全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編 開き直った公爵令息のやらかし

26話 もっと互いに

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「シリル…?何言って…。」
「僕、サフィルの事好きだ!大好きなんだ!でも、なんにも出来て無いっ…いつも、僕を心地良く安心させてくれて、大事にしてくれてるのは分かってた。それなのに、サフィルに我慢を強いるばかりか、すぐにバテちゃって満足に相手も出来なかった。僕から誘ったのに…」
「あ、その…もしかして昨日の事仰ってます?…それなら私が完全に悪いんです。長旅帰りで明らかにお疲れでしたのに、加減も出来ず…。」

自身の昨夜の振る舞いこそ失態でした、と恥じるサフィルだったが。
僕はかぶりを振った。

「違うんだ。もう、僕らが一緒になれて…半年以上も経つのに、昨日になって…初めてちゃんと気付いたんだ。ずっと貴方に我慢をさせてしまっていたんだなって。」
「そんな…事は…」
「ううん。本当はね、分かってた筈だったんだ。無知で拙い僕の為に、僕の負担にならない様に、サフィルがずっと優しくしてくれてるんだなって。……でもね、僕は。」

そう。
知っている筈だった。
分かっているつもりだった。
サフィルがずっと優しくしてくれていた事。
僕にずっと気を遣い続けてくれていた事を。

けれど、それを知りながら……僕は。
心の何処かで甘えていた。

それどころか。

「……本当はね。あの強すぎる快感は……正直、未だにちょっと苦手で。前後不覚になるあの感覚は、気持ちいいのに怖くて…慣れなくて。だから、サフィルが優しく触れて抱きしめてくれるだけで、満足して……貴方の事、蔑ろにしてしまっていたんじゃないかって、気付いて。けど、僕は…貴方から与えられる方法しか、知らないから。それだけじゃずっと、貴方に満足して貰えない。」
「そんな事無いんですよ、私はっ」
「でも、サフィルに善くなってもらう方法をたくさん知れたら、僕ばかり受け取るだけじゃなくて、貴方にも与えられるものがあるって思えて、そうしたら……僕もちょっとは安心出来ると思ったんだ。」

その為の技術を、方法を。
ほんの少しだけでもいい、知る事が出来たなら。
少しは自信が付くかと思った。
もう、己の無知と拙さを言い訳に……ただ受け取るだけでなく、相手にも与えられるんじゃないかと思ったんだ。

好きになればなるほど、満たされてゆく心は。
同時に不安も募ってゆく。

身勝手だった。
ほんの出来心だったんだ。
それが…こんなにもサフィルを怒らせ、失望させてしまう事になるなんて。

「……馬鹿だったよね。その時は『これだ!』って思ったけど、ただの馬鹿だった。僕の身勝手の所為で、皆を心配させて……迷惑しかかけられなかった………何やってんだろ、僕。」
「~~~~シリルッ!」
「わっ」

あまりにも愚かな己の情けなさに、薄っすらと涙を浮かべて嗤った僕を。
サフィルが力いっぱい抱きしめて来た。

「シリル~~~あぁ~~シリルぅ…」
「うぐ…っ!サ、サフィル…ちょ、苦しっ」
「あぁ、ごめんなさい!嬉しいなんて言葉じゃ足りなくて……。あー、なんかもう幸せ過ぎて死にそう…」
「え。ぅわぁっ」

僕の愚かな行動に、怒りを滲ませていた彼は何処へやら。
僕を抱き枕の様にガッチリと抱きしめたまま、ベッドに一緒に倒れ込み、彼はしみじみとそう口にして。

「貴方にそんなに思い悩ませてしまったのは、申し訳ないんですけど。私の事、そこまで想って下さっていたなんて、これを喜ばずにはいられません。あー、シリル…」
「う、ちょっと、あの…」
「私こそ不安だったんです。私などの為に、ご実家だけでなく母国すら離れ、単身此処まで来させてしまった。私の方こそ、まだ貴方に何も返せていなくて。自分の全てを捧げたいのに、何にも出来ていないから。」
「そんなの…」

何も出来ていないなんて事、ない。

このアデリートへ来てから、此処での暮らしを少しでも快適に過ごせる様に、いつだって心を砕いてくれたし。
ずっと引きこもってばかりだった僕にとって、街へ出かけるのは初めてみたいなもので、彼が連れてってくれて見せてくれる物や街並みは、そのどれもが新鮮で輝いて見えた。
此処での暮らしを楽しませる為に、いつも気を配って、手を引っ張ってくれた事。

嬉しくて……楽しくて。
仕方がなかったんだ。

貴方にとっては些細な事だったとしても、見慣れた代わり映えの無いものばかりだったとしても。
僕にとっては、その全てが宝物の様に煌めいて眩しい。

「サフィルは、僕の為に色んな事、たくさんしてくれてるじゃない。」
「まだまだ……何も出来てませんよ。ねぇ、シリル。私もね、貴方と肌を重ねてベッドを共にするのは、何ものにも代えがたい高揚と快感を感じます。けれど、ただただこうして貴方と触れ合えるだけでも、どうしようもなく幸せに感じるんです。シリル……互いの肌を重ねる事はね、確かに素晴らしい快感と幸福を感じさせてくれるけど。でもそれは、愛情を確かめ合う為の手段の一つでしかない。」
「そう、かもしれないけど…」

