全てを諦めた公爵令息の開き直り

key

文字の大きさ
上 下
275 / 284
続編 開き直った公爵令息のやらかし

52話 お買い物

しおりを挟む
「はぁ~。大分暖かくなってきたねー。」

麗かな日差しを受けてゆっくり駆ける馬車の中で、僕はご機嫌に口を開いた。

「えぇ、本当に。春はもうすぐそこまで来てますね。」

向かいに座るサフィルは、馬車の窓から見える木々の枝先に膨らむ蕾を目にし、ニッコリと笑みを返してくれる。

「やっぱりアデリートは暖かいよね。エウリルスより春が来るのが早いや。僕、寒いの苦手だから嬉しいよ。」
「ふふ。その代わり夏は暑いですけどね。」
「んー、でもバカンスにエウリルスから遊びに来る貴族も居るし、夏は夏でウキウキするよね。開放的な空気が余計に楽しいのかなぁ。」
「そう…かもしれませんね。……あ。」

そんな他愛ない話に興じていると。
やがて馬車は歩みを止め、窓からテオがひょっこりと顔を覗かせた。

「着きましたよ。」
「うん。」

扉を開いてくれて、外へと促される。
僕とサフィルが馬車から降りると、そのすぐ後ろに来ていたロレンツォ殿下達も乗って来た馬車から顔を出した。

今日はお忍びなどではなく、キチンとアデリート王家の紋章が入った馬車で。
外に付いていたジーノが開いたその馬車の扉から出て来た殿下は、振り返り中に手を向けている。
その手を取って出て来たのは、淡い薄黄色のドレスを身に纏ったソフィア嬢だった。
殿下のエスコートでゆったりとした足取りで出て来た彼女は、見守る僕らに気付くと、サフィルと同じアメジストの美しい目を少し細めて、嬉しそうに微笑みを向けてくれた。

そして、数名の護衛騎士に周囲を守られながら、店の中へ入っていく。
僕らもすぐ後に付き従った。

「いらっしゃいませ。ロレンツォ第5王子殿下、アルベリーニ子爵家ご令嬢ソフィア様、お待ち申し上げておりました。」

恭しい礼と共に迎えてくれたのは、この店の店主だ。
迎えられた殿下は軽く頷き、隣のソフィア嬢は頭を下げて礼を返される。

「私達の為にお店を開けて下さり、ありがとうございます。此方へ殿下とお伺いするのを楽しみにしていましたの。」

柔らかな口調の中に喜びを滲ませながら話すソフィア嬢に対して、店主は再度礼をする。

「勿体ないお言葉を。ありがとうございます。こちらこそ、この度はお二方の大事なお品をお創りするのに、我が店をお選び頂き、誠に嬉しい限りでございます。どうぞ、ご遠慮なくご希望を仰って下さいね。」
「そうだぞ、ソフィア。遠慮せずに言ってくれよ?」

店主だけでなく、彼女をエスコートする殿下も、いつになく甘い顔で隣の愛しい人へと囁いていた。

春の婚姻式を前に、先日、ロレンツォ殿下はソフィア嬢に正式にプロポーズをされたそうで。
それをお受けになった彼女の細く美しい薬指には、まばゆい宝石がキラリと輝いている。
今日はその指に、今度は永遠を誓い交わし合う為の結婚指輪を作る為に、此処へと来店されたのだ。

「まぁ、殿下。…ふふ、ありがとうございます。でも、先ずは少し店内のお品を拝見しても宜しいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです。どうぞこちらへ。」

幸せそうに笑うソフィア嬢は、店主に案内されて殿下と共に店内の品々をしばらくぐるりと拝見された後、特別客用の奥の部屋へと入って行った。
ジーノと他の護衛騎士の二人が後に付いて言った為、僕らは店内を見て回る事にした。

