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続編 開き直った公爵令息のやらかし
55話 弱音を酔いに誤魔化して
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「この前ソフィアにプロポーズしたんだけどさ…」
「えぇ。ソフィア様…今が幸せ絶頂って感じで喜ばれてるじゃないですか。あれ……違うんですか?」
「いいや。今までで一番喜んでくれたさ。俺も嬉しい。受け入れてくれて。……でも、結婚を申し込んだ時、尋ねられたんだ。」
その日は二人でデートを楽しんだ後、街を一望できる丘に行って。
可愛いし華やかさもある彼女だが、あまり人目を引く事を好まない控えめな所があるから。
周囲に人が居ない事を確認してから、片膝を付いてプロポーズの言葉を口にすると。
彼女は泣きそうな顔で笑って、頷いてくれた。
了解してくれる事は分かっていたが、それでも。
もしかしたら……なんて不安と緊張は、殿下にだってあった訳で。
だからこそ、受け入れられた喜びは、ひとしおだった。
しかし。
「私……嬉しさで胸がいっぱいです。本当に嬉しい……!でも…」
「…え?」
差し出された左手をそっと取り、その薬指に婚約指輪を通そうとして。
ソフィア嬢は待ったをかけたのだ。
「その前に一つだけ、どうしてもお聞きしたいのです。……お許し頂けますか?」
「あ、あぁ…。」
冷や水をかけられた心地になり、問うて来る彼女にしどろもどろになって頷いたら。
「ごめんなさい、こんなタイミングに。でも、どうしても確認しておきたくて……!殿下…ロレン様のお気持ち、本当に嬉しいんです。この気持ちに嘘はありません。私、今までの人生の中で一番幸せだって思います。やっと一緒になれると思うと嬉しい。ですが……本当に私で宜しいので?」
「何を言ってるんだ、ソフィア。お前以外に誰がっ」
「居ますわ、沢山。……殿下が婚約を申し込んで来て下さったあの頃ならいざ知らず、今やロレン様は王太子殿下の覚えもめでたく、貴方様に秋波を送る令嬢もいらっしゃるのをご存じで?もちろん、私の家柄よりも上の方も。サフィル兄様を側近に迎えていらっしゃる殿下にとって、私は無理に婚姻をする必要の無い相手です。」
「そんな訳っ」
違う!と強く言い返したいが、それより早く、彼女は首を横に振る。
「いいえ。殿下の今後の後ろ盾を考えれば、正妻に落ちぶれた子爵家の娘よりも、本当はもっと良い縁談を選ばれるべきです。それを……私などで本当に良いのかと、悩みました。でも、貴方様はそんな方々には目もくれず、ずっと変わらず私を愛して下さった。それが…嬉しくて。」
殿下の手を離れ、わっと両手で顔を覆って泣き出した彼女は。
すすり泣く嗚咽を押さえきれず、それでも顔を上げて。
「でも…でもっ」
「……ソフィア。」
立場の弱い、自分などでは。
そう、彼女は口にしようとしたのだろう。
けれど、殿下はそれをさせなかった。
止められない涙を胸ポケットから取り出したシルクのハンカチで殊更丁寧に拭って。
再びその左手を取り、壊れ物を扱う様に優しく滑らせてから。
「俺はお前が良い。お前以外は嫌だ。ただそれだけだ。……だから頼む、うん。と言ってくれ。」
「…ロレン様……本当に本当に宜しいので?」
「俺みたいな奴に懲りずに好きで居続けてくれるのは、お前だけだろう?」
「ふふっ…アハハッ!そう、かもしれませんね!なんて…んっ!」
やっと笑ってくれた愛おしい彼女に、間髪入れずにキスをして。
やっと頷いてくれた彼女の指に、ようやく約束の証を通すことが出来た————…。
