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続編 開き直った公爵令息のやらかし

60話 誓いの指輪

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美しい衣装を身に纏い、いつになく格好良い彼に見つめられて、思った言葉も宙に浮いて。
ただただ見惚れてしまう僕に、サフィルは真剣な目で訴えて来た。

「シリル、どうか……来て欲しい。」

促されるまま、彼の手を取って馬車から降りたら。
目の前には小さな礼拝堂で。
決して豪奢ではないが、こじんまりとした可愛らしい佇まいに、祝祭なのか所々綺麗な花々が飾られている。

「……サフィル、これは……もしかして…。」

ドクンドクンと高鳴る鼓動を抑えて、彼に尋ねると、彼はへにゃりと眉を垂れ下げた。

「……貴方の夢を、私も叶えたくて。」
「…!」

そう言われてようやく、彼の意図を。
そして、今日の周囲の皆の行動の意味を理解した。

あの時の事……!


————それは。
ロレンツォ殿下とソフィア様の婚姻式を終えた日の夜に、触れ合う肌の心地よさに少し微睡みながら、式の話に興じていた時の事だった。

「素敵だったよね、ソフィア様。ようやく報われて良かった。」

感慨深く口にする僕に、頬に触れて来る彼は苦笑する。

「サフィルはまだ不満?」
「…妹は、昔から天真爛漫で、あんな難しい性格の殿下の相手なんて、心配でしかなかった。でも、あんなに嬉しそうなソフィアと殿下を見て…妹は幸せなんだなって認めるしかないですよね。」

観念した様に呟くサフィルに、僕は慰める様に彼の後頭部を撫でた。

「お兄ちゃんとしては複雑だよね。ましてや自分の上司だし。慣れだよ、もうこれは。」
「んー、確かに。」

今度は納得した様に笑ってくれる。
その反応に、僕はホッと胸を撫で下ろした。
だって、本当に幸せそうだったから……ソフィア様。
きっと、今までで一番輝く笑顔をしてらっしゃった。

「式も良かったよね。変な邪魔も入らず、恙なく済んで本当に良かった!」
「ふふ。貴方に褒められると、妹の事なのに自分事の様に嬉しく思ってしまいますよ。」
「だって、サフィルも準備すっごく頑張ってたじゃない。充分自分事だよ。あぁ、でも本当に素敵だったなぁ…お二人とも。」

うっとりとした顔で思い出す僕に、サフィルは優しく髪を撫でてくれる。
愛おしい人に触れられる悦びは、何ものにも代えがたい。
ましてや、それを祝福してもらえるのなら、その幸せは尚の事。

「なんかさぁ、つい考えちゃったよ。前世でさ、もしシルヴィアがユリウス殿下となんの問題も無く無事式を挙げられていたら…皆に祝福されて、あんな幸せを感じられたのかなって…。」
「シリル…。」
「今世はさ、クリスティーナ嬢と上手くいってらっしゃるから……それを邪魔する気も無いし、お二人には幸せになって頂きたいから良いんだけどさ…。どうしても考えちゃうんだよね。誰かから見たらただの式の一つに過ぎなくても、当人達にとっては、明らかに大切な事だよね。結婚は終わりじゃなく、新たな人生のスタートだけどさ、それを皆に祝ってもらえるって、なんて幸せな事なんだろうな。」

それは、叶う事の無かった、少女の儚い夢だった。

「シルヴィア様とユリウス殿下の婚姻なら、それこそエウリルス王国挙げてのお祝いとなったでしょうね。」
「それはそれで滅茶苦茶大変だったんだろうけどね。あのシルヴィアなら抜かりなくやり通しただろうけど、元引き篭もりの僕なら到底出来そうに無いや。社交界にも疎いし、上手く立ち回れないだろうな~。」
「なんだかんだ言って、シリルならいざとなればこなせそうですけどねぇ。」

悪戯っぽく言って来る彼に、僕はとんでもない!と苦笑した。

「僕はそんな大々的な目立つのは嫌だ~。やっぱり長年の引き篭もりの性ってのは、そう簡単には変えられないみたい。大きいトコより、こじんまりした……いっそ誰も居ない寂れた所で良いから、ひっそりとでも出来たら最高なんだろうなぁ。」
「何処かの礼拝堂でも借りて、二人だけで式を挙げましょうか?」
「はは、いいね~。あー、でもテオは祝ってくれるのかなぁ?」
「殿下は祝ってくれますよ、きっと。」

僕の冗談話に付き合ってくれるサフィルは、真面目に答えてくれる。

「殿下はダメだよ。王侯貴族のしきたりを破らせる様な真似はさせられないもの。僕が平民で、貴族の貴方と駆け落ちした先で、身分を隠して…とかなら、あるいは?ふふっ。」
「…やりましょうか?ソレ。」
「えぇ?!」
「貴方が望むなら、やらない選択肢は無い。」
「…冗談だよね?」

その気持ちは嬉しいけれど、ただの夢想でしかないのに。
彼の目は真剣そのものだ。

「場所を確保して、1日だけ駆け落ちして、式を挙げたらまた戻って来るとか。」
「あはは。せわしない挙式だねぇ!でもちょっと心惹かれちゃうな~なんて。いいよ、いいよぉ~式なんて。それだけが幸せじゃないからね……。気にしないで。お二人の式があんまりにも素敵だったから、ちょっと夢みちゃっただけだから……。」

