全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編 開き直った公爵令息のやらかし

28話 偽物

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今の商業高校へ進学する前の、中学校と言う地域の学校に通い学んでいた、彼のある日の何気ない一幕だった。
その日、カイトは日直という当番に当たっており、理科の授業の後に実験器具の片付けを手伝いながら、その授業を受け持っていた担当の宮田という先生にぼやいていたらしい。

『宮センー、元素記号覚えんのヤダー!あんなん覚えられる気がしねー。』
『俺もー。』

同じく日直当番だった彼の友人のユウタという者と共に、ぶーぶー文句を言っていたら、先生が。

『仕方ねーだろー、語呂合わせで取り敢えず覚えろ~。んで、まず名前と順番を頭に入れたら、その後から細かく覚えてったらいーから。』
『だから~、語呂合わせからしてまず覚えらんねー!知らん物質なんて興味もねーしぃ!』
『そーだそーだ!』

と、二人でキャッキャと騒いでいたら。
先生は溜息をついたものの、呆れて馬鹿にする訳ではなかった。

『はぁ~。ま、気持ちは分からんでもないけどな~。俺も中坊の時はうげっ!って思ったし。』
『でしょー?』
『でも、水素は前に実験でやっただろぉ?ヘリウムはヘリウムガスだよ。ほら、飛んでく風船の中に入れるガス。あと、アレ吸って喋ったら加工した高音の声に聞こえるヤツ。』
『アレおもろいよね。』

自分の話にちょっと喰い付いてくれたやんちゃな生徒二人に、先生は気を良くしたのか、もう少し掘り下げて話してくれたらしい。

『それにほら、金・銀・銅・鉄とかなら分かるだろう?』
『それはまぁ…』
『……そうそう。それで言ったらニッケルってな、昔…中世のヨーロッパで悪魔の銅とか言われてたらしいぞ。』
『えー?何で?』

ちょっとした雑学って、妙に気になる時ってあるよな。
その時のカイトもそうだった様で。

『ニッケルの中に銅に似た色をした物があるんだが、それが銅の鉱石と似てたんだと。で、折角銅を採掘出来た!と思ったのに、銅を抽出出来なかったから……そう呼ばれる様になったんだってさ。この現代社会じゃぁなくてはならないもんなのになぁ~。』
『え、そーなん?』
『色んな所に使われてんぞぉ~。電池にだってそうだし。いわゆるレアメタルってやつだ。』
『へー!』
『ってか宮センー!それ授業ん時に教えてくれりゃ面白いのにー。』

何で今言うかなー。とカイトと友人が笑っていると、先生は、じゃあ次のクラスの時にこのネタ使おう!って言って、二人でずるいーって怒ったそうだ。

「えー?宮センそんな事言ってたのー?私そんな話聞いてないわよぉ!」
「忘れたんじゃないのー?って言いたいトコだけど、違うんだな…これが。」
「何よ。」
「ニッケルって、中学で覚える範囲じゃないの、後で気付いたんだよ。ま、高校で結局覚える羽目になるから、授業で出て来た時、思い出したんだよね~。」
「はは。宮センってばドジっ子~。」

カレンもその先生の師事を受けたのか、懐かしそうに笑っている。

「良い先生だったんだな。」
「まーね。面白い時とつまんない時の差が激しかったけど。」

楽しそうに話していたカイトに、僕がしみじみ言うと、彼は悪戯っぽく笑った。

「銅だと思ったけど銅じゃない別の鉱物。その石を見て、その話を思い出したんだ。」
「銅だけど銅じゃない……。銀だけど銀じゃない…………偽物の銀?」
「そうか、偽銀!」

カイトの言葉から、僕がぽそりと呟くと、それを聞いた殿下が、バッと立ち上がった。

「偽銀だよ、コレ!」

テーブルに置かれた銀の様に見える鉱物を指差す殿下に、彼の母であるベルティーナ様も顔色を変える。

「なんて事……。王宮でも噂になっていたそうなのよ。最近、銀によく似た鉱石がちらほら見つかっているそうだ…って。」
「銀は毒を判別する為に王侯貴族にとって、なくてはならない物なのはもちろんの事……貨幣価値を決める非常に重要な物です。その偽物が出回ってる事が一般に知られれば、大変な事になるわ。」

シルヴィアも眉を顰める。
もしこれが、本当に今問題になりつつある偽銀そのものだったなら、それこそ…一大事だ。
小者の癖して、奴はとんでもない事を仕出かそうとしているのではないだろうか。

「そういやシリル、奴に来客があってテオと退室して来たって言ってたよな?その来客ってどんな奴だった?」
「一人は大男で、男爵に『ニコライ殿!』と呼ばれていました。そして、奴と似た下卑た笑いが癇に障る細身細目の男を『マルシオ』と呼んでいました。『お連れするなら事前に連絡を入れないか!』と男爵はマルシオって奴に怒っていましたね。言われた奴は気にも留めていない様でしたが。新人の僕を嘲笑っていたくらいですし。」
「ニコライだって?!」
「……えぇ。」

あの部屋を退室する直前の出来事を思い返し、僕が覚えている限りの事を話したら、殿下はまた大きく反応した。

「ニコライ……。こりゃ、思った以上にデカい獲物が釣れたかもしんねぇぞ。」

ぼそっと呟いた殿下は、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

「ご存じなんですか?」
「マルシオ……マルシオ・モラティーノスは豪商で、トレント男爵の仕事仲間です。男爵のお陰でのし上がった商人ですからね。それは分かっていた事なのですが、彼らの密談相手が今まで掴めませんでした。それを貴方が掴んで下さるなんて、凄いです……シリル。」

殿下に尋ねる僕に、隣のサフィルが代わりに口を開いて。
男爵の事を話すと過敏に反応していたサフィルが、今回ばかりは素直に称賛してくれた。

「いや……。あ、じゃあその相手が、」
「あぁ!ニコライだろうな。……ニコライ・チェルネンコ。北の大国、ローラシア帝国の通商担当の役人で、交易の関係で度々出張って来てる奴だ。……以前、第2王子のアデル兄が失脚して、セベリアノ・アラゴン侯爵が自決に追いやられたのは、当時ヴァシリス連邦と海上交易で関係が拗れていて、侯爵はそのヴァシリスとの関係を疑われたから…なんだが。あの後、ヴァシリスとアデリートの関係改善に出しゃばって来たのが、北のローラシアのニコライなんだよ。」
「そんな事が。」

今度はロレンツォ殿下が苦々し気に答えてくれた。
しかし、怪しい所がありながらも、自身の個人的な因縁もあって調べていた筈の相手から、思いもよらぬ大物が釣れたとあって、殿下は何処か嬉しそうでもある。

「海老で鯛を釣るとは、まさにこの事ね。ま、奴は海老ってほどイイものでもないけど。」

シルヴィアもまた、嗤う笑みが仄暗い。

「殿下、落ち着いて下さい。僕は『ニコライ殿』としか耳にしていません。どうかその辺の確認をくれぐれもお願い致します。」
「あぁ、もちろんだ。けど、おそらく奴だろうさ。これなら、ヴァレン兄に報告して協力してもらえそうだな。証拠物もある事だし。」

そう言って、殿下はテーブルに置いた石を掴んで、愉快そうに笑みを零している。
大丈夫だろうか……。

不安な顔をする僕に、隣のサフィルが安心させてくれる様な笑みを向けてくれる。
おそらく、その確認作業からしてヴァレンティーノ王太子殿下にご協力が乞えそうなのだろう。
僕はホッと胸を撫で下ろした。
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