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続編 開き直った公爵令息のやらかし
38話 ご機嫌斜め
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その後。
ヴァルトシュタイン侯爵は、改めて捕まえた奴らに関する事で話を聞かせて欲しいと、ヴァレンティーノ王太子殿下やセルラト公爵らの案内で、城へ共に連れて行かれたのだった。
「……ぐすっ」
僕らも帰りの馬車の中で、まだどこか興奮冷めやらぬ……という雰囲気は無く。
まだ少しすすり泣いているシルヴィアをカレンとカイトが心配そうに見つめて、僕はまだその背を撫でていた。
「う…っ。ごめんね、せっかく悪い奴とっちめられたのに、湿っぽくなっちゃって。」
「ううん、そんなの気にしないで。…って、そもそも私達今回何も活躍出来なかったし。」
「そうそう…。凄い音がしてリアーヌさんの部屋飛び出したら、もう大捕り物全部終わってたもんね…。」
今度は巫子達二人が、しょんぼりと項垂れる。
「まぁまぁ…。お陰様で、これで奴らは捕まえられたんだし、明日からは付き合うよ。僕も大分此処には慣れてきたからね。皆で色々回ろう。な?」
「……うん!ねぇお兄様、美味しいスイーツのお店は見つけた?」
「スイーツ?」
「お茶とケーキが美味しいお店!屋台でもいい!色々食べ歩きしたい!」
やっと気を取り直したシルヴィアが、目を輝かせて言って来る。
僕はニッコリと微笑んだ。
「色々あるよ。どこから回ろうかな…。」
「お兄様が連れて行ってくれる所ならどこでも楽しみだわ。ね!カレン、カイト!」
「うん!やっとシリルと遊べる!」
「是非色々紹介して。」
「ふふ。こっちに来てから、サフィルや殿下に色んな所教えてもらったんだけど、いっぱいあって迷っちゃうな…。後で相談しないとなぁ~。」
シルヴィアだけでなく、カレンやカイトもパッと明るい表情になったが、僕の一言で巫子達二人は口を噤み、シルヴィアはあからさまに嫌な顔を見せる。
「え。どうしたの。」
「……別に。」
「そんな黙られたって分かんないよ…」
「……だって。あの王子の事もそうだし、ヒブリスも……。“ヒブリスおじさん”なんて言っちゃって…。なんでそんな仲良さそうなの?」
憮然とした顔で尋ねられて、巫子達からも怪訝な目を向けられる。
僕は視線が泳ぎつつ、ざっくりと説明した。
「あー…。そのね、侯爵と面と向かって会ったのは、去年のあの時以来だったんだけどさ。僕が彼に魔力を譲渡して、それで彼が魔術でベルナルト王太子殿下の解呪に成功してからすぐ、手紙を貰ったんだよ。謝罪と感謝の言葉を添えてね。」
「それはカレンとカイトから聞いたわ。」
「その後、カミル殿下経由でまた彼からの手紙を貰ってね。殿下は新年明けの学院再開後にお目にかかる事があったから、その際に兄王子様の件で改めて感謝を述べて下さってね。カミル殿下は何かお礼を…と気遣おうとして下さったんだけど、そこは断ったんだよ。そもそも侯爵が母さんを助けようと無茶しなければベルナルト殿下も呪いを受けずに済んだだろうから、むしろこちらこそ長い間申し訳なかった…って伝えて。そしたらカミル殿下は困った顔をなされてさ、侯爵からの手紙を渡して下さったんだ。」
魔力譲渡のすぐ後に受け取った手紙は、ベルナルト王太子の解呪の成功を一早く伝えるものだったから、手紙の内容も最小限必要な事のみで、書き方もとても急いでいた様子が見て取れた。
なので、改めてカミル殿下から手渡された手紙は、ヴァルトシュタイン侯爵のその麗しい姿から想像出来る丁寧な筆蹟で。
やっとお元気になられた王太子殿下に付いて仕事を補佐するのは、きっと忙しかったのだろう。
手紙という形でしか伝える事が出来ない謝罪と、他にもこれまでの色々な事への改めての謝罪。
そして、僕が侯爵に魔術を返す際に『シルヴィアの事をどうか忘れないであげて下さい。』と伝えたが。
僕にこそ、死んだ両親の事……どうか忘れないであげて欲しい。と書かれていた。
「……でも、僕がもう両親の顔さえも覚えていないのは、侯爵も知っているから……。侯爵が知っている父や母の事、手紙で綴ってくれたんだ。それから、時々やり取りをする様になって。よくよく聞いてみたら、侯爵と母さんは東方域の閉ざされた小さな集落で暮らす一族だったって言っていたから……もしかして、と思ったんだけど、やっぱりそうだったんだ。」
