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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

10話 ありませんよ、そんなもの

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「はぁぁぁっ。思い出せば出す程ムカつくな、アイツら…。」

燻ったままのわだかまりを大きい溜息と共に吐き出した殿下は、戻って来た自室のソファーへどっかりと腰を下ろした。
隣にそっと座ったソフィア様と肩が触れると、殿下はきちんと座り直される。
彼女の向かいに座ったサフィルの隣に、僕も同じく腰を下ろした。

「まぁ、怒りに任せて暴れ出されなかっただけ良かったですよ、殿下。」
「もう戻ろうって言ったのは、その為か?」

少し呆れた声で口にする僕に、訝しい目で見てきた殿下だったが。
隣で苦笑するソフィア様を目にし、彼女も意図を理解していたと知り、ムッとした顔をされる。

「止めんなよ。あんな、下らない事しか言わねぇ奴らをのさばらせたままにする訳にはいかねぇだろ!」
「すぐそうやってカッカして……。姫様に言われた事、もうお忘れですか?あの場はイネス王女殿下のお誕生日パーティーなんですよ。あそこで問題を起こせば、イネス様の面目を潰す事になってしまうでしょう?2回も立て続けにやらかせば、流石の姫様も、もう口をきいて下さらなくなりますよ?」
「~~~~!けどなぁ…っ」
「暴れるのは良くないですが、でも、私も許せません。殿下は自業自得だからともかく、シリルの事をあんな……失礼なっ!」

沸々と湧き上がる怒りをなんとか鎮めようと、努めて穏やかな声音で話す僕の横から、サフィルが身を乗り出して来た。

「アハハ…。大丈夫だよ……社交界なんて、面白いスキャンダルを上品ぶって笑って楽しんでる所だって分かってるからさ。みんな話題に飢えているんだねぇ……。その内違う話題が出て来れば、すぐに飽きられるだろうから、一時の辛抱さ。せいぜい、悪く言われない様に気を付けるから、あんまり気にしない方が良いよ。」
「そうかもしれませんが…。」
「そうかも、じゃねぇよサフィル!シリルがナメられたままで良いのか?!もっとバシッと言ってやらねぇと、あぁいう奴らはどんどん付け上がるってもんだ!」

僕の言葉に言い淀むサフィルだったのに、殿下はと言えば、納得するどころか余計に煽って来る。
常にこんな喧嘩腰じゃ、そりゃ、煙たがられるってもんだよ……。

「…はぁ。殿下、心配して下さるのは有難いですが、問題を起こさないで下さいって。かえって悪目立ちして、逆効果なんですからね、ソレ…。」

「だぁーっ!!シリル、お前は悔しくないのか?プライドは無いのかよ?!」

鈍い反応しかしない僕に対して、ロレンツォ殿下は遂にしびれを切らした様に声を上げるが。
対する僕はといえば。

「ありませんよ、そんなモノ。」

さも当然の様に冷めた声音でしれっと返す。
するとその瞬間、この場の空気が固まった。
皆ビックリした顔をしてこちらを見て来る。
背後のテオだけが何とも言えない顔をしているのが、なんとなく察せられた。

なんか噛み合わないなと思いつつも、ここまで温度差がある事に驚いている殿下は、信じられないものでも見る様な顔で問うて来る。

「え“。ちょ、おま……。そんな訳ないだろうっ?!エウリルスの由緒ある公爵家のご令息じゃねーか、お前は!」
「ご存知かとは思いますが、僕はそれまで頑なに引き篭もってて、散々外野からとやかく言われ続けたんです。貴方だってそうだったんでしょう?」

サフィル曰くだけど、直接知り合うまでは僕の事を個人的に気に喰わなかったのか、“いけ好かない”と言っていたらしいし。
それに、超の付く程の箱入りだったのに、エウリルス王立学院に通う時になってようやく観念して出て来た、良いご身分のお坊ちゃまだな~。と皮肉っていたのも知っている。

……まぁ、その通りだし。

ズバリ言う僕に、ソフィア様は少し呆れた顔で殿下を見やり。
サフィルはじとぉ~っとした目で殿下をねめつけて。
多分、テオも冷たい視線を送っているのだろう。
そんな視線を受けた殿下は、う“っ。と言葉を詰まらせている。
普段、威勢が良過ぎる分、ちょっと立場がマズくなると案外すぐ怯むトコあるよね。

「今更少々の事を気にしたって何になります。言いたい者には好きなだけ言わせておけば宜しいのです。睨むくらいなら…まぁ仕方ないですが、安易な怒りの爆発では相手に幼稚だと見くびられるだけですって。それよりも、着実に実力を見せつけて、罵って来た者達を後悔させてやればいいじゃないですか。この前も言いましたが……可能でしょう?殿下でしたら。」
「それは……そのつもりだが……。やっと発言出来る機会が出来て来たのに、まだ我慢しないといけないのか……。」

膝の上に乗せた拳を握りしめて、殿下は落胆の声を出された。

そうか。
僕には今の殿下しか知らないけど、確か、幼い頃は今まで以上に露骨に嫌がらせや陰口を言われて、でも言い返す力も無かった。との事らしく。

「そっか……幼い頃はジーノとずっと耐えて来られたんでしたっけ。なるほど、ではですね……こんなのはどうです?」
「…?」
「怒りを吐き出す前にね、まずは一度、深呼吸をしてみて下さい。少し冷静になれますよ。それで考えるんです。コイツは自分にとって此処で怒りを見せるに値する存在かどうか…と。それで、自分にとって取るに足らない奴だったなら……殿下ならそうだなぁ~、鼻で嗤ってやればいいんじゃないですか?予想外の反応で、相手は呆気に取られてしまうでしょうから、『お前如きに言われてもなぁ。』って感じで一言だけ嫌味でも添えてやれば。絶対に!やり過ぎてはダメですよ。周囲から見て、『その程度言われても仕方ないよね。』って思わせられる程度に留めるのが大切です。そうしておけば、仮に根に持たれても、その程度の事で恨みを抱いた相手の方が悪く低レベルだ———って流れに持っていけますからね。」

これならどうでしょう?
コテンと首を傾げて伺ってみると。
目が合った殿下は、プッと噴き出してしまわれた。

「プッ!…アハハッ!!おっまえ、なかなか言うじゃん。社交界とか殆ど出た事無かった癖に、どうしてそんなに達観した考えが出来るんだよ。」
「多分、二度の死に戻りで……こうして三度目を生きて、色々見えやすくなったのかもしれないですね。」

一度目はシルヴィアとして、立派な王太子妃になるべく血のにじむ努力をして、たくさんの人と交流した経験がやはり大きい。
二度目は僕…シリルとして、今度は全く外には出ずに幼少期を過ごした事で、前世で擦り寄って来た者達が陰口を言っていたり、直接揶揄おうとして向かって来た事もあって、更に他者との交流を絶ってしまった。
三度目で……やっとそれでは何も出来ないのだと本当の意味で理解した。自分一人では生きていけない。色々な人達の助けがあって、今の自分があるのだと。

「なるほどなぁ……。」
「苦しい事もたくさんあったけど、今なら全部、決して無駄じゃなかったんだなぁ…って思います。でも、もう死に戻れないし、戻りたくないですからね。自分に出来る事を出来る限りの力で頑張りたい……それだけです。」

ニッコリと微笑む僕に、向かいの殿下だけでなく他の皆も、穏やかな笑みを返してくれたのだった。
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