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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする
34話 貴方は
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そうして、周囲で多少のごたつきはあったものの、深い眠りに就いたままの彼には何の変化も見られないまま、一週間は過ぎて行き。
今日も、もう日課の様に彼の顔を丁寧に拭いて差し上げた後、その頬に触れ、額の乱れた前髪を手で梳き分けて。
貴方のその、深い海の様に美しい瞳をまた、見せて欲しいのだ。
愛おしさを伝えたくて、その額に軽く触れるキスをした。
その時……。
「え。」
今。
ピクリと瞼が動いた……気がする。
「シリル…?シリル……!」
眼前で名を呼ぶと、眉がグッと動いた。
見間違いじゃない!
「!…殿下達呼んでくるっ!」
向かいで一緒に目にしたテオは、バッと立ち上がると、急いで部屋を飛び出して行った。
「シリル、シリル!聞こえますか?!シリルッ!!」
私は半狂乱になって、必死に彼の名を呼び、叫ぶ。
そこにテオが殿下を連れて戻って来た。
「サフィル!シリルに反応があったって本当か?!」
「はい!眉と瞼が動きました!殿下、早く侍医をっ」
「ジーノに呼びに行かせた!すぐ連れて来る筈だ。…あ!今、指も動いたぞっ」
「シリル様っ!」
騒々しく叫ぶ私達の声が、その耳に届いたのか。
「…ん。」
さっきまで全く反応の無かったシリルが、グッと顔を顰めて眉を顰める。
固唾を飲んで見守る中、遂にその重い瞼がゆっくりと開かれた…。
「え…。」
ぼんやりとした表情だったが、確かにその美しい藍色の瞳が私達の姿を捉えた瞬間。
「シリルッ……!!良かった。良かったっ!!シリル…ッ」
言葉には出来ない程、嬉しくて。
感極まった私は、ぼんやりしたままの彼の両頬をふわりと掴むと、噛みつく様なキスをした。
もう、何日かぶりになるキスを。
そうしたら。
「クレイン卿!」
「シリル様ッ!!」
殿下達に遅れてやって来た、ベルティーナ側妃様と妹のソフィアだったが。
—————バチーンッ!!
「「?!」」
飛び込んで来た二人が目にした光景は、私が目覚めたシリルから頬に盛大な平手打ちをされ、愕然としている光景だった……。
その場で見守っていたテオやロレンツォ殿下だけでなく、遅れて来たベルティーナ様やソフィアも同じだろうが…。
何よりも、叩かれた私自身が……この状況を一番理解出来なかった。
脱走犯のマルシオの手に堕ち、深い昏睡状態の中を発見されたシリルが。
一週間経って、ようやく目を覚ましたというのに。
喜びに零れた涙も吹っ飛ばす、盛大な平手打ちを頬に受けたのだ。
叩かれた頬に手を当て、ヒリヒリと痛みを感じ、夢でも幻でもないと知る。
けれど、受けた痛みを信じられないまま、愕然として目覚めた彼を見やると。
「……はー、はーっ!い、いきなり何するんだよっ!」
目覚めたばかりなのにも関わらず、両肩を上下させて激しい怒りを顕わにしたシリルは。
ベッドから上体を起こし、呼吸を荒げたまま、更なる怒声を上げる。
「信じられないっ!新手の嫌がらせか?!それともアンタ、ジルベールと同類なのか?!人の寝込みを襲うなんて、なんて奴だっ!!」
「……ジルベール?誰です、それは。」
「?!…………いや、知らないならいい。昔、ちょっと喧嘩しただけで、大した事無……ぅ、はぁ、はっ」
顔を真っ赤にして憤慨されている。
しかし、急に大声を上げて激情を示された事で、病み上がりの体が追い付かなかったらしい。
すぐに上体を崩し、息を乱して俯いてしまう。
「シリルッ!」
「シリル様っ」
よく分からないが、具合を悪くして項垂れるシリルを心配して、すぐに身を起こした私の眼前で。
傍らに居たテオがそっと肩を支えたら。
そちらには嫌悪を示す事無く、支えられた手にご自身の手をそっと添えられて、安心した様に身を任せられた。
「大丈夫ですか?!シリル様っ」
「……うん。ちょっとびっくりしただけ。…………それにしても…此処って何処?」
心配するテオの手に縋りながら、不安げに尋ねられたシリルは。
ようやく周囲の視線に気付いた様だ。
視線をテオからこちらへ向けて、奇異なモノを見る目をして口にされる。
「…………貴方達はどなたですか?」
————え?