古のエンリルの民の一族の中でも、母達が居た集落は、外界との接触を極力減らして、外部との血の交わりを嫌っていたそうだから。
婚姻も余程の事が無い限り、基本はその集落内の者同士で行っていた。
と……いう事は。
「お母様とヒブリスって……親戚?」
「うん。少人数の集落内で婚姻を繰り返してたんだから、当然そうなる。それに、侯爵と母さんの歳も2つ程しか離れてなかったそうだから、もし集落が襲撃を受けずにそのまま存続していたんなら、母さんの結婚相手は恐らく侯爵だった筈だ。」
「だからアイツ、滅茶苦茶お母様の事こだわってたのね……」
「侯爵と違って母さんは、魔力量は多い癖に、魔術の腕はてんで駄目だったそうだから、常に気にかけて励ましてたんだって。でも、住んでいた集落が襲撃されて居られなくなって、今まで接した事も無い文化圏の国へ来て、魔術が無くても養子として教養を積めば新たに道が開ける別世界に接して……必死に頑張っていた母さんを幼馴染として応援する事にしたんだそうだよ。」
「そう…。」
「だから、魔術の事とかエンリルの民の事情とか、まだ幼くてよく分かってなかった母さんに無理に教える事もしなかったみたい。それが失敗だったって嘆いていたけど……それでも母さんは幸せだったんじゃないかな。もちろん苦労もたくさんあったようだけど、父さんと出会って惚気ばっかり聞かされてうんざりするほどだったって書いてあったからさぁ……。」
先に城へ向かった、久しぶりに目にした侯爵を思い、窓の外に目をやった僕に、カレンとカイトは優しい目をして微笑んでくれる。
シルヴィアも。
「ヒブリスの事、許すつもりはないけど……私も聞きたい、お母様とお父様の事……。私は本当はもうこの世界の住民にはなれないし、今の両親の事も大切に想ってるつもり。でも……前世の記憶がある私にとって、お母様とお父様無しには、今の私は在り得ないもの……」
「そうだね。せっかくおじさんもこっちに来てるんだし、直接聞いてみよう。きっと色んな事聞かせてくれると思うよ。でも、取り敢えずまずは、明日のヴェネトリアの街の散策からだよね。」
侯爵との事で少ししんみりしてしまったが、僕が気を取り直してこれからの遊ぶ予定を口にすると。
シルヴィアは、またまた苦虫を噛み潰した様な顔で見て来る。
全然ご機嫌良くなってくれない。
ヴァルトシュタイン侯爵は、改めて捕まえた奴らに関する事で話を聞かせて欲しいと、ヴァレンティーノ王太子殿下やセルラト公爵らの案内で、城へ共に連れて行かれたのだった。
「……ぐすっ」
僕らも帰りの馬車の中で、まだどこか興奮冷めやらぬ……という雰囲気は無く。
まだ少しすすり泣いているシルヴィアをカレンとカイトが心配そうに見つめて、僕はまだその背を撫でていた。
「う…っ。ごめんね、せっかく悪い奴とっちめられたのに、湿っぽくなっちゃって。」
「ううん、そんなの気にしないで。…って、そもそも私達今回何も活躍出来なかったし。」
「そうそう…。凄い音がしてリアーヌさんの部屋飛び出したら、もう大捕り物全部終わってたもんね…。」
今度は巫子達二人が、しょんぼりと項垂れる。
「まぁまぁ…。お陰様で、これで奴らは捕まえられたんだし、明日からは付き合うよ。僕も大分此処には慣れてきたからね。皆で色々回ろう。な?」
「……うん!ねぇお兄様、美味しいスイーツのお店は見つけた?」
「スイーツ?」
「お茶とケーキが美味しいお店!屋台でもいい!色々食べ歩きしたい!」
やっと気を取り直したシルヴィアが、目を輝かせて言って来る。
僕はニッコリと微笑んだ。
「色々あるよ。どこから回ろうかな…。」
「お兄様が連れて行ってくれる所ならどこでも楽しみだわ。ね!カレン、カイト!」
「うん!やっとシリルと遊べる!」
「是非色々紹介して。」
「ふふ。こっちに来てから、サフィルや殿下に色んな所教えてもらったんだけど、いっぱいあって迷っちゃうな…。後で相談しないとなぁ~。」
シルヴィアだけでなく、カレンやカイトもパッと明るい表情になったが、僕の一言で巫子達二人は口を噤み、シルヴィアはあからさまに嫌な顔を見せる。
「え。どうしたの。」
「……別に。」
「そんな黙られたって分かんないよ…」
「……だって。あの王子の事もそうだし、ヒブリスも……。“ヒブリスおじさん”なんて言っちゃって…。なんでそんな仲良さそうなの?」
憮然とした顔で尋ねられて、巫子達からも怪訝な目を向けられる。
僕は視線が泳ぎつつ、ざっくりと説明した。