彼は、ただ、嬉しそうに笑みを見せてくれる。

「好きだからこそ、大切にしたいんです……貴方の事。自分の一方的な欲情だけで貴方を傷付けたくなくて、私も手探りでした。ただ、貴方が笑ってくれるから、満足して貰えたって、いつも勝手に喜んでいました。嬉しかったんですよ。けど……初めて貴方と長く離れて、寂しさと不安を感じました。貴方が大丈夫だって言ってくれるからって、無理をさせてたんじゃないか。本当は、大事なご家族と離れ離れになってしまって、人知れず寂しい思いをさせてしまってたんじゃないか……って。」

それだけでも、不安が募って仕方が無かったのに。
タイミングが悪く、標的がちょこまかと動きを見せ始めた。
この機を逃す訳にはいかない。
だが、奴を追跡し出すと、よりにもよって娼館通いだなんて。

以前、シリルに女性の方がいいのではないか、と不安げに尋ねられた事もあった。
そんな不安を口にしていた彼を尻目に、娼館へ出入りしている事が知られれば。
どんなにか彼を悲しませ、不安にさせてしまう事だろう。
最低だ、と愛想をつかされても、何らおかしくないくらいなのに。

そんな意気地のない自分に失望するどころか。
仕事と理解してくれた上、自分を悦ばそうとさえして、無茶をしてしまったなんて。
ご自身の御身をこそ大切にして欲しいが、それでも、その気持ちに喜ばずにはいられない。

「でも、変わらない笑顔で……私の元にちゃんと帰って来てくれて。寂しくて不安が募ってしまっていた分、反動が強くなってしまって、無体を強いてしまったんじゃないかと心配だったんです。まさか、そんな風に想ってくれていたなんて。私などには勿体なすぎるくらいだ。」
「サフィル……」
「シリル…。私だって、余裕が無くて、いつだって手探り状態ばっかりなんです。…焦って無理しなくたっていい。お互い、ちょっとずつ知っていけばいいじゃないですか。私もね、そんなに知っている訳じゃないし、下手を打つ事ばっかりで、お恥ずかしい限りなんですよ。でも、貴方の嬉しそうな笑顔で、いつも幸せな気持ちにしてもらえてるんです。こんな私ですが、これからはもっと我儘を言ってもいいですか?そしたら、貴方ももっと我儘を言ってくれますか?」
「うん……うんっ!そうする。そうするよっ!!」

僕はサフィルを抱きしめ返した。
強く強く抱きしめて、この幸せを噛み締めたい。

「うわぁぁぁん!サフィルぅ~~~!」
「シリル…」

大粒の涙が零れ落ちるが、込み上げて来る熱い想いは。
溢れる愛しさと嬉しさで。

お互い、まだちょっと遠慮してしまっていたよね。
好きだから、愛しくて仕方がないからこそ……嫌われたくなくて。
互いに少し、不安から目を背けてしまっていた。
けれど、こうして相手の気持ちに触れ合えて……知ることが出来て。
もっとお互いに言い合おうよ。
良い事も嫌な事も、好きな事も苦手な事も。
そうして知っていくんだね、お互いの事を。

少しずつでいい、知っていけたら……いいな。

ベッドに寝そべったまま、互いの顔を見合わせて、笑い合う。
そんな事さえも、嬉しい。

まだ残る涙の跡を、サフィルが手を伸ばし、そっと拭ってくれた。
お礼に、ちょっと気恥ずかしいながらも、また笑みを返した時だった。

「あーもーホントすまんけど失礼する!!」

扉の外から声が聞こえて、互いに顔を見合わせた僕らは。
のそのそとベッドから起き上がったら。

バンッ!と勢いよく扉が開いて。
よくある、いつかの朝の様に、ロレンツォ殿下がずかずかと入って来た。

「………どうしたんですか?殿下…」
「まだ朝じゃないですよね…。」

僕らが帰って来たのは夕闇から夜に差し掛かった頃だった。
それからそんなに時間は経っていない筈。
それなのに、サフィルが寝坊した朝の様な入室の仕方をなさったから。

僕らは二人してきょとんとした顔を見せたが、殿下はそんな僕らの様子を見て、へなへなと項垂れた。
後ろからひょっこりと顔を出したジーノは、殿下の方を心配そうに見やっている。

「あー良かった。修羅場じゃなくて。」

いや、それより、おっぱじめてなくて良かったぁ~。とぼそっとぼやいておられたが。

「大丈夫ですよ、ちゃんと話し合って仲直りもしましたから。」
「……殿下。お店で…さっきはすみませんでした、意地張っちゃって。本気で心配して下さってたのに、あんな言い方しちゃって…」

さっきと違って、今度は心から謝ったら。

「あ、そうだ!その事なんだが……シリル!お前だったんだな、トレント男爵と一緒に居たのは!」
「………あ、そうだった。」
「え。……はぁ?!え、クレアが言ってた知らない新人って、貴方だったんですか?!」
「………………うん。」

殿下とサフィルから耳がキーンとする様な大声で問い質されて、僕は一瞬クラッとしながら頷いたのだった。
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