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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

22話 喧嘩

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サフィルとロレンツォ殿下にジーノ、テオの5人で久しぶりに共に夕食をしている。
来週の式典を前に、ようやく殿下達に合流して久々に供をする事になり。
夕暮れ過ぎの遅い時間まで港の周囲をくまなく確認して回っていたからだ。

なんでも、先日郊外の収監所に護送中の囚人共の一部が、警護の隙を見て脱走するという事態に陥ったのだ。
その為、王都の騎士団の一部も捜索と周辺警備の強化に駆り出され、城下はなかなかに大変らしい。
サフィルの兄のランベルトさんも警備の臨時勤務をさせられているらしく、街中で出会った際に少々の愚痴と、僕らにも十分気を付ける様にと注意を受けた。
警備は専門分野の騎士達に任せ、僕達は表の街中の人々と話を交わしながら、市井の人々が不安がったり、何か怪しい所は無いか聞いて回ったり。
かっちりと武装した騎士達には気軽に声を掛けられないだろうから、市場で買い物をしたりしながら暇つぶしの様に話し掛けたが。
僕らが回った限りでは、人々の暮らしに特に大きな変化は無く、顔なじみになった屋台の人達らは、皆近々開催される式典の話で楽しそうに盛り上がっていた。

そうして、一日中街を歩き回って夕食時を逃した僕達は、殿下の自室で仕事の話の傍ら遅めの夕食を共にする事となったのだが。
昼間の話を一通り終えると、急に静まり返ってしまった。

「……。」
「シリル、まだ怒ってるんですか?」
「べ、別に怒ってない!」
「私が悪かったですから、機嫌直して?」
「だから怒ってないってば!」

食事中、皆でなんとなしに雑談をしながらも全く視線を寄越さない僕に観念したのか、様子を伺い見て来るサフィル。
他の3人は、しばらく僕らの成り行きを見守っていたが。
僕が口を開く度に、首筋に貼ったガーゼに目線を向けられて、自然とその布の下の痕に嫌でも意識せざるを得ず。
サフィルは今朝方のやらかしを謝って来てはくれるが、僕は思わず刺々しい反応しかしないでいると。

「……シリル、お前の気持ちも分からんでもねーけど、サフィルも反省してるみてーだし、もうそろそろ許してやれよ。」
「何の事言ってるんですか?僕はだからっ」
「そうですよ、殿下。サフィルのその程度の謝罪など、反省が全然足りておりません。まぁ毎度毎度盛りのついた獣みたいに…」
「テオ!馬鹿っ!!お前はもう黙って!」

僕の態度に呆れるロレンツォ殿下だったが、窘められるその僕に対して、テオは擁護しようとして口を開いたが。
いくら慣れ親しい間柄の者だけしか此処には居ないにしても、なんて事言うんだ!
即座にテオの言葉を切ると、今度はジーノがぼそりと呟いた。

「さらに燃料投下してどーすんだよ。……ま、痴話喧嘩もたまにはいい薬になるんじゃねーの?それだけ相手に気を遣い過ぎてないって証拠だし。」

らしくもない彼の言葉に僕は驚いたが、それは主の殿下も同じだった。

「お。そんな事お前が言うなんて珍しいな。」
「……ジーノは最近、シリルに文字を教えてもらっているから、余計に彼の肩を持つんですよ。」
「へー、そうだったんか。」
「!バッカ野郎!勝手にばらすんじゃねーよ!!」

サフィルに文字の勉強をしている事を明かされてしまって、ジーノは声を大きくして怒りを滲ませた。
それに僕も同調する。

「せっかく綺麗な文章を披露して、殿下を驚かそうと頑張ってたのに、どうして言っちゃうのさ。」
「……え、そんな約束してたんですか?」
「してないけど……なんとなく。ジーノ頑張ってたから。それなのにっ」

ジーノと僕は二人してサフィルの事を少し非難めいた目でねめつけると、彼は軽く呻いて項垂れた。
しかし。

「…………そうとは知らず、ごめんなさい。でもシリル、最近私の事あんまり構ってくれなくないですか?」
「?」
「ジーノの事だけでなく、王女様方に次々とお茶を誘われては行ってしまわれるし…」
「断れるわけないでしょ?なんなら、サフィルと一緒に行きたいくらいだったけど、そういう訳にもいかないし。」
「……っ」

しょんぼりしながらも少し恨みがましく見つめて来るサフィルに、僕はついムッとして言い返した言葉は、殊の外冷たいものになってしまう。
しまった。とも思ったが。
それを聞いたサフィルは、グッと顔を顰めた。
傷付いた顔をして俯いてしまったサフィルを目にして、僕は自分が思っていた以上に彼を悲しませてしまった事にようやく気付くも。
しかし、口にした言葉もまた、事実である。

「シリル、無理に妹達(あいつら)の誘いを全部受けなくても良いんだぞ。誘えば応じてくれるお前に甘えてるだけなんだから、適当に断っていいって。……ここんとこ、用事が立て込んでたから、お互い色々鬱憤を溜め込んでんだろ。後は、エミ兄の式典が済めば予定の行事は終わるから、やっと屋敷へ戻れるし、そしたら二人でまたゆっくり過ごせよ。な?」
「……はい。」
「ジーノもさ。屋敷戻ったら、特訓した成果見せてくれよ!楽しみにしてるからさ。」
「!……わ、分かりました。」

隠れて頑張っていた事をバラされてしまったのは残念だったが、楽しみにしていると殿下に言われ、ジーノはパッと目を輝かせた。
ジーノがそれで良いのなら、これ以上僕がとやかく言う幕は無いのだろう。

それに引き換え僕はと言えば……。
隣でしょげるサフィルの手にそっと触れ、その顔を覗き込んだ。

「寂しい思いをさせてごめんね。」
「私こそ、ごめんなさい。シリルは周囲に慣れようと一生懸命頑張っておられるだけだったのに。私が愚かでした。」
「ううん。ひと段落着いたらさ、また二人で色々遊びに行ったり、のんびり過ごしたりしよう。」
「えぇ。」

やっと表情を和らげる事が出来た僕は、心から安堵したサフィルの笑顔を見て、素直に笑う事が出来た。
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