「あー…。そのね、侯爵と面と向かって会ったのは、去年のあの時以来だったんだけどさ。僕が彼に魔力を譲渡して、それで彼が魔術でベルナルト王太子殿下の解呪に成功してからすぐ、手紙を貰ったんだよ。謝罪と感謝の言葉を添えてね。」
「それはカレンとカイトから聞いたわ。」
「その後、カミル殿下経由でまた彼からの手紙を貰ってね。殿下は新年明けの学院再開後にお目にかかる事があったから、その際に兄王子様の件で改めて感謝を述べて下さってね。カミル殿下は何かお礼を…と気遣おうとして下さったんだけど、そこは断ったんだよ。そもそも侯爵が母さんを助けようと無茶しなければベルナルト殿下も呪いを受けずに済んだだろうから、むしろこちらこそ長い間申し訳なかった…って伝えて。そしたらカミル殿下は困った顔をなされてさ、侯爵からの手紙を渡して下さったんだ。」
魔力譲渡のすぐ後に受け取った手紙は、ベルナルト王太子の解呪の成功を一早く伝えるものだったから、手紙の内容も最小限必要な事のみで、書き方もとても急いでいた様子が見て取れた。
なので、改めてカミル殿下から手渡された手紙は、ヴァルトシュタイン侯爵のその麗しい姿から想像出来る丁寧な筆蹟で。
やっとお元気になられた王太子殿下に付いて仕事を補佐するのは、きっと忙しかったのだろう。
手紙という形でしか伝える事が出来ない謝罪と、他にもこれまでの色々な事への改めての謝罪。
そして、僕が侯爵に魔術を返す際に『シルヴィアの事をどうか忘れないであげて下さい。』と伝えたが。
僕にこそ、死んだ両親の事……どうか忘れないであげて欲しい。と書かれていた。
「……でも、僕がもう両親の顔さえも覚えていないのは、侯爵も知っているから……。侯爵が知っている父や母の事、手紙で綴ってくれたんだ。それから、時々やり取りをする様になって。よくよく聞いてみたら、侯爵と母さんは東方域の閉ざされた小さな集落で暮らす一族だったって言っていたから……もしかして、と思ったんだけど、やっぱりそうだったんだ。」
古のエンリルの民の一族の中でも、母達が居た集落は、外界との接触を極力減らして、外部との血の交わりを嫌っていたそうだから。
婚姻も余程の事が無い限り、基本はその集落内の者同士で行っていた。
と……いう事は。
「お母様とヒブリスって……親戚?」
「うん。少人数の集落内で婚姻を繰り返してたんだから、当然そうなる。それに、侯爵と母さんの歳も2つ程しか離れてなかったそうだから、もし集落が襲撃を受けずにそのまま存続していたんなら、母さんの結婚相手は恐らく侯爵だった筈だ。」
「だからアイツ、滅茶苦茶お母様の事こだわってたのね……」
「侯爵と違って母さんは、魔力量は多い癖に、魔術の腕はてんで駄目だったそうだから、常に気にかけて励ましてたんだって。でも、住んでいた集落が襲撃されて居られなくなって、今まで接した事も無い文化圏の国へ来て、魔術が無くても養子として教養を積めば新たに道が開ける別世界に接して……必死に頑張っていた母さんを幼馴染として応援する事にしたんだそうだよ。」
「そう…。」
「だから、魔術の事とかエンリルの民の事情とか、まだ幼くてよく分かってなかった母さんに無理に教える事もしなかったみたい。それが失敗だったって嘆いていたけど……それでも母さんは幸せだったんじゃないかな。もちろん苦労もたくさんあったようだけど、父さんと出会って惚気ばっかり聞かされてうんざりするほどだったって書いてあったからさぁ……。」
先に城へ向かった、久しぶりに目にした侯爵を思い、窓の外に目をやった僕に、カレンとカイトは優しい目をして微笑んでくれる。
シルヴィアも。
「ヒブリスの事、許すつもりはないけど……私も聞きたい、お母様とお父様の事……。私は本当はもうこの世界の住民にはなれないし、今の両親の事も大切に想ってるつもり。でも……前世の記憶がある私にとって、お母様とお父様無しには、今の私は在り得ないもの……」
「そうだね。せっかくおじさんもこっちに来てるんだし、直接聞いてみよう。きっと色んな事聞かせてくれると思うよ。でも、取り敢えずまずは、明日のヴェネトリアの街の散策からだよね。」
侯爵との事で少ししんみりしてしまったが、僕が気を取り直してこれからの遊ぶ予定を口にすると。
シルヴィアは、またまた苦虫を噛み潰した様な顔で見て来る。
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