全てを諦めた公爵令息の開き直り

key

文字の大きさ
上 下
249 / 369
続編 開き直った公爵令息のやらかし

26話 もっと互いに

しおりを挟む
「シリル…?何言って…。」
「僕、サフィルの事好きだ!大好きなんだ!でも、なんにも出来て無いっ…いつも、僕を心地良く安心させてくれて、大事にしてくれてるのは分かってた。それなのに、サフィルに我慢を強いるばかりか、すぐにバテちゃって満足に相手も出来なかった。僕から誘ったのに…」
「あ、その…もしかして昨日の事仰ってます?…それなら私が完全に悪いんです。長旅帰りで明らかにお疲れでしたのに、加減も出来ず…。」

自身の昨夜の振る舞いこそ失態でした、と恥じるサフィルだったが。
僕はかぶりを振った。

「違うんだ。もう、僕らが一緒になれて…半年以上も経つのに、昨日になって…初めてちゃんと気付いたんだ。ずっと貴方に我慢をさせてしまっていたんだなって。」
「そんな…事は…」
「ううん。本当はね、分かってた筈だったんだ。無知で拙い僕の為に、僕の負担にならない様に、サフィルがずっと優しくしてくれてるんだなって。……でもね、僕は。」

そう。
知っている筈だった。
分かっているつもりだった。
サフィルがずっと優しくしてくれていた事。
僕にずっと気を遣い続けてくれていた事を。

けれど、それを知りながら……僕は。
心の何処かで甘えていた。

それどころか。

「……本当はね。あの強すぎる快感は……正直、未だにちょっと苦手で。前後不覚になるあの感覚は、気持ちいいのに怖くて…慣れなくて。だから、サフィルが優しく触れて抱きしめてくれるだけで、満足して……貴方の事、蔑ろにしてしまっていたんじゃないかって、気付いて。けど、僕は…貴方から与えられる方法しか、知らないから。それだけじゃずっと、貴方に満足して貰えない。」
「そんな事無いんですよ、私はっ」
「でも、サフィルに善くなってもらう方法をたくさん知れたら、僕ばかり受け取るだけじゃなくて、貴方にも与えられるものがあるって思えて、そうしたら……僕もちょっとは安心出来ると思ったんだ。」

その為の技術を、方法を。
ほんの少しだけでもいい、知る事が出来たなら。
少しは自信が付くかと思った。
もう、己の無知と拙さを言い訳に……ただ受け取るだけでなく、相手にも与えられるんじゃないかと思ったんだ。

好きになればなるほど、満たされてゆく心は。
同時に不安も募ってゆく。

身勝手だった。
ほんの出来心だったんだ。
それが…こんなにもサフィルを怒らせ、失望させてしまう事になるなんて。

「……馬鹿だったよね。その時は『これだ!』って思ったけど、ただの馬鹿だった。僕の身勝手の所為で、皆を心配させて……迷惑しかかけられなかった………何やってんだろ、僕。」
「~~~~シリルッ!」
「わっ」

あまりにも愚かな己の情けなさに、薄っすらと涙を浮かべて嗤った僕を。
サフィルが力いっぱい抱きしめて来た。

「シリル~~~あぁ~~シリルぅ…」
「うぐ…っ!サ、サフィル…ちょ、苦しっ」
「あぁ、ごめんなさい!嬉しいなんて言葉じゃ足りなくて……。あー、なんかもう幸せ過ぎて死にそう…」
「え。ぅわぁっ」

僕の愚かな行動に、怒りを滲ませていた彼は何処へやら。
僕を抱き枕の様にガッチリと抱きしめたまま、ベッドに一緒に倒れ込み、彼はしみじみとそう口にして。

「貴方にそんなに思い悩ませてしまったのは、申し訳ないんですけど。私の事、そこまで想って下さっていたなんて、これを喜ばずにはいられません。あー、シリル…」
「う、ちょっと、あの…」
「私こそ不安だったんです。私などの為に、ご実家だけでなく母国すら離れ、単身此処まで来させてしまった。私の方こそ、まだ貴方に何も返せていなくて。自分の全てを捧げたいのに、何にも出来ていないから。」
「そんなの…」

何も出来ていないなんて事、ない。

このアデリートへ来てから、此処での暮らしを少しでも快適に過ごせる様に、いつだって心を砕いてくれたし。
ずっと引きこもってばかりだった僕にとって、街へ出かけるのは初めてみたいなもので、彼が連れてってくれて見せてくれる物や街並みは、そのどれもが新鮮で輝いて見えた。
此処での暮らしを楽しませる為に、いつも気を配って、手を引っ張ってくれた事。

嬉しくて……楽しくて。
仕方がなかったんだ。

貴方にとっては些細な事だったとしても、見慣れた代わり映えの無いものばかりだったとしても。
僕にとっては、その全てが宝物の様に煌めいて眩しい。

「サフィルは、僕の為に色んな事、たくさんしてくれてるじゃない。」
「まだまだ……何も出来てませんよ。ねぇ、シリル。私もね、貴方と肌を重ねてベッドを共にするのは、何ものにも代えがたい高揚と快感を感じます。けれど、ただただこうして貴方と触れ合えるだけでも、どうしようもなく幸せに感じるんです。シリル……互いの肌を重ねる事はね、確かに素晴らしい快感と幸福を感じさせてくれるけど。でもそれは、愛情を確かめ合う為の手段の一つでしかない。」
「そう、かもしれないけど…」

