全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

33話 一縷の望みと怨念と

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殿下やジーノに促されて、私はテオと時折交代しながら、シリルの様子に変化が無いか常にどちらかが片時も離れず見守った。
せめて出来る事を、と思ったけれど、時折彼の顔や体を綺麗に拭いてあげる事しか出来ない。
それでも、何もしないよりはマシだと思えた。

翌日にはヴァレンティーノ王太子殿下や第4王子エミリオ殿下も様子を見に来て下さったが、相変わらず意識が戻らない彼を目にし、表情を曇らせる。
翌々日には側頭部に負った傷の手当てを受けて包帯を巻かれていた第3王女カルラ様と第4王女ヴィオラ様もお見えになって、涙ぐまれ。

「あの時、シリル様が馬を止めて下さってなければ、私は今頃どうなっていた事か。早くお礼を言いたいのに…。」
「強くショックを受けていたけれど、エリアナもシリル様のお陰で大事には至らず助かったと感謝していたのよ。その貴方がこのままじゃ、やりきれないわ。……お願い、早く目を覚まして……シリル様。」

お二人は涙ながらに訴えかけられるが、やっぱり何の反応も無く、肩を落として部屋を出て行かれたのだった。

「……相変わらずか?」

姫君達と入れ替わりで入って来られてロレンツォ殿下とジーノは、力なく傍に寄り添う私とテオの様子を見ただけで察して、溜息をついて私の横に椅子を持って来て腰を下ろされた。
ジーノは向かいのテオの隣に同じく座る。

「………シリル、いい加減早く目を覚ませよ。まだ、あんな出来じゃ…とても殿下にお見せ出来るなんてもんじゃない。もっとお前に教えてもらわねーといけねぇのに、これ以上手習い止まると、出来た事全部忘れちまうよ。」

殊勝に呟くジーノのこんな姿は初めて目にしたが、それでもシリルは眉一つ動く事無くベッドに横たわったままだ。

三日経っても、何の変化も反応も見られず、私はそろそろ己の心が限界に近付いている気がした。
そんな、時だった。

「ヒブリス・ヴァルトシュタイン侯爵に……手紙を出そうと思う。」

午後の麗かな昼下がり、窓から差し込む優しい日差しを背に受け、シリルが好きそうな天気なのにな。と何の気なしに考えていたら、向かい側からテオが急にぼそりと口を開いた。

「ヴァルトシュタイン侯爵に?何でまた……」
「話しただろ?魔力を解放されて渦巻いていたから、シリル様を見つけられたって。医者も特に大きな外傷は見られないって言ってたんだ。なら、シリル様がなかなか目を覚まされない原因は、外からの衝撃とかじゃなくて、無茶な魔力の放出だったんじゃないかって気がして。」

虚ろな目をしていた私とは違い、テオの表情には強く確信しているのが見て取れた。

「……そうか。前に侯爵に魔力を渡した時も、反動でしばらく目を覚まさなかったから!」
「あぁ。魔術を使い慣れている侯爵と違って、普段ほとんど魔術を使われないシリル様が急にあんな膨大な量の魔力を放たれたので……もしかしたら、なかなか目を覚まされないこの状態は、その所為かもしれない。侯爵ならその辺、何かご存知かもしれないと思うんだ。」

その話を私の隣で聞いていた殿下は、バッと立ち上がる。

「なるほどな。……よし!俺の名前で速達で出そう。テオ、来てくれ。」
「はい!」

強く頷いたテオは、殿下に促されて共に部屋を後にした。
去り際、殿下は振り返り、この部屋に残る私に向かって励ます様に言ってくれた。

「可能性はあるぞ。あの侯爵なら、何か対処法を知っているはずだ!」

と。
それに私もしっかりと頷いて、その後姿を見送った。
そして、眠るシリルに話しかける。

「ソコに頭が回らなかった……。シリル、待ってて下さい。必ず、貴方を救ってみせますからね。」

あのヴァルトシュタイン侯爵なら或いは…。
真っ暗な暗闇の中で見つけた一縷の望みに、私は気持ちを持ち直し、傍らで眠るシリルの手を握り訴えた。
必ず、元の元気な貴方を取り戻して見せるから、と。