「へぇ…。いいですね。素敵だなぁ…。」
「……お前は茶化したりしないんだな。」
「しませんよ。それだけ殿下も真剣だったんでしょう?なら、羨ましいと思いこそすれ、笑ったり出来ませんよ。……でもそっかぁ、ソフィア様……そんな事でも悩んでおられたんだ…。」
「あの時は、ただただ受け入れて欲しくて、強引だったかもしれない。でも、彼女の不安も分かるんだ。立場が弱い苦しさは、母上をずっと見てきて知っているから。」
「……そうですね。」
公爵家の人間として生きて来た僕には想像し得ない程、ベルティーナ様もソフィア様も、大変なご苦労をなさったのだろう。
そして、それはこの殿下も同じだ。
だからだろう。
「でも、それを言うなら……俺の方こそ、良かったのかなって。王子とは言え、他の兄弟達とは比較にならない程、立場が弱い。でも、なまじ王子であるだけに、下手に目立つと周囲の反感しか買わない。そんな難しい位置に居る俺よりも、どっかの貴族と結ばれた方が、ソフィアにとって安定した立場に居られるだろう……。そう思ったら…」
「手放してあげた方が、彼女の幸せな未来の為には良かったと…?」
「……!……そう考えてしまう事も、ある。」
苦い顔で俯く殿下は、本当に辛そうだ。
この本音は、側近という立場だけでなく彼女の兄であるサフィルには、とても打ち明けられない話だ。
ジーノに至っては別の意味で言わずもがな。
なるほど、この人選は正しい。
……大丈夫、今殿下が望まれているのは、安易な慰めなどではなく、出来るだけ客観的な意見だろう。
「……そうですね。お二人のお気持ちを無視して、状況だけを考えて見てみれば、そうかもしれません。ただでさえ、今までご苦労なされた彼女だ。地位は高くなくとも、安定した穏やかな方を見つけられれば、違う幸せが見つけられたかもしれません。けれど、ソフィア様が仰った様に、殿下もまた同じでは?既にサフィルという側近も手に入れておられますし、同じ家の令嬢を妻として迎えても、貴方の後ろ盾を増やす…という意味においては無意味です。」
「そんなっ」
「事実を冷徹に見れば、そうです。王太子殿下の派閥に入られ、その中で頭角を現しておられる貴方からすれば、それこそヴァレンティーノ殿下の推す令嬢を迎えた方がずっと楽な筈だ。……でも貴方はそうしなかった。何故なんですか?」
「兄上を疑うつもりは毛頭ないが、兄上の立場目当てで寄って来る女になんか、死んでもごめんだっ!」
…死んでも嫌と来たか。
余程、受け付けないのだろう。
自ら長兄の腰巾着になる事を望みながら、その実、その兄から宛がわれる女性は嫌だとは。
僕がちょっと目を見張ると、意外だと受け取ったらしい殿下が語気を荒げたまま続ける。
「だってなぁ……!どいつもこいつも、俺を汚い虫けらみたいに嫌って嘲笑ばかりだったんだ。その娘共も皆同じ様な反応だった。それを、ちょっと力を付けて、大きくなったからって……今度は目の色を変えて舐め回す様に見て来やがる。ざまぁみろ!とも思ったが、虚しいだけだ。でも、ソフィアだけだったんだ……ずっと変わらず俺を同じ目で見てくれていたのは。イラつく気持ちも、やるせなくて心折れそうな時も、彼女はずっと俺を励ましてくれた。受け入れてくれた。ソフィアだけだったんだ……。」
そうか。
どうしても命が掛かっている状況だったから、殿下には母君のベルティーナ様の事ばかり気がいってしまっているのかと思っていたが。
いつの間にか、同じくらいの大きさで、彼の中に彼女は居たのか。
……だったら。
「“病める時も健やかなる時も”……それってまさに、貴方とソフィア様ですね。」
