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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする
14話 溶かして
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「ですが、表立っては庇えずとも、裏で手を回して支えておられましたよね?陛下は。それがコルネリオさんの存在だと思ったのですが、違いますか?」
「そんなもの、手を回すと言える程のものではない。怒り狂うユリアナの目を誤魔化せる支えなど、ほぼほぼ無いに等しかった。腫れ物に触る様に近付かない事が、ベルティーナとロレンツォを守ってやる、殆ど唯一の手段だった。」
その苦しみを、苦労を、他の妃様方もご存じだから、助けたくても助けられなかった。
それを、ベルティーナ様もご存じだったから、誰にも助けを求めず、ただひたすら息を殺して、この王宮内で過ごして来たのか。
「ベルティーナ様は賢い御方です。状況が許さなかったのは、重々承知だったのでしょう。けれど、その母君の苦しみを間近で見続けて来たロレンツォ殿下は……頭では分かっていたとしても、割り切れない、やり切れない思いがあるのかもしれません。」
「……。」
「表立った目に見える支援を受けられず、周囲からずっと虐げられてきたと聞いているので、殿下はその反動で名だたる貴族達を目の敵にして反目してしまっているくらいです。陛下に心を開くのも、そう簡単にはいかないでしょう。」
こんな言い方、本当はどれほどに不敬な事か。
一つ間違うと、殿下の立場を更に悪くしてしまいかねない。
けれど、アデリート王は仰ったのだ。
殿下の事を、教えて欲しいと。
……ならば。
「陛下にはこの国を、王宮をまとめていかれる上で、多大なご苦労がおありだった事を御自らお教え下さり、大変によく理解する事が出来ました。しかし、僕はロレンツォ殿下の側近である以上、どうしても殿下や側妃様のお立場から口にせざるを得ません。……殿下は、陛下がご苦労なされて束ねられている貴族方を平気で目の敵にする程度には、彼らに強く不信感を抱かれておいでです。幼い頃の辛く苦しい思い出は、恐らく陛下のご想像以上にロレンツォ殿下のお心を傷付け、その矜持も酷く傷つけられた事でしょう。陛下から顧みられないご自身のお母君を目にして育たれたのですから、尚の事。お二人の閉ざされた心を開くのは、そう簡単な事ではないでしょう。それでも、その心を、開いて欲しいとお望みですか。」
「悪かったとは思っている。自分が至らなかった事も。時間が掛かっても、少しずつでもその心を溶かしていきたいのだ。」
「重ねて申し訳ありませんが、僕は、真の意味で陛下の側に立つ事は出来ません。ですが、少しでもお互いの距離が縮まって下さる事が出来れば…と願わずにはいられません。どうか、少しでもお二人を慈しむ心をお持ちならば、ゆっくりと時間をかけて接して差し上げて下さい。焦りは禁物だと思います。」
「……話を聞いてもらえただけで、少し気が軽くなった。夜分にすまなかったな。礼を言う、クレイン卿。」
フッと笑みを浮かべた国王は。
彼女の部屋の前でお見かけした時と同じ、憂いを帯びたままではあったが。
それでも、少し。
ほんの少しだけ、纏う空気が柔らかくなった気がする。
僕は深々と礼をして、静かにその場を失礼したのだった。
「……ふぅ。」
自身が滞在している棟に戻って来て、僕はようやく溜まっていた息を吐き出した。
「急に驚きましたね。」
「本当だよ。……でも、前に此処でお見かけしたのも幻なんかじゃなかったんだね。陛下は本当にベルティーナ様にお会いになりに来られていたんだ……。」
「王様でも、何でも出来る訳じゃないんですね~。」
「そうだね。一番権力を欲しいままに出来る存在なのに、一番縛りが多いんだろうね。」
シンと静まり返った寂れた棟の廊下を歩きながら、僕はテオとさっきの事を思い返しつつ、ようやく口を開くことが出来た。
「陛下も大変だったんだろうけど、きっとユリアナ様も……寂しかったんじゃないかなぁ。」
「その王太后は、今はどうなされているのですか?この王宮でお姿を拝見した事はございませんが……。」