そうして気を持ち直した次の日。

「……国王陛下!」

この日も、テオと二人でただただシリルを傍らから見守っていた時だった。
扉の向こうがにわかにざわついているのに気付いて、テオが重い腰を上げ、扉を開けて見に行ったら。
彼の驚いた声が耳に入った。

その彼の言葉に私もビックリして顔を上げたら。
扉の前にはアデリート国王が立っておられて。
急いで立ち上がって礼をとろうとしたら。

「そのままで良い。」

そう一言口にされ、さっきまでテオが座っていた私の向かいの椅子に腰かけられ、シリルの額にそっと触れた後、じっと彼の顔を見つめられ、やがてその手を自身の膝の上に戻される。

「父上。」

陛下の後からやって来たのは、ロレンツォ殿下だった。
殿下は思いもよらぬ人物の来訪に驚いた顔で突っ立っていたが、父王に促されて入室され、私の横に腰かけられた。

「クレイン卿はまだ目覚めないのか。」

呟く様に口にされ、私は口を開いて良いのか一瞬迷ったが、此方に視線を向けて来られた為、コクリと頷いた。

「……はい。」
「彼は、余の娘を助けてくれた。前に余の話を聞いてくれた事もあった。……感謝しているのだ。安心しなさい、そなたを害したあの者は、きちんと始末をつけた。」
「なっ…?!陛下、まさかっ」

ポツリと呟く陛下の言葉を耳にして、急に血相を変えて椅子から立ち上がったのはロレンツォ殿下だ。

「お前も概要は知っているな?……今回の件の首謀者で脱走犯のマルシオ・モラティーノス。奴への調べは完全についた。二度とこのような事は起こさせぬ様、奴は内々に始末した。」

無表情で述べられるその内容は、淡々と口にされる様な事態ではない。
だが、そんな事でも動じず口にされるのは、一国の国王としての覚悟から来る苛烈さだった。

事の全容が明らかとなり、許されざる罪を重ねに重ねたマルシオは、密かに処刑されたのだ。
しかし、その事を告げられたロレンツォ殿下は、立ち上がったまま父王を非難され出した。

「何を勝手にっ!んな簡単に処刑して済ましちまうなんて。生ぬるい!もっと拷問してでも、シリルをこんな目に追いやる程痛めつけた事を、奴に身に沁みて後悔させてやるべきだったのにっ!」

自身の父親とは言え、一国の国王に口汚く歯向かって。
ロレンツォ殿下の烈火の如く憤慨する様に、処刑を断行した王ですら目を見張り驚く様子を見せられる。

「ロレン!何だその口の利き方は!いくら何でも己を弁えろ!」
「ヴァレン兄上…っ」
「陛下、愚弟が失礼致しました。コイツは正気じゃなかっただけなんです。キチンと言い聞かせますので、どうかご容赦下さいませ。……おい、ロレン!こっちへ来いっ!!」

静かな筈の狭い部屋から響いて来た罵声に気付き、飛び込んで来られたヴァレンティーノ王太子殿下は、異母弟のロレンツォ殿下を厳しく叱責され、その手首を乱暴に掴み、ぐいぐいと部屋の外へと引っ張って行ってしまった。
息子に暴言を吐かれた国王陛下は、不快感を滲ませる事は無く、ただ息子二人のやり取りを唖然とした顔で見つめるのみで何も言及されなかったが。

いくら親子とは言え、侍従もぞろぞろと付き従えておられていた国王陛下に相対して、信じられない様な暴言を吐いたロレンツォ殿下は、長兄の王太子殿下にこっぴどく叱られたらしいが。
私はと言えば。
ロレンツォ殿下の口にされた言葉が耳にこびり付いたまま、その胸中で更に昏い怨念が渦巻いていたのだった。
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