全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

11話 来訪者

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ここしばらく詰めていた財務報告書の最終確認と王太子殿下の承認作業を終え、国王陛下へ提出される運びとなった。
特に大きな問題もなく決裁がなされたそうで、一部分とは言え関わったこちらとしても一安心だ。
ヴァレンティーノ王太子からは手伝いに対するお礼を言われ、昼食を共にしたロレンツォ殿下は素直に喜んでいた。
が、しかし。
晩餐を終えて自室に戻って来られたのを待機していた僕とサフィルが出迎えた時には、すっかりご機嫌斜めの顔になっておられた。

「あのぉ…晩餐お疲れ様でした。……何かあったんですか?」

オロオロしながら上目遣いで伺ってみると、殿下は不機嫌な顔のまま、コクリと頷きソファーへ腰を下ろした。
隣にソフィア様もそっと座られる。

「何かも何もっ!あ“ぁ~~~~イライラするっ!俺はヴァレン兄の為に頑張ったんであって、クソ親父の為じゃねーし!アイツに褒められても何も嬉しくもねぇ……只々イラつく。」
「ロレン様ったら……。王太子殿下のヴァレンティーノ様とは仲良いのに、王様の事は本当に苦手ですよね。」
「苦手じゃなくて嫌いなんだ。無理。とにかく無理。」
「徹底してますよね…。」

嫌過ぎて虫唾が走る!とばかりに嫌な顔をする殿下の反応に、サフィルが呆れた声で呟いた。

「そ、そんなに駄目なんですか……。」
「さっきのお食事会の際に、先日までご苦労なされていた財務報告書の件で、陛下がヴァレンティーノ様と共に補佐をなさったロレン様にも労いのお言葉を下さったのですが……。それからずっとこの調子なんです。」
「え“…っ。まさか、殿下……国王陛下の前でもいつもの調子で喧嘩腰になったりされてないですよね……?!」

少々困った顔で、さっきの家族内での食事の様子を教えてくれるソフィア様の話を聞いて、僕は顔色を変えたが、殿下は。

「そうしてやりたいのはやまやまだったが、流石にしねぇよ…俺だって。」
「でも、慇懃無礼ともとられかねない程度には、なかなかの態度でしたわね。ちょっとヒヤヒヤしました。」
「結構我慢したんだぞ。」
「せっかく陛下が褒めて下さったのに。」

全くもう…。とソフィア様は溜息をつかれた。
自分の我慢した努力を認めてもらえない殿下は、少し不満そうな表情を見せるが。
対するソフィア様は、全然分かっていない夫に呆れるしかない。

話題は移り、いつベルティーナ様に新居においでいただこうかという話で盛り上がっている。
夫婦で談笑を楽しまれるお二人に失礼して、僕らは部屋を退室した。
いつもあんな感じなんですよ。と苦笑するサフィルに、そっかぁ。と苦笑で返して。
自室に戻り、お風呂の準備をしてくれるサフィルに礼を言い、僕らの部屋を失礼しようとしてくれるテオを見送ろうとして、殿下達の部屋に忘れ物をしたのを思い出した。

「あ、ハンカチ忘れた。」
「あぁ、そう言えばお茶むせてたサフィルに貸してらっしゃいましたね。」
「そう。シミにならない様に水洗いしたんだけど、流しに置いたままだった。」
「取って参りましょうか。」

僕のうっかりに、テオが親切に言ってくれたけれど。

「いいよ。すぐそこだし、テオはもう休んでくれていいから。」
「ご一緒しますよ。」
「そお?ありがと。……サフィル!殿下の部屋に忘れ物したから取って来るねー。」
「え?あ、はい。暗いので足下にお気を付けて…」
「はーい!」

サフィルの声を背中で聞きながら、僕は殿下の部屋へと踵を返した。
殿下の部屋へ戻る傍ら、さっきの話を思い出しつつ、その憤りの元凶である、彼の父王の事に考えを巡らせる。

僕自身の目から見るアデリート王は、どの妃にも子供達にも、あまり分け隔てなく出来る限り公平に接しておられる様に見受けられる。
家格による差異は否めないが、それは当然の範疇であって、その程度は大きく逸脱していない。
自分の好みだけでその差異を無視して優劣を付ければ、周囲から反感を買うのは当然で、いくら国の頂点におられる王と言えど、王室の管理が実に難しくなってしまう。
その点、アデリート王は実に上手くやっておられる様に見えるのだ。
正妃、側妃の方々同士での諍いも殆ど耳にした事が無いし、それぞれのお子である王子王女様方は皆それぞれに仲が良い。
これもひとえに王の公正さが故なのだろう。

多分、嫌われていると認識しているであろうロレンツォ殿下の事も、褒めるべき点はきちんと褒めておられるのだから。
当の本人は喜ぶどころか反発しかしておられないのが、残念なところだが。

(それに……)

先日、ベルティーナ様のお部屋の前で見かけた陛下は、何か迷っていらっしゃった。
本当は、側妃様にお会いしたかったのではないだろうか。
でも……。

「あ。」

噂をすればなんとやら……ではないが。
ロレンツォ殿下の部屋の前まで来た所で気付いた。
隣のベルティーナ様のお部屋の前に、またいらっしゃったのだ……アデリート王が。

思わず声を出してしまった僕に気付かない筈も無く。
端正な顔立ちの国王が、揺らめく蝋燭の火に照らされて、こちらに視線を向けられた。

「そなたは……」
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう……。ロレンツォ第5王子殿下の側近に召し上げられました、シリル・クレインです。」
「あぁ、本当だ。礼はよい、楽にしなさい。」
「ありがとうございます。」

暗がりで見え辛かったのだろうが、蝋燭の火を向け、僕の名乗りに顔を確認すると、陛下はフッと表情を緩められた。
昼間のかっちりした服装ではなく、柔らかい生地の服を軽く着崩しておられる。
それでも、王としての威厳は健在だ。

「陛下、もしかして……ベルティーナ第4側妃様に何か御用でしょうか?宜しければ、僕がお声掛けして参りましょうか?」

陛下と前の扉を見比べながら、恐る恐る尋ねてみると。
陛下は一度首を縦に振りかけて動きを止め、溜息をついてから軽く横に振ったのだった。

「……いや、よい。もう休んでいるかもしれんしな。————それよりも、クレイン卿。どうだろうか、少し余の話し相手になってくれまいか。」
「………僕などで宜しいので?」
「あぁ…。」

言葉少なに頷くと、王は扉の前から踵を返し、自身の部屋へと足を向けた。
僕は後ろのテオと顔を見合わせたが、王の命とあらば、断る訳にはいかない。
陛下の後へと無言で続くお付の侍従達の後ろに付いて行ったのだった。
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