「…!—————そう、だったらいいな。」
「結婚って、人生の大きな決断ですから不安になるのは当然ですよね。……なんとかなりますよ、きっと。彼女は受け入れて下さった。なら、後は手を取り合って歩んでいくだけ……。違いますか?」
「いや……うん、そうだよな。」
ポツリと言葉を零す殿下は、朧げな声音とは裏腹に、その表情には活気が戻って来て。
「~~~~っ!はー、なんかスッキリした!ありがとな、シリル。」
「いいえ、ただの酒でのお話でしょ?」
悪戯っぽく笑う僕に、殿下は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに僕の首に腕を回して来た。
「わっ!~~~もう、すぐそうやって…」
「なぁ、俺は今最高に気分が良い。礼に何か一つ望みを聞いてやろうか。」
「これはまた大きく出ましたね…。んー、でもあんまり図々しい事言っても不興を買いそう…」
ご機嫌な殿下に苦笑していると、殿下は喰い下がって来た。
「んな事あるか。卒業祝いも兼ねてだ。何かねぇのか?ん?」
「そうですねぇ……。実は2つ、あるんですけど……いいですか?」
「おぉ?!2つとは凄いな。取り敢えず聞いてやるよぉ~。何だ?」
「えっとぉ……まず1つ目はぁ………えへ。」
恐る恐る上目遣いで見やると、殿下はうっと呻いてみせた。
「う…っ。何だよぉ…んな可愛い顔向けて来やがって。聞くの怖くなっちまうだろ~」
「あのですね……僕の我儘なんですけど……その、可能な範囲で構わないですので、お休みの日はサフィルと出来るだけ一緒がいいです……っ!」
「………へ?」
僕が真っ赤な顔をして身勝手なお願いをしてみると。
殿下は唖然とした顔をして、そしてすぐ湧き上がる笑いを噛み殺した。
「あ!…あぁ!…くふふっ……あー、なるほど?二人で思う存分イチャコラ出来る様に?」
「~~~~だって!僕だってたまには羽目外したいんですもん!」
「えー、仕事終われば好きにすりゃいいじゃん。」
「次の日仕事なら無茶出来ません!」
「真面目だねぇ……ってか、体力ねぇな~。酒強い癖に。」
僕だって、酒の強さと体力なら、体力の方が欲しかった!
でも、無いもんは無いんだから仕方が無い。
きっと休日の次の日には生温~い目で見られるんだろうが、僕は気にしない。
真っ裸で二人してベッドに寝てる所を叩き起こされ続けたんだ。
今更なんだ。
少しの羞恥と実益なら、実益を取ってやる。
ふん。
僕が鼻息荒くしていると、もう呆れた声で殿下が尋ねて来た。
「…んで?もう1つは何だ?」
「え、あ。……えぇっと。再来週の婚姻式の時って、両家ともご家族揃われますよね?」
「え?そりゃそうだろ。その日はアデル兄ぃも来るくらいだし。」
「アデル様は司祭側のお立場で参列下さるんでしょ。……喜んでらっしゃいましたね。」
先日、式当日の確認の為出向いた修道院で、昨年の夏以来お目にかかれたアデル殿下に、再度参列の可否を尋ねられたロレンツォ殿下は、喜ばれた兄殿下に子供の様に頭をぐりぐり撫で回されていた。
「んま、これで第1側妃のカサンドラにも恩をちょびっと売れるって訳だ。」
「まーた、そんな事言って…。」
相変わらずの憎まれ口も戻って来た様だ。
本当は嬉しい癖に。
素直になれないんだから。
僕が苦笑していると、ムッと眉を顰めた殿下にねめつけられた。
「だーかーらー、式で何かあんのかよ?」
「あ。いや、式の後の披露宴の時に……ちょっとサフィルを引き留めて置いて欲しいんですよね。」
「はぁ?一緒に居たく無いのかよ?」
「……ご挨拶したいんですよ、彼のご家族に。」
