全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編 開き直った公爵令息のやらかし

58話 引越し

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「驚きましたよ、シリル様。あんな事を仰るなんて。」
「こんなおめでたい日に、方々には申し訳無かったけど、どうしても伝えておきたかったんだ。これが、僕の出来る精一杯の真摯な対応、かな…。」

後ろから小声で言って来るテオに、僕は苦笑してから、ポツリと呟いた。

今日のこの日まで、方々にお会いするまで。
どう説明し、どう対応するのが正しいのか、密かに悩んではいた。
けれど、正しさよりも、真摯な心で向き合う事。
それが一番大事だと思った。
世間が求める道理を実現出来そうにない僕は、真摯に向き合う、これしかない。

「シリル様は充分誠意をもって対応されていると思いますよ。」
「……そうかな。」
「貴方様を一番間近で見てきた俺が言うんです、間違いありません。」
「公正さに欠ける気もするけど、今は有難いや。」

悪戯っぽく笑う僕に、テオは本当ですって!と焦った様子で畳み掛けて来るのがおかしい。

「あ——…それにしても。何か未だに慣れません。シリル様があの人に“ランベルト卿”って呼んでるのが…」
「ハハッ!テオも“ランベルト卿”だもんねぇ。」

なんとも微妙な顔をするテオに、僕はつい噴き出してしまった。

「もう“サフィルの兄貴”で良くないですか?」
「えー、でもそれじゃあファウスティーノ様は?あの人もサフィルのお兄さんだよ?」
「そこはぁ“アルベリーニ子爵”でいいじゃないですか。……アルベリーニ卿って呼んだら、三人共振り向くかな。」
「お兄さんのお二人は確実に振り向くだろうね。でも、サフィルはもう名前で呼ばないと自分の事呼ばれてるって思わないんじゃない?」

まだクスクスと笑う僕に対して、テオは釈然としない顔をしている。
そんな彼の前に対面し直して、僕は彼の襟元を正した。

「まぁまぁ。機嫌直してよ、テオドール・ランベルト殿。僕にとって、テオはテオなんだからさ。……ソレ付けてくれて、ありがと。似合ってるよ。」
「ありがとうございます、シリル様。大切に致します。」

その胸元には、今日の式に合わせて先日あの店で注文して作った、剣をモチーフにしたブローチがキラリと光っている。
どんなデザインがいいか悩んだ末に、騎士の称号を持つ彼には、やはりそれを象徴するものがいいかと思い至った。
従者の彼にこっそり隠れて準備するのは大変だったが、サフィルに相談し付き添ってもらって、作ったものだ。

サフィルにも何か贈ってみたかったけど、あまり時間的猶予も無かった事と、それはまた今度……という事になってしまったから。
サフィルに贈るとしたら、どんな物がいいかな?
自分があまりこういった類の物に無頓着だから、いまいちピンと来ないや。
でも、そんな事を考えているだけでも楽しい。

その後、殿下達に呼ばれて、こちらは滅茶苦茶楽しく盛り上がっていた……というか、出来上がっていた。
でも、一番この婚姻に安堵できたのは他ならぬ殿下とベルティーナ様だろう。
ずっと心許ない立場で苦しい想いをされて来たお二人だ。
本当に良かった。

ようやく、それぞれ皆の苦労が報われるのだな。
幸せになって欲しい。

そうして、ロレンツォ殿下とソフィア様の婚姻式と披露宴は無事に幕を下ろした。


……それからしばらくは大変だった。
ロレンツォ殿下がソフィア様と無事に婚姻され、王宮を出る事になったからだ。
王都内に居を構えられるという事で、以前より新たな屋敷の準備は進んでいたが、僕は学園を卒業したばかりで詳細は把握しきれていないでいた。
引っ越しの準備やなんやらで、毎日がせわしなかったが。

殿下の計らいで、離れに僕らの部屋を作って下さり、王宮で使用していたのと同じ様な造りにしてくれたので、正直ちょっと恥ずかしいが使いやすい。
だって、またサフィルと同じ部屋で過ごせるんだし。
テオにも広めの部屋を用意して下さった殿下には感謝だ。

ベルティーナ様には寂しい思いをさせる事にはなるが、ソフィア様が。

「お許し頂ければ、またしょっちゅうここに顔を出させて頂いても宜しいですか?それに、ベルティーナ様も屋敷の方に是非いらして下さい。王宮に比べれば見劣りしてしまうでしょうが、それでも、殿下が細やかに心を配ってお建てになったお屋敷ですので、きっとお気に召して頂けるかと。」

そうして微笑む彼女に、嬉しそうに笑みを浮かべて頷かれておられた。

また、懐かしい顔ぶれと再会した。
殿下がエウリルス留学中の仮住まいでの屋敷にて、内の一切を取り仕切っていた面々が戻って来てくれたのだ。

「コルネリオ!久しぶりだな、元気にしていたか?!」
「殿下、またこの老いぼれに機会を下さるとは。宜しいのでしょうか?」
「もちろんだ。悪いがまたこれから頼むよ。お前はサフィル達の事情も知ってくれているし、口も堅い。これからはソフィアの事も頼まなきゃならない。是非、頼まれてくれ。」
「ご立派になられましたな。こんな私如きに、この様な大役……畏れ多いですが、誠心誠意努めさせて頂く所存です。」

深々と頭を下げる初老の執事に、殿下は満足そうに頷いていた。

そして、婚姻をしたロレンツォ殿下には陛下から所領を与えられた。
あの偽銀で荒稼ぎをしようと悪巧みを企てて結局お縄となり、お取り潰しとなってしまったトレント男爵家の元領地、西部の港町アレンツィだ。
領地の範囲は小さいが、それでも活気づいている港湾であるから、そのまま放ってはおけない。
恐らく、ヴァレンティーノ王太子殿下のお力添えに寄るところが多分にあったのだろうが、自身の領地も与えられて、これでようやくロレンツォ殿下もまともな扱いをされ、成年王族として認められた事だろう。

早速、主が変わったアレンツィの港町を上手く治めていかなくては。
殿下は意気揚々とやる気に満ちている。
僕も側近としてのお仕事、これから頑張っていかないと!
でも、まずはこの新しいお屋敷に慣れないとな…。

なんて、そんな新しい生活が始まったばかりのまだまだせわしないある日の事だった。
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