城へと戻ったシリルは、そのまま頭痛がするのか、横になってしまった。

次の日も調子が悪いのかベッドから出て来ず、軽く食事を摂られる以外は、ほとんどベッドの上で過ごしていた。

「調子はどうですか?」
「ごめんなさい、迷惑かけて。大分楽になったかな。」
「なら良かった。こちらこそすみませんでした。いきなり連れ回し過ぎましたね。今度はもっとゆっくり過ごせる様にしましょう。希望があれば言って下さい。」
「あ、そ、えっと……うん。」

声を掛けた私に、シリルは何か言いたそうにしつつも、口を噤んでしまう。

「どうしました?遠慮せず言って下さい。」
「ありがとう。また思い付いたらお願いします。」
「えぇ。どうぞ無理なさらないで下さいね。ゆっくりしましょう。大丈夫、きっと思い出せます。私がそれまでずっと、お支えしますから。」
「そう。ありがとう。」

遠慮がちに笑うシリルは、また背に枕を挟んで凭れ、窓から見える光景に目をやって。
その姿を見やってから、私はテオと入れ替わり、寝室を後にしたのだった。
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