「なんだぁ~、そんな事かぁ。……でもなんでサフィル抜きで?」
疑問符をまき散らしながら、こちらを覗き込んで来られる。
…うぅ、そんな腹を探る様な見方しないで。
「彼が居たら遠慮して言えない事だってあるでしょう?」
「えぇ。ソフィア様…今が幸せ絶頂って感じで喜ばれてるじゃないですか。あれ……違うんですか?」
「いいや。今までで一番喜んでくれたさ。俺も嬉しい。受け入れてくれて。……でも、結婚を申し込んだ時、尋ねられたんだ。」
その日は二人でデートを楽しんだ後、街を一望できる丘に行って。
可愛いし華やかさもある彼女だが、あまり人目を引く事を好まない控えめな所があるから。
周囲に人が居ない事を確認してから、片膝を付いてプロポーズの言葉を口にすると。
彼女は泣きそうな顔で笑って、頷いてくれた。
了解してくれる事は分かっていたが、それでも。
もしかしたら……なんて不安と緊張は、殿下にだってあった訳で。
だからこそ、受け入れられた喜びは、ひとしおだった。
しかし。
「私……嬉しさで胸がいっぱいです。本当に嬉しい……!でも…」
「…え?」
差し出された左手をそっと取り、その薬指に婚約指輪を通そうとして。
ソフィア嬢は待ったをかけたのだ。
「その前に一つだけ、どうしてもお聞きしたいのです。……お許し頂けますか?」
「あ、あぁ…。」
冷や水をかけられた心地になり、問うて来る彼女にしどろもどろになって頷いたら。
「ごめんなさい、こんなタイミングに。でも、どうしても確認しておきたくて……!殿下…ロレン様のお気持ち、本当に嬉しいんです。この気持ちに嘘はありません。私、今までの人生の中で一番幸せだって思います。やっと一緒になれると思うと嬉しい。ですが……本当に私で宜しいので?」
「何を言ってるんだ、ソフィア。お前以外に誰がっ」
「居ますわ、沢山。……殿下が婚約を申し込んで来て下さったあの頃ならいざ知らず、今やロレン様は王太子殿下の覚えもめでたく、貴方様に秋波を送る令嬢もいらっしゃるのをご存じで?もちろん、私の家柄よりも上の方も。サフィル兄様を側近に迎えていらっしゃる殿下にとって、私は無理に婚姻をする必要の無い相手です。」
「そんな訳っ」
違う!と強く言い返したいが、それより早く、彼女は首を横に振る。
「いいえ。殿下の今後の後ろ盾を考えれば、正妻に落ちぶれた子爵家の娘よりも、本当はもっと良い縁談を選ばれるべきです。それを……私などで本当に良いのかと、悩みました。でも、貴方様はそんな方々には目もくれず、ずっと変わらず私を愛して下さった。それが…嬉しくて。」
殿下の手を離れ、わっと両手で顔を覆って泣き出した彼女は。
すすり泣く嗚咽を押さえきれず、それでも顔を上げて。
「でも…でもっ」
「……ソフィア。」
立場の弱い、自分などでは。
そう、彼女は口にしようとしたのだろう。
けれど、殿下はそれをさせなかった。
止められない涙を胸ポケットから取り出したシルクのハンカチで殊更丁寧に拭って。
再びその左手を取り、壊れ物を扱う様に優しく滑らせてから。
「俺はお前が良い。お前以外は嫌だ。ただそれだけだ。……だから頼む、うん。と言ってくれ。」
「…ロレン様……本当に本当に宜しいので?」
「俺みたいな奴に懲りずに好きで居続けてくれるのは、お前だけだろう?」
「ふふっ…アハハッ!そう、かもしれませんね!なんて…んっ!」
やっと笑ってくれた愛おしい彼女に、間髪入れずにキスをして。
やっと頷いてくれた彼女の指に、ようやく約束の証を通すことが出来た————…。
「へぇ…。いいですね。素敵だなぁ…。」
「……お前は茶化したりしないんだな。」