ショーケースの中に飾られているのはどれも綺麗な宝石や貴金属の製品ばかりで、そのまばゆさに見ているだけで飽きない。

「どれも素晴らしい一品ですね。」

店主は殿下達に付いて行ったが、店内に残ってくれている店員の一人に話しかけると、上品な笑みを向けてくれた。

「ありがとうございます。殿下方はしばらくお時間がかかるかと思いますし、お付きの方々もどうぞごゆっくりご覧になって下さい。もしお気に召しました物がございましたら、仰って下さいね。実際にお手に取ってご覧頂くと、更に石のきらめきを感じて頂けるかと思いますので。」

決して強く押し付ける様には言わず、しかし、さり気なく商品を勧めて来てくれて、僕はまたフッと笑みを零した。

「ありがとう。……どう?サフィルは何か気になるのある?テオも。」
「シリル様、どうぞ俺に構わずゆっくり楽しんで下さい。」
「遠慮しないで。折角だし、僕の従者として様になる物準備しないとねー。」

気軽に笑ってみせると、テオは恐縮して首を横に振っていた。
もちろん品にもよるけど、いつも世話になっている彼にちょっとくらい、構わないのに。
式に出るにあたり、おめかしするのにも必要だし。
でも、いつも動きやすい服装で僕に仕えてくれている彼は、その性格からして、自分から物をねだって来てはくれないだろう。
仕方ない、彼の視線や表情を注意深く観察して、好みの物を確認するしかないな。

僕が視線を泳がせているテオを盗み見ながら考え込んでいると、隣からサフィルが。

「シリルこそ、この中にお気に召した物はありますか?」

穏やかな笑みで問うてくれる彼に、僕は苦笑した。

「んー、僕はいいかな。実家から持って来たブローチが何個かあるから。……式だからね、国外の人間ではあるけど、やっぱりクレイン家の紋章入りの物を付けるつもりだし。」
「それはそうですが、ロレンツォ殿下の家臣として、殿下の紋章入りのブローチも必要でしょう?」
「それは作るつもりだけど……サフィルと同じデザインの物でしょ?」
「え。子爵家出身の私などと同じにしてしまっては、見劣りがしてしまいますよ?シリルは公爵家のご令息なのですから、もう少し華がある物にされては?」

目の前に輝く煌びやかな宝石などに全く興味を示さない僕に、サフィルは勧めて来てくれるのだが。

「そりゃ、公子ではあるけど……この国から頂いた爵位ではないからさー。所詮外国人でしかないじゃない。それなのに、あんまり目に付く様なのは良くないよ。それに、立場は貴方と同じになるんだし、僕もサフィルと同じ物がいいな。」

と、僕はニコッと笑みを向けると、サフィルはぽっと頬を朱に染めつつも、ちょっと残念そうに苦笑していた。

「では、ブローチ以外で如何ですか?あまり大きい物を好まれない方でも、小さい石が付いたタイピンなどもございますよ。さり気なく光るので、上品にご衣裳を引き立たせる事も出来ますし。」

なんて言って、店員は男性物の礼服に合う装飾品を勧めてくれて、何の気になしに目をやっていく。
でも、僕はあまり気乗りしないまま、目だけで楽しんでいた。

けれど、数ある品の中で、ある一品を前に足を止めて見入ってしまった。

「……綺麗。」

囁くくらいの小声で呟いて。

元々宝石や貴金属類にそんなに興味は無いんだが、その石だけは違った。
……だって、僕が大好きな色だから。
でも、石もこのケースの中に綺麗に飾られているから余計に美しく見えるのだろう。
自分が纏うには気後れする。
眺めるからこそ、良いのだから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:3,840

目が覚めたらαのアイドルだった

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:170

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,011

死に戻り令嬢は婚約者を愛さない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,079pt お気に入り:185

人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,243pt お気に入り:974

冷徹だと噂の公爵様は、妹君を溺愛してる

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:3,755pt お気に入り:206

処理中です...