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続編 開き直った公爵令息のやらかし

39話 叶わない贖罪

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「シルヴィア…?」
「……ヒブリスの事は、取り敢えず…まぁいいわ。私が単にムカついてるだけだし。でもお兄様!アイツは駄目!あのクソ王子は駄目だからね。それなのに……お兄様ったらよりにもよって、アイツの部下になるなんて!なんでカレンもカイトも止めてくれなかったの?!」

ずっと不満に思ってたのよ!と、ここぞとばかりにシルヴィアは吠えだした。

「……うぅぅ。本当にごめんってば、シルヴィアァ……。ユリウスとも結構相談したんだけど、これ以外、上手く収まる方法が思いつかなくてぇ……。シリルがちょっとでも嫌がったら、やっぱ考え直そうとしたんだけどさぁ…」

怒りの矛先を向けられたカイトは、ビクビクしながら項垂れる。
どうしようかと視線を泳がせていたら、カレンがそっと僕に教えてくれた。

「シリル、昨日サフィルと先にお城に帰っちゃったでしょ?あの後大変だったのよ……。シルヴィアが殿下にキレ散らかしてたから……」
「え“……。シルヴィア、そうなの?」
「えぇそうよ。言いたい事全部言ってやったわ!」

ふんす!と鼻息荒く頷くシルヴィアに、僕は頭がクラクラする思いだったが。
しかし、聞いてしまったからには確かめるしかない。

「……教えて。一体何がどうしてそうなったの…?」

恐る恐る尋ねると。
腕を組んでシルヴィアはそっぽを向くし。
僕がこのアデリートに来る事に主導して加担したカイトは、気まずそうに項垂れたままだ。
結局、溜息をついたカレンが、昨日の事の顛末を教えてくれた————…。


昨夜、サフィルが僕を抱えて先にこの店を出て帰ってしまった後。

「……あとは皆様どうぞごゆっくり~。」

と、店内を見て来る、というもっともらしい言い訳をして、モニカさんと共にリアーヌさんは、面倒事から逃げる様にそそくさとその場から立ち去って行った。

その場に取り残された者は皆、一様にポカンとしてしばらく動けないでいたが。
やがて、その空気を深い溜息と共に解いたのは、ロレンツォ殿下だった。

「……引き篭もりが急に外へ出る様な事したら、これだから…」

はぁ…。と心底疲れを滲ませた声で呟いたが。
その言葉に強く反応したのがシルヴィアだったそうだ。
真ん中のテーブルをバン!と強く叩いて立ち上がって。

「そうよ!だからこの世界へ戻って来たの!!お兄様をあんなに苦しめてしまったのは、私の所為だから!けど、アンタだってしたでしょう?!あんな酷い事っ!!何なら何度殺してやっても足りないくらいなのにっ!!」

急にそう叫んだシルヴィアは、令嬢らしい淑やかさや恥じらいなどまるで捨て去り、叩いた真ん中のテーブルを大股で跨いでは、向かいに座していた殿下へと飛び掛かり、また彼の胸倉を乱暴に掴んでソファーへと押し倒した。
もちろん、直ぐにジーノが割って入ろうとしたが、シルヴィアがその右手を振るっただけで、ジーノは軽々と後方へ吹っ飛ばされてしまった。

「ぅぐっ」

彼女にまだ触れてもいないのに、一体何が起こったのか訳が分からず、ジーノは愕然とした様だが。
すぐさま殿下の元へ戻ろうとして、彼に目線で止める様に制されて。

「シルヴィアッ!」
「ダメだよ!シルヴィアッ」

更に与えられた魔術をぶつけようとし兼ねないシルヴィアに、巫子達二人は悲鳴の様な声音で止めようとしたが、彼女の怒りは収まらない。

「シリル兄様はね、自分の代わりに私を生かそうと、命に代えてまで救おうとしてくれたのっ!それでも、この世界での命は尽きてしまっていた私は、カレン達の世界に転生する前に…この世界での思い出をくれたわ。辛い事もあったけど、楽しい事だってたくさんあったの!!だから、離れがたくて……忘れて欲しくなくて、私の生きた記憶をお兄様に受け取ってもらった!でも……それが、上手く全てが伝わらなくて…その所為でお兄様を苦しめてしまった。それだけでも、辛かった筈なのに……それなのに、アンタらはっ!!」

殿下の胸倉を掴む彼女の手は、震えていて。
そして、気付けば殿下のその頬に……シルヴィアの涙がポタリと落ちてゆく。

「何であんなに優しいお兄様を、あんなに追い詰めたの!?穢す様な真似が出来たの!それも、それも…っよりにもよってお兄様の事を好いていた、サフィルにさせるなんて!!彼は、私が夢で生きた前世でだって、落ち込んで泣いていた私にすら…そっと励ましてくれたくらい、優しい人だったのにっ!!」