「もう何年も前にお亡くなりになられたよ。ああいう経緯もあって、ヴァシリスとは微妙な関係性だったんだろう。もしかすると、その関係性を修復しようとして……カサンドラ第1側妃様のお父君であるセベリアノ・アラゴン侯爵は、失敗してしまわれたのかな……。」
「だから、先代からのヴァシリスとの関係よりも、学生時代を共に過ごされた事もあって、今ではよりエウリルスとの仲を重視なされていらっしゃるのですね。」
テオの言葉に、コクリと頷く。
「……そうだ。エウリルスと言えば、もうすぐ使者が来るみたいだよ。」
「使者ですか?どうしてまた…」
「さぁ…。何かあったのかなぁ………って。」
二人で喋りもって歩いていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえて来る。
どうしたのかと顔を見合わせていると、音がこちらに近付いて来て。
「————シリルッ!」
「…!サフィル。って、ぅわっ!」
足音の主はサフィルだった。
暗がりから飛び出して来た彼に気付いた途端、がばっと強く抱きしめられた。
「何処行ってらしたんですか?!なかなか戻って来ないから、心配になって殿下のお部屋へ行ったら、貴方は来ていないと言われるし。何かあったのかと心配になって……!」
「あ、そうだった。すぐ戻るつもりが……ごめんサフィル。それが、意外な御方に捕まっちゃってさぁ……んむぅっ」
何も伝えずに、王の言われるがままに付いて行ってしまったから、全然戻って来ないのを心配して、サフィルはあちこち探し回ったようだ。
やっと見つけて、安心したのは分かるけど。
僕の説明もそこそこに、彼ってば、喰らい付く様な勢いでキスをして来て。
「ん、んぁっ」
舌を吸い上げられて、背中にゾクリと走る快感にくらりとなりかけて、ようやく解放してくれた。
「…ふぁっ…は、も、もう…サフィルってば、こんなトコでぇ……って、わぁ!」
いくら夜も更けて、灯も少ない暗がりの中とはいえ。
誰が通るか分からない城の廊下で、キスの不意打ちを受けて。
抗議しようと声を上げた僕の体を、サフィルはひょいと横抱きに抱え上げてしまい。
「本当に心配したんですから。もう離しませんよ。」
「わ、分かったよぉ。………テオ、付き合わせてごめんね。おやすみ。……ひゃっ?!ちょっと!これ以上は怒るよ?!」
「えぇー。」
「えぇー、じゃないから!」
呆れるテオに見送られながら、僕はサフィルの腕の中でされるがままに啄まれ、ようやく自室へと戻って来たのだった。
「そんなもの、手を回すと言える程のものではない。怒り狂うユリアナの目を誤魔化せる支えなど、ほぼほぼ無いに等しかった。腫れ物に触る様に近付かない事が、ベルティーナとロレンツォを守ってやる、殆ど唯一の手段だった。」
その苦しみを、苦労を、他の妃様方もご存じだから、助けたくても助けられなかった。
それを、ベルティーナ様もご存じだったから、誰にも助けを求めず、ただひたすら息を殺して、この王宮内で過ごして来たのか。
「ベルティーナ様は賢い御方です。状況が許さなかったのは、重々承知だったのでしょう。けれど、その母君の苦しみを間近で見続けて来たロレンツォ殿下は……頭では分かっていたとしても、割り切れない、やり切れない思いがあるのかもしれません。」
「……。」
「表立った目に見える支援を受けられず、周囲からずっと虐げられてきたと聞いているので、殿下はその反動で名だたる貴族達を目の敵にして反目してしまっているくらいです。陛下に心を開くのも、そう簡単にはいかないでしょう。」
こんな言い方、本当はどれほどに不敬な事か。
一つ間違うと、殿下の立場を更に悪くしてしまいかねない。
けれど、アデリート王は仰ったのだ。
殿下の事を、教えて欲しいと。
……ならば。
「陛下にはこの国を、王宮をまとめていかれる上で、多大なご苦労がおありだった事を御自らお教え下さり、大変によく理解する事が出来ました。しかし、僕はロレンツォ殿下の側近である以上、どうしても殿下や側妃様のお立場から口にせざるを得ません。……殿下は、陛下がご苦労なされて束ねられている貴族方を平気で目の敵にする程度には、彼らに強く不信感を抱かれておいでです。幼い頃の辛く苦しい思い出は、恐らく陛下のご想像以上にロレンツォ殿下のお心を傷付け、その矜持も酷く傷つけられた事でしょう。陛下から顧みられないご自身のお母君を目にして育たれたのですから、尚の事。お二人の閉ざされた心を開くのは、そう簡単な事ではないでしょう。それでも、その心を、開いて欲しいとお望みですか。」