「しませんよ。それだけ殿下も真剣だったんでしょう?なら、羨ましいと思いこそすれ、笑ったり出来ませんよ。……でもそっかぁ、ソフィア様……そんな事でも悩んでおられたんだ…。」
「あの時は、ただただ受け入れて欲しくて、強引だったかもしれない。でも、彼女の不安も分かるんだ。立場が弱い苦しさは、母上をずっと見てきて知っているから。」
「……そうですね。」
公爵家の人間として生きて来た僕には想像し得ない程、ベルティーナ様もソフィア様も、大変なご苦労をなさったのだろう。
そして、それはこの殿下も同じだ。
だからだろう。
「でも、それを言うなら……俺の方こそ、良かったのかなって。王子とは言え、他の兄弟達とは比較にならない程、立場が弱い。でも、なまじ王子であるだけに、下手に目立つと周囲の反感しか買わない。そんな難しい位置に居る俺よりも、どっかの貴族と結ばれた方が、ソフィアにとって安定した立場に居られるだろう……。そう思ったら…」
「手放してあげた方が、彼女の幸せな未来の為には良かったと…?」
「……!……そう考えてしまう事も、ある。」
苦い顔で俯く殿下は、本当に辛そうだ。
この本音は、側近という立場だけでなく彼女の兄であるサフィルには、とても打ち明けられない話だ。
ジーノに至っては別の意味で言わずもがな。
なるほど、この人選は正しい。
……大丈夫、今殿下が望まれているのは、安易な慰めなどではなく、出来るだけ客観的な意見だろう。
「……そうですね。お二人のお気持ちを無視して、状況だけを考えて見てみれば、そうかもしれません。ただでさえ、今までご苦労なされた彼女だ。地位は高くなくとも、安定した穏やかな方を見つけられれば、違う幸せが見つけられたかもしれません。けれど、ソフィア様が仰った様に、殿下もまた同じでは?既にサフィルという側近も手に入れておられますし、同じ家の令嬢を妻として迎えても、貴方の後ろ盾を増やす…という意味においては無意味です。」
「そんなっ」
「事実を冷徹に見れば、そうです。王太子殿下の派閥に入られ、その中で頭角を現しておられる貴方からすれば、それこそヴァレンティーノ殿下の推す令嬢を迎えた方がずっと楽な筈だ。……でも貴方はそうしなかった。何故なんですか?」
「兄上を疑うつもりは毛頭ないが、兄上の立場目当てで寄って来る女になんか、死んでもごめんだっ!」
…死んでも嫌と来たか。
余程、受け付けないのだろう。
自ら長兄の腰巾着になる事を望みながら、その実、その兄から宛がわれる女性は嫌だとは。
僕がちょっと目を見張ると、意外だと受け取ったらしい殿下が語気を荒げたまま続ける。
「だってなぁ……!どいつもこいつも、俺を汚い虫けらみたいに嫌って嘲笑ばかりだったんだ。その娘共も皆同じ様な反応だった。それを、ちょっと力を付けて、大きくなったからって……今度は目の色を変えて舐め回す様に見て来やがる。ざまぁみろ!とも思ったが、虚しいだけだ。でも、ソフィアだけだったんだ……ずっと変わらず俺を同じ目で見てくれていたのは。イラつく気持ちも、やるせなくて心折れそうな時も、彼女はずっと俺を励ましてくれた。受け入れてくれた。ソフィアだけだったんだ……。」
そうか。
どうしても命が掛かっている状況だったから、殿下には母君のベルティーナ様の事ばかり気がいってしまっているのかと思っていたが。
いつの間にか、同じくらいの大きさで、彼の中に彼女は居たのか。
……だったら。
「“病める時も健やかなる時も”……それってまさに、貴方とソフィア様ですね。」
「…!—————そう、だったらいいな。」
「結婚って、人生の大きな決断ですから不安になるのは当然ですよね。……なんとかなりますよ、きっと。彼女は受け入れて下さった。なら、後は手を取り合って歩んでいくだけ……。違いますか?」