遂には激情を堪え切れず。
うわぁぁと彼女は泣きじゃくる。

たとえ今が良くたって、この殿下が知り得ない事だとしても。
自分のたった一人の兄が、自身を顧みず己を救おうとさえしてくれた兄が……。
酷く傷付けられた事に、変わりはない。

……本当は、自分こそ大切な兄の為に、彼の望む幸せの為に、一番に協力したかったのに。
それさえも叶わなかった。
こんなのは、半分八つ当たりだって分かっていても。
シルヴィアはどうしても言わずにはいられなかった。

「……シルヴィア嬢、すまない。」
「何よ。気休め言ってんじゃないわよ!」
「それでも、すまない。俺は君達の様に記憶を引き継げなかった……。前の世で何を仕出かしたか、いくらサフィルから話を聞く事は出来ても……それは俺自身の記憶じゃないから、本当の意味で自分の罪だと認識出来ない。だから、贖罪する事すら、叶わないんだ。」

先月、サフィルに教えられて……愕然とした。
以前、まだエウリルスに留学中の冬の寒い日に、シリルが攫われた……あの時。
サフィルは急に前世を思い出したと口にし、シリルを想いながらも酷く絶望するその反応を見て、何となくは察したつもりだった。
サフィルはシリルに一目惚れしてから、ずっと好きでいたのはこれでもかという程に知っていたから、以前の俺はきっとそれを利用したんだろうなとは……直ぐに察しがついたんだ。

けれど、想像以上に酷いその内容に吐き気がした。
しかし……サフィルの話に素直に納得出来てしまったのも、また事実だ。

今世の俺だって、アイツの言う前世と同じ状況に追い込まれていたら、きっと同じ過ちを犯しただろう……とも。
それで母上を助ける事が出来るなら、自分の命すら惜しいとは思えない。
何故なら母には何もない。
父からはただ利用されるだけされて疎まれて、そんな父に、母は親をも奪われた。

自分には母しか居ない。
母には自分しか居ない様に。
ソフィアがこんな自分を包み込む様な優しさで、愛情を示してくれているというのに。
きっとその時にはそれすらも見失って、ただ母を救う事しか考えられなかったのだろう。
その気持ちが、よく分かる。

なぜなら今世だって、巫子達が母を救済してくれるまで、自分は同じ様な気持ちで追い詰められていたから。
救ってくれたのは巫子達だけど、その救いの手を伸ばしてくれたのは……他ならぬシリルだ。

————いけ好かない奴だと思っていた。

自分は、王子なのにも関わらず、母の身分が低いからって、父の手前勝手な都合で妃にした癖に、何の助けもないまま母共々虐げられて。
誰にも自身の存在を祝福されなかった。
母だけだったんだ、自分には。
その母も、力なくただ日々を耐えるしかなくて。

逆風の中を必死に生き抜いて来た自分と違って。
自分が必死の思いで手に入れた側近が心を奪われたのは、何の苦労も知らない、温かな家族に守られながら、ぬくぬくと育ったお坊ちゃんで。
その癖、なんの努力もせずに、自分の殻に篭って、その中で甘んじて過ごしている奴で。
自分とは正反対ともいえるソイツを目にすると、心底嫌気がさした。
そんな奴を慕う馬鹿な側近にも。

だから知らなかった。
彼の境遇も、きっとしたくても出来なかった事の数々も。

知らないから、上辺だけを見て、ただ嫌って軽蔑していた。
そんな彼に、手を差し伸べられるまで、自分は本当に何も知らなかったんだ。

「謝りたくても、謝れない。話を聞く事は出来ても、それは自分自身の記憶じゃない。それをシリルも分かっているから、俺に謝罪を求める事はしないんだ。……だから、謝罪すら出来ないのなら、感謝で返すしか、俺には出来ないんだよ。」
「……っ」
「俺は俺の出来る事で、彼に返していくしかない。」

一生かかったとしても、それしか自分に取れる方法はないんだ。

「だから、君には……すまないとしか言えない。」

ポツリと言葉を零す殿下からは、いつもの自信満々な気配は微塵も無く、心許なく揺らぐ瞳が。
涙する彼女を映している。

ぐっと唇を噛んだシルヴィアは、これ以上言える言葉が見つからなくて、力なく彼の胸倉から手を離した。

「………アンタの事、一生許さない。許さないから、お兄様を大切にしなさいよ。私はもう、お兄様の幸せを願う事しか出来ないんだから。」

一生許さないから、一生を賭けて幸せにしてみなさいよ。

最後に彼女はそう言うと、とぼとぼと元居た自分の席に戻って、膝を折って泣き出した。
巫子達二人は、その両側から頭と背を撫でて、ただただ慰める事しか出来ないのだった……。
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