彼は、ただ、嬉しそうに笑みを見せてくれる。

「好きだからこそ、大切にしたいんです……貴方の事。自分の一方的な欲情だけで貴方を傷付けたくなくて、私も手探りでした。ただ、貴方が笑ってくれるから、満足して貰えたって、いつも勝手に喜んでいました。嬉しかったんですよ。けど……初めて貴方と長く離れて、寂しさと不安を感じました。貴方が大丈夫だって言ってくれるからって、無理をさせてたんじゃないか。本当は、大事なご家族と離れ離れになってしまって、人知れず寂しい思いをさせてしまってたんじゃないか……って。」

それだけでも、不安が募って仕方が無かったのに。
タイミングが悪く、標的がちょこまかと動きを見せ始めた。
この機を逃す訳にはいかない。
だが、奴を追跡し出すと、よりにもよって娼館通いだなんて。

以前、シリルに女性の方がいいのではないか、と不安げに尋ねられた事もあった。
そんな不安を口にしていた彼を尻目に、娼館へ出入りしている事が知られれば。
どんなにか彼を悲しませ、不安にさせてしまう事だろう。
最低だ、と愛想をつかされても、何らおかしくないくらいなのに。

そんな意気地のない自分に失望するどころか。
仕事と理解してくれた上、自分を悦ばそうとさえして、無茶をしてしまったなんて。
ご自身の御身をこそ大切にして欲しいが、それでも、その気持ちに喜ばずにはいられない。

「でも、変わらない笑顔で……私の元にちゃんと帰って来てくれて。寂しくて不安が募ってしまっていた分、反動が強くなってしまって、無体を強いてしまったんじゃないかと心配だったんです。まさか、そんな風に想ってくれていたなんて。私などには勿体なすぎるくらいだ。」
「サフィル……」
「シリル…。私だって、余裕が無くて、いつだって手探り状態ばっかりなんです。…焦って無理しなくたっていい。お互い、ちょっとずつ知っていけばいいじゃないですか。私もね、そんなに知っている訳じゃないし、下手を打つ事ばっかりで、お恥ずかしい限りなんですよ。でも、貴方の嬉しそうな笑顔で、いつも幸せな気持ちにしてもらえてるんです。こんな私ですが、これからはもっと我儘を言ってもいいですか?そしたら、貴方ももっと我儘を言ってくれますか?」
「うん……うんっ!そうする。そうするよっ!!」

僕はサフィルを抱きしめ返した。
強く強く抱きしめて、この幸せを噛み締めたい。

「うわぁぁぁん!サフィルぅ~~~!」
「シリル…」

大粒の涙が零れ落ちるが、込み上げて来る熱い想いは。
溢れる愛しさと嬉しさで。

お互い、まだちょっと遠慮してしまっていたよね。
好きだから、愛しくて仕方がないからこそ……嫌われたくなくて。
互いに少し、不安から目を背けてしまっていた。
けれど、こうして相手の気持ちに触れ合えて……知ることが出来て。
もっとお互いに言い合おうよ。
良い事も嫌な事も、好きな事も苦手な事も。
そうして知っていくんだね、お互いの事を。

少しずつでいい、知っていけたら……いいな。

ベッドに寝そべったまま、互いの顔を見合わせて、笑い合う。
そんな事さえも、嬉しい。

まだ残る涙の跡を、サフィルが手を伸ばし、そっと拭ってくれた。
お礼に、ちょっと気恥ずかしいながらも、また笑みを返した時だった。

「あーもーホントすまんけど失礼する!!」

扉の外から声が聞こえて、互いに顔を見合わせた僕らは。
のそのそとベッドから起き上がったら。

バンッ!と勢いよく扉が開いて。
よくある、いつかの朝の様に、ロレンツォ殿下がずかずかと入って来た。

「………どうしたんですか?殿下…」
「まだ朝じゃないですよね…。」

僕らが帰って来たのは夕闇から夜に差し掛かった頃だった。
それからそんなに時間は経っていない筈。
それなのに、サフィルが寝坊した朝の様な入室の仕方をなさったから。

僕らは二人してきょとんとした顔を見せたが、殿下はそんな僕らの様子を見て、へなへなと項垂れた。
後ろからひょっこりと顔を出したジーノは、殿下の方を心配そうに見やっている。

「あー良かった。修羅場じゃなくて。」

いや、それより、おっぱじめてなくて良かったぁ~。とぼそっとぼやいておられたが。

「大丈夫ですよ、ちゃんと話し合って仲直りもしましたから。」
「……殿下。お店で…さっきはすみませんでした、意地張っちゃって。本気で心配して下さってたのに、あんな言い方しちゃって…」

さっきと違って、今度は心から謝ったら。

「あ、そうだ!その事なんだが……シリル!お前だったんだな、トレント男爵と一緒に居たのは!」
「………あ、そうだった。」
「え。……はぁ?!え、クレアが言ってた知らない新人って、貴方だったんですか?!」
「………………うん。」

殿下とサフィルから耳がキーンとする様な大声で問い質されて、僕は一瞬クラッとしながら頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

処理中です...