「な。……シリル、何言って。」
彼が放った言葉が信じられず、愕然とした顔で更に瞠目したら。
「え。ねぇ、テオ。この方達は誰?何で僕の事を名前で呼ぶんだ…?」
その瞬間、恐ろしい推測が脳裏をよぎった。
シリルは——————記憶を失ってしまったのか、と。
今日も、もう日課の様に彼の顔を丁寧に拭いて差し上げた後、その頬に触れ、額の乱れた前髪を手で梳き分けて。
貴方のその、深い海の様に美しい瞳をまた、見せて欲しいのだ。
愛おしさを伝えたくて、その額に軽く触れるキスをした。
その時……。
「え。」
今。
ピクリと瞼が動いた……気がする。
「シリル…?シリル……!」
眼前で名を呼ぶと、眉がグッと動いた。
見間違いじゃない!
「!…殿下達呼んでくるっ!」
向かいで一緒に目にしたテオは、バッと立ち上がると、急いで部屋を飛び出して行った。
「シリル、シリル!聞こえますか?!シリルッ!!」
私は半狂乱になって、必死に彼の名を呼び、叫ぶ。
そこにテオが殿下を連れて戻って来た。
「サフィル!シリルに反応があったって本当か?!」
「はい!眉と瞼が動きました!殿下、早く侍医をっ」
「ジーノに呼びに行かせた!すぐ連れて来る筈だ。…あ!今、指も動いたぞっ」
「シリル様っ!」
騒々しく叫ぶ私達の声が、その耳に届いたのか。
「…ん。」
さっきまで全く反応の無かったシリルが、グッと顔を顰めて眉を顰める。
固唾を飲んで見守る中、遂にその重い瞼がゆっくりと開かれた…。
「え…。」
ぼんやりとした表情だったが、確かにその美しい藍色の瞳が私達の姿を捉えた瞬間。
「シリルッ……!!良かった。良かったっ!!シリル…ッ」
言葉には出来ない程、嬉しくて。
感極まった私は、ぼんやりしたままの彼の両頬をふわりと掴むと、噛みつく様なキスをした。
もう、何日かぶりになるキスを。
そうしたら。
「クレイン卿!」
「シリル様ッ!!」
殿下達に遅れてやって来た、ベルティーナ側妃様と妹のソフィアだったが。
—————バチーンッ!!
「「?!」」
飛び込んで来た二人が目にした光景は、私が目覚めたシリルから頬に盛大な平手打ちをされ、愕然としている光景だった……。
その場で見守っていたテオやロレンツォ殿下だけでなく、遅れて来たベルティーナ様やソフィアも同じだろうが…。
何よりも、叩かれた私自身が……この状況を一番理解出来なかった。
脱走犯のマルシオの手に堕ち、深い昏睡状態の中を発見されたシリルが。
一週間経って、ようやく目を覚ましたというのに。
喜びに零れた涙も吹っ飛ばす、盛大な平手打ちを頬に受けたのだ。
叩かれた頬に手を当て、ヒリヒリと痛みを感じ、夢でも幻でもないと知る。
けれど、受けた痛みを信じられないまま、愕然として目覚めた彼を見やると。
「……はー、はーっ!い、いきなり何するんだよっ!」
目覚めたばかりなのにも関わらず、両肩を上下させて激しい怒りを顕わにしたシリルは。
ベッドから上体を起こし、呼吸を荒げたまま、更なる怒声を上げる。
「信じられないっ!新手の嫌がらせか?!それともアンタ、ジルベールと同類なのか?!人の寝込みを襲うなんて、なんて奴だっ!!」
「……ジルベール?誰です、それは。」
「?!…………いや、知らないならいい。昔、ちょっと喧嘩しただけで、大した事無……ぅ、はぁ、はっ」
顔を真っ赤にして憤慨されている。
しかし、急に大声を上げて激情を示された事で、病み上がりの体が追い付かなかったらしい。
すぐに上体を崩し、息を乱して俯いてしまう。
「シリルッ!」
「シリル様っ」
よく分からないが、具合を悪くして項垂れるシリルを心配して、すぐに身を起こした私の眼前で。
傍らに居たテオがそっと肩を支えたら。
そちらには嫌悪を示す事無く、支えられた手にご自身の手をそっと添えられて、安心した様に身を任せられた。
「大丈夫ですか?!シリル様っ」
「……うん。ちょっとびっくりしただけ。…………それにしても…此処って何処?」
心配するテオの手に縋りながら、不安げに尋ねられたシリルは。
ようやく周囲の視線に気付いた様だ。
視線をテオからこちらへ向けて、奇異なモノを見る目をして口にされる。
「…………貴方達はどなたですか?」
————え?
「な。……シリル、何言って。」
彼が放った言葉が信じられず、愕然とした顔で更に瞠目したら。
「え。ねぇ、テオ。この方達は誰?何で僕の事を名前で呼ぶんだ…?」
その瞬間、恐ろしい推測が脳裏をよぎった。
シリルは——————記憶を失ってしまったのか、と。
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