荒唐無稽な夢。
僕の恋は、彼を愛する事は……本当は。
本来なら、許されざるもの。
平民ならばいざ知らず、責任ある貴族の行動からはかけ離れたものだから。
神様は許してくれたとしても、世間には認められないものだから。

これは、そんな愚かな僕が抱いてしまった、身の程をわきまえない……夢。
叶えるつもりはない。
ささやかな憧れだから———…。


「もしかして、あの時…喋ってた事……」
「……えぇ。黙っててすみません。話を聞いたら、居ても立っても居られなくて。準備してしまいました。」

優しく自分だけを見つめて来るアメジスト色の瞳に吸い込まれる。
僕を捉えて離さないその眼差しは、ただ切実に己に向けられて。

本当に?
いいのだろうか。
信じられずに落ち着かないが、驚きと嬉しさで胸が高鳴る。

愛しい彼に導かれるままに歩を進めると、前の礼拝堂の扉がパッと開かれた。
そして。

「……ロレンツォ殿下。ソフィア様。……リアーヌさん、クレアさんにモニカさんも…。」

中で待ってくれていたのは、僕らが良く見知った面々ばかり。

「……え。ベルティーナ様もですけど……ヴァレンティーノ王太子殿下まで……?!」

ほとんど王宮からお出にならない側妃様がこの場にいらっしゃるのもビックリだが、ヴァレンティーノ殿下までいらっしゃるのには驚きを隠せない。

「ハハハッ!ドッキリ大成功だな!な、アデル!」
「本当に。良かったー、これでロレンに借り作ったままにならずに済む~。」

悪戯が成功したと喜ぶ様に無邪気に笑う王太子殿下に言われ、その横で軽口を言って同じ様に笑っていたのは、王宮を去ってしまわれた第2王子殿下で。
先日のロレンツォ殿下とソフィア様の婚姻式と同じ様な修道士の礼服に身を包まれている。
祭壇の前に立つ彼は、天井から注ぐ光を浴びて、後光が差した様に見えて、神々しい。

柔和な笑みを向けられて、僕らは促される。
サフィルに導かれながら、共に前へと進み出ると。
事情を知ってくれている、ごくごく親しい人達だけに囲まれて。
ささやかながらも美しく、温かな雰囲気の中で、その式は執り行われた。

「病める時も健やかなる時も……共に手を取り合い、愛し、慈しむ事を誓いますか?」

誓いの言葉を問いかけられ、サフィルは優しいながらも強く決意を込めた眼差しを向けて来て。

「はい、誓います。」

澄んだ声で応えてくれる。
……もちろん、僕も。

「誓います。」

同じくらいの決意をもって、応えたら。

「では、これを。」

立会人を買って出て下さったアデル殿下は、その手にキラリと輝く石を二つ、差し出して来られた。

「これ……!」

そこに煌めいていたのは、美しいアメジストとサファイアが組み合わさった……指輪で。
あの日、あの店のショーケースの中で輝いていた、唯一見惚れてしまった、あの宝石だった。

「あの日、貴方が見惚れていらっしゃったのを目にして、どうしても欲しくて。それと、私が惚れ込んだ……貴方の瞳そのままの色を宿した石も。」
「サフィル……。」
「貴方に、私の全てを捧げます。どうか、いつまでも共に。」

そっと左手を取られ、彼と僕の瞳を閉じ込めた様な石が輝く指輪を薬指に通される。

「……っ!」

夢みたいだ。
信じられないくらい嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになる。
感動して、無言のまま彼を見つめると、そのアメジストを潤ませて、微笑んでくれる。
きっと僕も同じ様な顔で笑って。
そして、彼の左手を取り、その薬指に指輪をはめた。

そしたら、彼は満面の笑みになって。
頬にその両手で触れられて。
その触れた感触が温かくて。
これが、夢でなくて現実の出来事なのだと実感させてくれる。

その感慨に耽るのも束の間。
ぐいと顔を寄せられて、食む様なキスをされた。
その瞬間。

「わー!おめでとう!シリル、サフィル!」
「きゃー♡」
「素敵よー!お兄様!シリル様ぁ!」

まるで本物の婚姻式みたいに。
この場に来てくれた皆に祝福された。
お祝いの掛け声と鳴り止まない拍手が響き渡って。

ほんの少しでいい。
この地で知り合い、言葉を交わし、親交を深められた……親愛なる人達に囲まれて。
僕シリルとサフィルは互いにその存在を受け入れられた。
惜しみない賛辞をもって、祝福して貰えた。
……こんなに幸せな事はないんじゃないかな。

「……ありがとう。皆さん、本当に…ありがとうっ」

込み上げる熱い想いは涙で滲んで。
嬉しくて仕方がない。

「ありがとう、サフィル。————大好きだっ!!」

溢れる想いを言葉にして。
僕は最愛の彼、サフィルに飛びつく様にして抱き付いた。


この先、どんな事があったって、二人ならきっと乗り越えられると思える。
今日のこの日を絶対に忘れない。
辛く立ち止まる事があったって、僕らの事を祝ってくれた此処に居る人達の事を思い返して。
彼がその想いを形にして僕にくれた、この輝きと共に。
立ち向かって行ける筈だ。

貴方と、一緒なら————…。


~おしまい~
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