「悪かったとは思っている。自分が至らなかった事も。時間が掛かっても、少しずつでもその心を溶かしていきたいのだ。」
「重ねて申し訳ありませんが、僕は、真の意味で陛下の側に立つ事は出来ません。ですが、少しでもお互いの距離が縮まって下さる事が出来れば…と願わずにはいられません。どうか、少しでもお二人を慈しむ心をお持ちならば、ゆっくりと時間をかけて接して差し上げて下さい。焦りは禁物だと思います。」
「……話を聞いてもらえただけで、少し気が軽くなった。夜分にすまなかったな。礼を言う、クレイン卿。」
フッと笑みを浮かべた国王は。
彼女の部屋の前でお見かけした時と同じ、憂いを帯びたままではあったが。
それでも、少し。
ほんの少しだけ、纏う空気が柔らかくなった気がする。
僕は深々と礼をして、静かにその場を失礼したのだった。
「……ふぅ。」
自身が滞在している棟に戻って来て、僕はようやく溜まっていた息を吐き出した。
「急に驚きましたね。」
「本当だよ。……でも、前に此処でお見かけしたのも幻なんかじゃなかったんだね。陛下は本当にベルティーナ様にお会いになりに来られていたんだ……。」
「王様でも、何でも出来る訳じゃないんですね~。」
「そうだね。一番権力を欲しいままに出来る存在なのに、一番縛りが多いんだろうね。」
シンと静まり返った寂れた棟の廊下を歩きながら、僕はテオとさっきの事を思い返しつつ、ようやく口を開くことが出来た。
「陛下も大変だったんだろうけど、きっとユリアナ様も……寂しかったんじゃないかなぁ。」
「その王太后は、今はどうなされているのですか?この王宮でお姿を拝見した事はございませんが……。」
「もう何年も前にお亡くなりになられたよ。ああいう経緯もあって、ヴァシリスとは微妙な関係性だったんだろう。もしかすると、その関係性を修復しようとして……カサンドラ第1側妃様のお父君であるセベリアノ・アラゴン侯爵は、失敗してしまわれたのかな……。」
「だから、先代からのヴァシリスとの関係よりも、学生時代を共に過ごされた事もあって、今ではよりエウリルスとの仲を重視なされていらっしゃるのですね。」
テオの言葉に、コクリと頷く。
「……そうだ。エウリルスと言えば、もうすぐ使者が来るみたいだよ。」
「使者ですか?どうしてまた…」
「さぁ…。何かあったのかなぁ………って。」
二人で喋りもって歩いていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえて来る。
どうしたのかと顔を見合わせていると、音がこちらに近付いて来て。
「————シリルッ!」
「…!サフィル。って、ぅわっ!」
足音の主はサフィルだった。
暗がりから飛び出して来た彼に気付いた途端、がばっと強く抱きしめられた。
「何処行ってらしたんですか?!なかなか戻って来ないから、心配になって殿下のお部屋へ行ったら、貴方は来ていないと言われるし。何かあったのかと心配になって……!」
「あ、そうだった。すぐ戻るつもりが……ごめんサフィル。それが、意外な御方に捕まっちゃってさぁ……んむぅっ」
何も伝えずに、王の言われるがままに付いて行ってしまったから、全然戻って来ないのを心配して、サフィルはあちこち探し回ったようだ。
やっと見つけて、安心したのは分かるけど。
僕の説明もそこそこに、彼ってば、喰らい付く様な勢いでキスをして来て。
「ん、んぁっ」
舌を吸い上げられて、背中にゾクリと走る快感にくらりとなりかけて、ようやく解放してくれた。
「…ふぁっ…は、も、もう…サフィルってば、こんなトコでぇ……って、わぁ!」
いくら夜も更けて、灯も少ない暗がりの中とはいえ。
誰が通るか分からない城の廊下で、キスの不意打ちを受けて。
抗議しようと声を上げた僕の体を、サフィルはひょいと横抱きに抱え上げてしまい。
「本当に心配したんですから。もう離しませんよ。」
「わ、分かったよぉ。………テオ、付き合わせてごめんね。おやすみ。……ひゃっ?!ちょっと!これ以上は怒るよ?!」
「えぇー。」
「えぇー、じゃないから!」
呆れるテオに見送られながら、僕はサフィルの腕の中でされるがままに啄まれ、ようやく自室へと戻って来たのだった。
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