「いや……うん、そうだよな。」
ポツリと言葉を零す殿下は、朧げな声音とは裏腹に、その表情には活気が戻って来て。
「~~~~っ!はー、なんかスッキリした!ありがとな、シリル。」
「いいえ、ただの酒でのお話でしょ?」
悪戯っぽく笑う僕に、殿下は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに僕の首に腕を回して来た。
「わっ!~~~もう、すぐそうやって…」
「なぁ、俺は今最高に気分が良い。礼に何か一つ望みを聞いてやろうか。」
「これはまた大きく出ましたね…。んー、でもあんまり図々しい事言っても不興を買いそう…」
ご機嫌な殿下に苦笑していると、殿下は喰い下がって来た。
「んな事あるか。卒業祝いも兼ねてだ。何かねぇのか?ん?」
「そうですねぇ……。実は2つ、あるんですけど……いいですか?」
「おぉ?!2つとは凄いな。取り敢えず聞いてやるよぉ~。何だ?」
「えっとぉ……まず1つ目はぁ………えへ。」
恐る恐る上目遣いで見やると、殿下はうっと呻いてみせた。
「う…っ。何だよぉ…んな可愛い顔向けて来やがって。聞くの怖くなっちまうだろ~」
「あのですね……僕の我儘なんですけど……その、可能な範囲で構わないですので、お休みの日はサフィルと出来るだけ一緒がいいです……っ!」
「………へ?」
僕が真っ赤な顔をして身勝手なお願いをしてみると。
殿下は唖然とした顔をして、そしてすぐ湧き上がる笑いを噛み殺した。
「あ!…あぁ!…くふふっ……あー、なるほど?二人で思う存分イチャコラ出来る様に?」
「~~~~だって!僕だってたまには羽目外したいんですもん!」
「えー、仕事終われば好きにすりゃいいじゃん。」
「次の日仕事なら無茶出来ません!」
「真面目だねぇ……ってか、体力ねぇな~。酒強い癖に。」
僕だって、酒の強さと体力なら、体力の方が欲しかった!
でも、無いもんは無いんだから仕方が無い。
きっと休日の次の日には生温~い目で見られるんだろうが、僕は気にしない。
真っ裸で二人してベッドに寝てる所を叩き起こされ続けたんだ。
今更なんだ。
少しの羞恥と実益なら、実益を取ってやる。
ふん。
僕が鼻息荒くしていると、もう呆れた声で殿下が尋ねて来た。
「…んで?もう1つは何だ?」
「え、あ。……えぇっと。再来週の婚姻式の時って、両家ともご家族揃われますよね?」
「え?そりゃそうだろ。その日はアデル兄ぃも来るくらいだし。」
「アデル様は司祭側のお立場で参列下さるんでしょ。……喜んでらっしゃいましたね。」
先日、式当日の確認の為出向いた修道院で、昨年の夏以来お目にかかれたアデル殿下に、再度参列の可否を尋ねられたロレンツォ殿下は、喜ばれた兄殿下に子供の様に頭をぐりぐり撫で回されていた。
「んま、これで第1側妃のカサンドラにも恩をちょびっと売れるって訳だ。」
「まーた、そんな事言って…。」
相変わらずの憎まれ口も戻って来た様だ。
本当は嬉しい癖に。
素直になれないんだから。
僕が苦笑していると、ムッと眉を顰めた殿下にねめつけられた。
「だーかーらー、式で何かあんのかよ?」
「あ。いや、式の後の披露宴の時に……ちょっとサフィルを引き留めて置いて欲しいんですよね。」
「はぁ?一緒に居たく無いのかよ?」
「……ご挨拶したいんですよ、彼のご家族に。」
「なんだぁ~、そんな事かぁ。……でもなんでサフィル抜きで?」
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